第7話 "緑光"の二つ名。
――2年前。
「ギルド長!コイツの冒険者登録をしたいんだがいいかい?」
そんな声をは聞いてフィーリアは「またか。」といった顔を見せた。
「お前はまた気軽に新人をつれてきたのか?そろそろ自分の立場ってやつを理解して欲しいもんだね。Sランク冒険者のセルシア様?」
「フィーリアぁ…その言い方はやめろって何度も言ってるだろう…!それに今回はちゃんと理由があるのさ!なんと異能持ちで転移者なんだよ?」
「ほぉ…?それが"本当"なら判断は正しかったことにしてやろう。」
ギルド内の人間で、ギルド長以外は声をかけることすら出来ない。
そんな美しく強い彼女の背中を俺は1年以上にわたる冒険の間ずっと見てきた。
彼女の横に立てる存在になりたかった…。
そんな回想から俺を引き戻したのは、肩に走る痛みだった。
「ありゃまずいぜ…。猛虎の奴に完全に目をつけられてやがる…。」
「猛虎って言やぁ、緑光にパーティを断られたって奴か…。」
ギルド内に不穏な空気が漂うと同時に、「猛虎」はそう噂する冒険者に無言で殺気を飛ばす。
「おい…。その手を離してくれないかい…?探偵くんは私のパーティメンバーなんだ。」
リルアは冷ややかな笑みを浮かべながらそう言った。まずいこれは怒っている。
だが、俺もやられてばかりでは主人公の名が廃るというものだ。
あまり戦闘は好まないが…、仕方ない。
リルアが1歩ずつ俺に近づいてくる…。そしてその2歩目が踏み込まれる瞬間…、俺は肩に置かれた猛虎の手を返し、組み伏せた。
「ところでモーコ…だったか?面倒臭いから非力で間抜けそうな俺なんかに金輪際関わらないでくれないか。」
ギルド内に「おぉ…。」と言った歓声と「離せッ!」という悔しそうな声が広がった。
こんなもの誰でもできる護身術で俺は師に恵まれただけに過ぎない。
しかし、それとは別に2階から見ていた1人が笑いだした。
「あっはっは!騒がしいと思えば珍しい顔と懐かしい顔が居るじゃないか!緑光のリルアとシュン・ウィステリアとはまた珍妙な組み合わせだ!」
この声…そして姓を知っているということはギルド長のあのクソエルフしかいない。
声のする方を見るとそこには終始笑顔を保っているエルフの姿があった。
「シュン、久しぶりじゃないか?積もる話もあるし、私の部屋で話すとしよう。なぁ?」
そう言ってフィーリアは奥に消えていった。
依頼についての情報が欲しいこちらとしては願ってもない話だろう。
とんでもなく嫌な予感はするが…依頼の為だ、
行くしかない。
そんなやり取りがあったからかギルド内はとてつもない静寂に包まれた。
それはギルド内の皆はもちろん、リルアやエリスも例外ではなかった。
--------
「ちょっと探偵くん!ギルド長のフィーリアさんと知り合いだったのかい…!?それに君は戦闘はからっきし駄目だと言ってたじゃないか!」
ギルド長室に案内されている道の途中でリルアはそんなことを小声で言った。
「からっきしと言っても一般人よりは強いさ。モーコ…だったか?アイツだってそこまで強くは無いだろう。」
「あのね…探偵くん…。モーコではなく猛虎だよ…。少なくとも二つ名を得ているんだから彼を一般人として扱うのは無理があるんじゃないかい?」
どうやら猛虎というのは二つ名だったらしい。
道理でモーコなんて可愛い名前が似合わない面をしていると思った。
しかし、同じ二つ名持ちでもリルアとアイツとでここまで力の差があるとは。
「私も少々驚きました、まさか兄の言っていたシュンさんがギルド長とお知り合いで、頭脳だけでなく戦闘にも優れていたなんて…。」
「こちらもハルバードと聞いてまさかとは思ったが、やはりクリスの妹だったか。」
やはり嫌な予感が的中したか。
しかし、アイツの妹とは思えない程まとも過ぎて逆に怖いな。
「さぁ。こちらです。ギルド長と関係のあるお2人なら案内は必要無いと思ったのですが、一応規則でしたので…。」
と言うとエリスは一礼した後、受付へと戻って行った。
俺は少し憂鬱な気分になりながらも扉を開いた。
「よく来たね!アンタら2人が一緒に冒険者ギルドに来た時は変な組み合わせかとも思ったが、良く考えれば至極当然だったね!大方、記憶を取り戻すためにシュンに依頼をしたって所だろう?」
またこの人は1人で勝手に話を進める。
セルシアとフィーリアの2人が話す時はとても苦労した。
まともな話し合いにならないからな。
「ギルド長フィーリア様。初のご挨拶がこのような形になってしまい申し訳ございません。Aランク冒険者として活動させて頂いているリルアと申します。」
おぉ。とんでもなく礼儀正しい…。
なるほど、リルアは一応初対面だったのか。
「そんな畏まるんじゃないよ!嫌という程に話は聞いてるさ。冒険者登録から僅か2ヶ月ほどでAランクに達した若き天才。緑光のリルアくん。」
2ヶ月…か。
かつて最強と謳われた冒険者、セルシアでも半年は掛かったのだからリルアが天才と言われるのも頷ける。
ギルド内の反応はこれが理由か。
「いえ。Aランクになれたのは私の実力だけではなく、運に寄る要素も大きいですから。」
「全く…。お堅いねぇ。で?リルアくんと出会ったのなら記憶の件はシュンが解決したんじゃないのかい?君たちがここに2人で来た理由がイマイチ見えてこないのだが。」
俺たちがどこから説明しようか悩んでいると、何か閃いたようにフィーリアはポンっと手を叩いてこう言った。
「なるほど!さては恋仲だな?しかし、セルシアが行方知れずになってからまだ1年足らず。シュンは少し手が早いんじゃないのか!?」
「ち、ちが…!」
リルアがそう口を開くより早く…。
「そんなんじゃねぇよ!!」
誰かが怒号混じりの声でそう叫んだ。
その声の主は、俺だった。
2人が驚いたようにこちらを見つめていたが、その行動に恐らく俺自身が1番驚いていた。
「わ、悪かったよ、シュン…。お前たちの関係がそんなんじゃないことは分かってるさ。あまり気を悪くしないでくれよ…?」
「い、いや。俺の方こそ怒鳴ってすまなかった。」
自分でもわかっている。
俺はまだアイツとの過去に囚われているんだ。
皆は「セルシアが死ぬはずは無い。」、「たった数ヶ月だ。すぐ戻るだろう。」
そんなことを思いながら彼女を行方知れずと言うが、俺だけは知っている。
彼女はもう戻ってこない。
彼女、セルシアは徐々に、だが確実に皆の記憶から失せている。
--記憶というものはいつも…そうやって静かに消えていくのだ。