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割れた器ですくえる分だけ

 対峙した瞬間にわかった。アルフレッドが強い男だと。

 一分の隙もなく鍛えこまれた筋肉から、堅実に鍛錬をしてきたことが伺えた。

 だからと言って、エレノアも負ける気はなかった。

 

 にらみ合いが続いた後、アルフレッドが攻めの姿勢をとった。

 エレノアもそれを受けるため、剣と自らの脚に風をまとわせる。大技の隙をついて、スピード技で一瞬で相手の懐に入る。それがエレノアが得意な戦闘スタイルだった。

 だが、不意に首筋に悪寒を感じたと思うと、剣がぐっと重くなった。

 バランスを崩しかけ、咄嗟に右足を前に出す。脚に力が入らない。冷汗が落ちる。

 

 ありえない、と思いつつも、何が起こったか、咄嗟に理解した。

 この剣の重みも、脚のけだるさも、よく知っている。なじんだ私のものだ。

 頭の中の靄を振り払い、アルフレッドの剣を受け止める。アルフレッドの剣はずしりと重く、力を逃し損ねた手首がピキリと痛んだ。

 

「アシュリー嬢!」


 傾いた体が受け止められ、すぐ近くで呼ばれる声がした。

 それから、はっと息をのむ音が聞こえた。誰かが私に何かを尋ねている気がする。

 でも、周囲のざわめきと耳鳴りがひどくて、何を言っているのかうまく聞き取れない。

 

 すぐに担架を持った教師がかけつけ、エレノアは医務室へと運ばれた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 何時間寝ていたかわからない。

 眠っていたわけではない。ただ、白いベッドの上で横になって治療を受け、検査を受けた。

 治療魔法を受け、念のため止血帯も巻かれた。出血量は大したことはなかったが、傷跡は一生消えないだろう。この国の治療魔法の技術を考えれば、化膿せず癒えるだけでも、十分ありがたい。

 怪我は問題なかった。痛めた手首もただの捻挫で、精密検査の必要もなかった。

 一番時間がかかったのは、首の裏の検査だった。

 

 私の目では直接確認できない場所にある何か――触っても何の凹凸も感じられない。だが、そこには冷え冷えとした感覚がつきまとっていて、何かがあることは確実だった。

 うつぶせに寝かされ、医師や教師がかわるがわるやってきては、驚愕と哀れみがにじむ声で、ボソボソと会話を交わしていた。

 

 そうして何十分か、何時間か過ごした後、最後に魔力検査を終えると、副学長がやってきた。年は五十は超えた頃だろうか。柔和な紳士然としているが、眼は常にギラついており、かつて名の馳せた騎士であった名残が窺える。そういう印象を持っていた。

 その彼が、いつもより疲れた表情で入室し、ベッドの横の椅子に腰掛ける。私も上半身を起こし、そちらに体を向ける。

 

「傷も癒えぬうちに申し訳ありませんが、検査結果を伝えに来ました」


 声音から、良い結果ではないことは明らかであった。努めて冷静な声で、「はい、お願いします」と返した。

 

「怪我は深刻なものではありません。時間と共に癒えるでしょう。ですが、あなたの首には、呪いの紋様が表れています。解呪の目途も立たない、かなり高度なものです。……あなたも自分で感じているでしょうが、あなたの今の魔力はゼロです。あなたがこの先も騎士を目指すなら、我々はそれを受け入れるつもりです。ですが、魔法を使わず、剣の腕だけで、戦うことになるでしょう」


 全く以て予想していた通りの言葉だった。解呪の目途が立たない、とは言ってるが、十中八九不可能と決断を下したのだろう。解決の道を模索し、徒に時間を消費することは、騎士当人のためにも、家門のためにも避けるべきことだ。私は貴族の令嬢として、そして十歳下のアシュリー家の長男は跡継ぎ候補として、早々に正しい道を選ぶべきだ。

 

