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潮騒(1)

 太陽が中天に昇り、窓から明るい日差しが差し込んでいる。

 今日はセオドアが見舞いにきてくれることになっているので、そろそろ支度をしなくてはならない。

 彼は、二、三日に一回、伯爵家のタウンハウスを訪れた。

 実のところほとんど快復しており、もはや見舞いを受けるような体調ではないのだが、そういう名目で訪れてもらうのが、お互いにとって良かった。でも、それもそろそろ限界だろう。

 詳しいことはよく知らないが、ポータルの使用には、色々と制限がかかっていると聞く。誰もがいつでも使える代物ではないことは確かだ。この先も、セオドアが頻繁にポータルを使って伯爵家を訪れられるとは、考え難かった。

 

 コンコンとノックの音が聞こえ、「はい」と答えた。支度を手伝ってくれる侍女が来たのだろう。

 そう思ったが、入ってきたのは、母だった。

 

「お母様、どうされたんですか?」

 

「あなたと少し、話をしておこうと思ってね」

 

 母は、セオドアの来訪に備えて設えた椅子に腰かけると、口を開いた。

 

「あなたの体調も随分と良くなったでしょう? あなたがこれからどうしたいのか、きちんと聞いておこうと思ってね。伯爵夫人ではなく、あなたの母として、ね?」

 

 母がにこりと笑った。

 

「お母様として、ですか……」

 

「そうよ。あなたは昔から良い子だったから、私たちの意に沿わないようなお願いをしたことはなかったじゃない? そんなあなたに甘えて、私も色々と目を逸らしてしまっていたのかも……って今回のことで、考えさせられたのよ。例えば、退学のこととか、バラが贈られてきたこととか、あなたが行方不明になったこととか……。母としてもっとできることがあったはずなのに、ね」

 

 母は言葉を濁して、寂しそうに笑った。私のトラウマを刺激しまいと、明言を避けているようだった。

 

「私にできることは少ないでしょうけど、それでもエルに希望があるなら、できる限りのことはしたいと思うわ」

 

「私の希望……。そうですね、私もお話しないといけないといけないと思っていました。……私は、マクスウェル公爵令息の元で働きたいです。詳しくはお話できないのですが、私は彼の助けになれるのです。多分、私にしかできないこと、なのだと思います」

 

 私が言い切ると、母は、ふう、とため息をついた。

 

「それが本当にあなた自身の望みなのね? 領地で一生のんびり暮らしたって構わない、と言われても、公爵領に行きたいと思うのかしら?」

 

「ええ」

 

「そう……。公爵令息に脅されたりもしていない?」

 

「まさか、そんなことありえません。マクスウェル公爵家程の家であれば、私をいくらでも手酷く扱えたはずですが、彼はそうしませんでしたから」

 

 それは、真実だった。

 「声を出したら殺す」と言われた時は肝が冷えたものだが、実際には一時的に声が出なくなるだけの魔法で、私が殺されるような状況にはなりえなかった。

 それに、声が出せない生活の中で私を助けてくれたのはいつだってギルとアンだったが、いつからか、そう仕向けているのはセオドアだと感じるようになっていた。

 

「なら、良いんだけど……。あなたは、少し、私と似ているところがあるから心配なのよ」

 

「私とお母様が、ですか?」

 

 そんなことは初耳だった。

 

「そうよ。私も昔は、貴族の令嬢としての責務を果たすことに必死だったのよ。それで、政略結婚して、この家に嫁いできたの。あなただってそういうところあるでしょう?」

 

「……そうかもしれません。私はきっと、役立たずでいることが怖いだけなんでしょうね。そう気付いてはいても、やっぱり、公爵領の屋敷にいる時が一番充実していると思ってしまうのです」

 

「……あなたがそう言うなら、私は反対しないわ」

 

 母は、神妙な面持ちで頷いた。

 それからフフ、と思い出したように笑い、「そうよね、あなたはやっぱり私に似ているから、きっと大丈夫だわ」と言った。

 

「うちの伯爵様って、口下手で無表情だけど、私やあなたのことを大切にしてくれるでしょう? あなたもきっとそういう人に惹かれてしまうんでしょうね。公爵令息も、あんな説明しかしてくれなかったけど、あなたを見る目には愛情を感じたわ」

 

「そ、そうでしょうか」

 

「私は旦那様と一緒になって、すごく心が軽くなったのよ。ほら、あの人おおらかだから……。公爵令息は、おおらかというタイプではなさそうだけど……でも、もしかしたら、あなたも私のようになるのかもね」

 

「そういうものでしょうか……」

 

 母がそんな風に思っていたなんて、気が付かなかった。セオドアは、お世辞にも愛想があるとは言えない。それにあの鋭い金眼は、初対面の人に良い印象を与えないようだった。私は、彼が優しい人だと知っていたけれど、それを知る人は、多分少ない。そんなセオドアのことを「愛情深い」と感じたというのなら、やっぱり私と母は似ているところがあるのかも、と思った。

 

 コンコン、とノックする音がして、今度こそ侍女が入ってきた。

 

「ああ、もう身支度を整える時間ね。エルのこと、とびきり可愛く仕上げてちょうだいね」

 

 そう言って、母は退席した。

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