花筏(はないかだ)
私は、3日間、首都のタウンハウスで休養した。両親と弟妹が暮らす家に帰るのは、半年振りか。
事の経緯を知った両親は複雑な顔をしたが、退学には反対しなかった。すぐに退学届けを準備してくれた。
それもそうだろう。私に純粋な剣の才能がないことは、両親が一番よく知っているはずだ。それに、他家との軋轢も望まないだろう。
私は、首都から離れた領地で暮らすことになった。これも私の希望だ。そして、これに対しても、両親は反対しなかった。
本来ならば、社交界での地位を得て、有力な婚約者を見つけるべきなのかもしれない。
しかし、どうにも気が重かった。貴族は、しばらくは今回の事件を面白くおかしく噂し続けるだろう。そうでなくても、首に大きな傷跡と呪いの紋様がある貴族令嬢は、悪目立ちするに違いない。
せめて、人々の興味がなくなり、傷がもう少し薄くなるまでは、首都からは離れたかった。
田舎の領地では、社交界の作法を学ぶことはできないだろうが、代わりに領地経営について学べるかもしれない。それが将来アシュリー家の助けになるかもしれないし、もしくはどこかの貴族と結婚し、女主人になった時に役に立つかもしれない。
休養2日目の朝、騎士学校のトーマスから花束とメッセージカードが届いた。
『お体の具合はいかがでしょうか。私はいつでもあなたの味方です。また、会えることを楽しみにしています。
トーマス・ハンソン』
それが、3日間のうちに届いた、唯一のお見舞いの品だった。
せめて、一通でも手紙が届いたことに喜ぶべきなのだろうか。
花束を見た母は、さっと顔を曇らせ、「随分と親しくしていたのね」と言った。それは、一種の警告とも取れた。母が心配しているのは、私とトーマスが恋仲であるか――つまり、婚姻を望んでいるかということだろう。アシュリー伯爵家とハンソン男爵家では、明らかに家格が合わない。
私は、「ただの学友です」と返した。
それが、母に返すべき、正しい答えだと思った。
実際の私と彼の関係は――。いや、貴族家の個人の関係に「実際」なんてあるのだろうか。
例えば、ソフィー・リットン。彼女は、私と幼い頃から交流のある私の「友人」だ。他の多くの貴族令嬢と同じように、淑女として育てられた、社交界の花。アシュリー家と古くから親交のあるリットン伯爵家の令嬢。年の近い私たちは、年に一、二回、お茶をする。「おいしいですね」とお茶を褒め、当たり障りのない話題を挙げ、「そうですね」と相槌を打つ。
例えば、リック・ウォルシュ。皇室勤めの父の部下、ウォルシュ子爵の長男。彼とは、演習で何度も剣を交えた。彼は私の剣術を褒め、私も彼の剣術を褒めた。
それで、トーマス・ハンソンとどういう関係だったかというと、それはどのような言葉で形容するべきか、悩むところである。同じ学校で学んだ者を「学友」と呼ぶならば、私たちは、間違いなく「学友」だろう。だが、「友人」と呼ぶのは憚られる。
言葉を交わした回数は、それほど多くないはずだ。少なくとも、雑談をするような仲ではなかった。私たちは、同じ騎士学校に通う、家同士の交流がない貴族家の子女だった。
トーマスのことはよく知らない。ただ、いつも、家格の高い家の子女を敬遠していたように思う。もちろん、私に対してもそうだった。それが一体何故、突然お見舞いを送る気になったのか、私にもわからなかった。
自分の答えが実情に沿ったものか定かではなかったが、少なくとも母を欺くような言葉ではなかったはずだ。私の顔は極めて平然としたものだったと思う。
それでも、母は依然として、釈然としない顔をしていた。
「ただの学友に、白いバラの花束ね……」
母がぼそりとつぶやいた。
私は、寮から荷物を引き払い、退学した。
簡単な挨拶をして、学校を後にする。今生の別れと言うわけでもない。どうせほとんどが貴族の子女なのだから、またどこかで顔を合わせるだろう。
だが、アルフレッド・ストーンとはもう会わない気がした。
副学長によると、彼は何事もなかったかのように西ウェールス騎士学校に戻り、これまでと変わらない生活を続けているという。
彼のことは何一つ知らないが、学校を好成績で卒業し、西の国境を守る屈強な騎士として名を馳せるようになるのではないかと、そんな気がした。
門を出るとき、振り返って、学友たちに笑顔で手を振った。
もちろん心からの笑顔ではなかったが、それ以外にどんな表情を浮かべるべきかわからなかった。
みんなは手を振り返してくれた。困った表情を浮かべる者、大げさに嘆く者、眉根をひそめる者……表情は様々だった。その中で満面の笑みを浮かべるトーマス・ハトソンが、やけに印象に残った。