「そうですね、家族との相談も必要になりますので、少し考えるお時間をください」


 私は声音を変えず、返事をした。


「……いずれにせよ、犯人の調査は本校が責任を持って行います。今、アルフレッド・ストーンを尋問しているところです」


 その言葉を聞いて、俯きかけていた顔を勢いよく上げた。

 

「なんですって? 本気でアルフレッド・ストーンが犯人だと思っているのですか?」


 副学長の右眉がぴくりと動く。


「……アシュリー伯爵令嬢が、他の者の名前を挙げるのであれば、聞きますが」


「それは……」


 私は副学長の、暗い茶色の瞳を見て、黙り込んだ。

 副学長の言葉は、私の質問に対する回答にはなっていなかった。だが、言葉の裏側の思惑は、隠そうともしていないようだった。

 

 名門騎士学校で、貴族子息を巻き込んだ事故だ。必ず何らかの解決を見せないといけない。平民であるアルフレッド・ストーンが、模擬戦で結果を残すために起こした事件、とするのであれば、極めて自然であり、貴族社会に遺恨を残さないストーリーだろう。

 つまり、学校には、容疑者として貴族の名を挙げる気はない。私が、犯人を探すのは勝手だが、学校は関与しない。貴族子女の名前を挙げるのであれば、それは貴族の家同士の問題になる。そういうことだ。

 

「残念ですね」


 私はぽつりとつぶやいた。

 

「……ええ、非常に残念なことです」


 副学長が返す。心から残念そうな声だった。

 副学長は、学校の決断を私に伝えに来ただけだ。決して自分の意見を漏らすようなことはしないだろう。

 ただ、私に同調しただけ。何が残念であるか、明言することはない。

 だが、私はアルフレッドの将来が閉ざされることが残念でならなかった。

 東の剣術と西の剣術は異なると言われる。でも、アルフレッドの剣は、そのどちらとも違うように見えた。手数で攻める東の剣術よりは、重い一撃に重きを置く西の剣術に近いことは確かだが、柔軟さがあり、太刀筋も脚運びも独特だった。芸術性など皆無で、効率性にすべてをつぎ込んだかのような剣術は、他の学生の眼にはどう映っていたのかわからない。でも、私には、そして多分副学長にも、その剣術はひどく美しく、魅力的に見えた。

 彼は当然退学になるだろう。犯罪者としてこの先どんな罰が課せられるかわからない。才能を磨く機会は失われ、今までの努力もすべて無駄になるのだ。

 

「平民の彼には、あなたに負わせた傷を償うだけの財産はありません。代わりに本校が補償金を出すつもりです」


 しばしの沈黙の後、副学長が口を開いた。


「必要ありません」


「……何故ですか?」


 私が固辞すると、副学長が訝しげに尋ねた。


「彼は、犯人ではありません」


「……では?」


「犯人などおりません。全ては私の力不足によるものです。あるいは、私が騎士になることを、天がお許しにならなかったか。……とにかく、私は自分の至らなさを受け入れ、自主退学いたします。アシュリー家が犯人捜しをすることもございません。両親には私から伝え、必ず書面も用意します。なので、これ以上、アルフレッド・ストーンを尋問する必要もないでしょう。これでは、解決にはなりませんか?」


 論理性に欠ける説明ではあるが、そんなものは必要ない。それが必要ならば、そもそもアルフレッドが犯人に仕立て上げられることもなかったのだから。最終的に貴族社会にカチリとはまるのであれば、その経過など、曖昧で良い。

 これが最善だと思った。彼が今どういう扱いを受けているかわからないが、自白してしまってからでは遅い。


「……あなたはアルフレッド・ストーンとは面識がなかったのですよね?」


「ええ」


 副学長は「ふむ……」と唸る。

 

「わかりました。あなたの意思は、私から学長に伝えましょう。必ず彼を解放し、立派な騎士にすると約束しましょう」


「ありがとうございます」


 私が頭を下げると、副学長は、わずかに目じりを下げた。


「あなたと言葉を交わすのは初めてでしたが、思慮深さと利発さには驚かされました。あなたなら、別の場所でもきっとうまくやっていけるでしょう」

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