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砂原の雨粒(1)

 ふと、本から目を上げると、窓の外では陽が沈み切っていた。

 恐ろしいことに、一日中部屋に閉じこもり、夕方にセオドアの手を握る、というおかしな生活に慣れかけている自分がいた。

 暖かい部屋、きれいなドレス、おいしい食事。外に出られないという一点を除き、何の不自由もない生活。

 そして、これは正当な対価であるという気持ちが少なからずあった。彼は、私を囚人として扱うつもりのようだが、彼が私を必要としていることは、明白だった。

 そのセオドアの姿を、三日間見ていない。

 セオドアが来ない日は、あからさまに何かが足りない、と感じた。もちろん、彼が恋しいわけでは決してないが――。

 

 

 

 セオドアが現れたのは、その日の深夜だった。

 私は眠っていたが、すぐに気が付いた。彼の澱んだ魔力が、帰ってきた、と。

 私は、部屋に用意されているベルを鳴らしてアンを呼んだ。私がトイレに行きたい時、こうしてアンを呼んで、ドアの鍵を開けてもらうことになっている。

 アンは既に寝ているだろう。起こしてしまうのは申し訳なかったが、そうするほかに外に出る方法はなかった。

 

「お手洗いでしょうか……」

 

 アンは寝間着のままやってきた。眠たそうだった。彼女はまだ、主人の帰館を知らないようだ。

 私は、こくりと頷いた。

 彼女は、明かりを手に、私を廊下奥のトイレへと先導してくれた。彼女の後ろについて、すごすごと部屋の外にでる。それから、彼女の親切心を裏切るようで、度重なる申し訳なさを感じたが、私は彼女の背からそっと離れ、外へと続くドアに向かい走った。

 

「あ! いけません!」

 

 彼女が気が付き、声を上げる頃には、私はすでにドアを開けていた。

 

 久しぶりに直に見た空は、まだ深夜の様相を呈していたが、東側の空はほんの少し白んでいた。その微かな光のもとに、人影が見える。

 姿を見る前から、なんとなく、――いやはっきりと、嫌な予感はしていた。

 セオドアは、血まみれだった。ギルの肩に支えられながら、こちらに向かって歩いている。

 歩き方がおかしい。脚を痛めているのだ。

 そんな怪我をして、そんな脚で、歩いて帰ってくるなんて、一体何を考えているのだろう。私は彼を制止したかったが、その術がなかった。とにかく早く彼のもとに辿り着かないといけない、と懸命に走った。

 私の気持ちが届いたのかわからないが――、二人は足を止めて私を待った。

 

「驚いた……」

 

「……」

 

 私が彼らのもとに辿り着くと、ギルが独りごちた。セオドアは相変わらず無口だったが、怒っている様子はなかった。

 私は、セオドアの体を検分した。彼は本当に、全身血まみれだったが、半分くらいは返り血のようだった。傷の出血はほとんど止まっている。とは言え、まともに歩けないくらいには傷が深そうな上、顔からは血の気が引いていた。

 すぐに手当すべきだろう。座らせるべきだろうか。でも、どう伝えればそれに従ってもらえるか検討もつかない。

 そうしていると、セオドアの方から、おずおず、といった様子で、こちらに右手を伸ばした。普段とは様子が違う。血を流しすぎたのか、どこかぼんやりとした目をしている。何かを伝えるのは難しそうだった。

 私は、意を決して、その手を受け止めた。そして、目を閉じる。魔力の流れを感じる。

 

「え、君……治癒魔法を使えたのか……!」

 

 彼の魔力が傷口に集まり、癒すのを感じる。

 ギルがしきりに驚いているが、私は治癒魔法は使えない。

 私にできるは、ただ、魔力を感じ取って、流すだけ。

 それで、彼の、やたらと高い自己治癒力を助けるだけ――。

 

 全ての傷が治ると、彼はギルの肩から離れた。

 

「セオ、傷はもう……」


 ギルが何かを言いかけていたが、セオドアはそれを無視し、右手で私の腕をぐっと引き寄せた。咄嗟のことにバランスを崩し、彼の胸に倒れ込んでしまう。何が起きたかわからず慌てていると、後ろからバタバタと足音が聞こえ、それと同時にふっと縛めが解けた。

 

「坊ちゃん……! すみません……!」

 

 見ると、アンがかわいそうなくらい息を切らしてやってきていた。

 

「坊ちゃん、はぁ、あの、私が目を離してしまい、ふぅ」

 

「……いや、いい。彼女を風呂にでも入れてやってくれ。俺の血がついてしまった」

 

「ええ! 坊ちゃん、はぁ、ひどいお怪我されているのではないですか」

 

「いや、怪我は治ったから問題ない。とにかく、彼女を連れて戻ってくれ」

 

 そう言うと、セオドアは、さっさと屋敷へと向かってしまった。

 ギルがそれに追従する。そういえば、ギルは途中からやけに静かだった。

 

 アンが困惑したようにこちらに目を向けるので、謝罪の意味を込めて、ぺこりと頭を下げた。

 

「ふぅ……坊ちゃんが怒っていないのであれば、アンも何も言うことはありません」

 

 そういうとアンは、今度こそ逃がすまいと、私の左手を掴んで歩き出した。

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