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夕凪(1)

「わざわざ来ていただいてありがとうございます。娘はなんだかほうけてしまったみたいで、聞いても、わからない、しか答えないのです。だから申し訳ないのですが、私たちはまだ何も把握できていないのです」

 

 父の声が応接室へと近付いてくる。セオドアとギルが来たようだ。事の経緯の説明をしたい、と事前に連絡があったとのことで、彼らにアシュリー家のタウンハウスを訪問してもらうこととなった。

 私がこのタウンハウスに帰ってきてから、まだ、一日しか経っていない。医術と治療魔法により、十分回復していたが、念のため出迎えはせず、応接室で彼らの訪れを待った。

 

 ガチャリとドアが開いたところで、立ち上がり、礼の姿勢をとる。

 

「お久しぶりでございます」

 

「お久しぶりです、アシュリー伯爵令嬢」

 

「回復されたようで何よりです」

 

 強張った顔のセオドアと、微笑を浮かべたギルからそれぞれ返答があった。二人とも、見慣れた服装と違う、かしこまった装いをしていた。

 彼らは父に席を勧められると、テーブルを挟んで私の向かいのソファに座った。

 私の左には母が、その更に左に父が座った。

 

「今回の件ですが……」

 

 セオドアが、気まずそうな顔で私を一瞥した後、口を開いた。

 

「ご令嬢がハンソン男爵令息に付きまとわれていると耳にしたため、公爵領で保護していたのです。彼がご令嬢に危害を与えたという証拠が掴め次第ご連絡を差し上げる予定だったのですが、調査に思いの外時間がかっかってしまい……。結局ハンソン男爵令息の接触を許してしまい、大変申し訳なく思います」

 

 セオドアは深々と頭を下げた。

 

「まあ、そんな……」

 

 母がオロオロと私の方を見る。

 彼が述べた経緯は、極めて簡潔で、話の筋が通っていて、そして違和感を感じさせるものだった。それは、公爵家から伯爵家への説明として適当なもの、とも言い換えることができた。

 両親にとって、得心がいくような説明ではなかったことは確かだろう。特に、私からは何ひとつ説明をしていない状況なのだ。

 そんな中で、あまりにも深々と頭を下げられたものだから、両親が困惑し、私の反応を伺うことも頷けた。

 

「顔を上げてください、マクスウェル公爵令息様。卿は私のことを助けてくれたではございませんか。それに、ハンソン男爵令息は検挙されたと聞きました。公爵令息様が調べてくださったんですよね? 私は感謝こそすれ、恨んだりなどはするはずもございませんから」

 

 私がそう言うと、セオドアはおずおずと顔を上げ、「そう言っていただけるのであれば……」と口にした。それでも、彼の表情は依然として晴れなかった。

 もしも、私がセオドアの説明に納得していなかったとしても、同じように同意と感謝を示しただろう。それが、世の中の貴族というものだった。セオドアにもそれがわかっているからこそ、先程の私の言葉が、彼に対してあまり意味を成していないように見えた。

 

「良ければ、調査の結果を教えていただけませんか」

 

 私は、気を取り直し、セオドアに尋ねた。

 

「……はい。男爵家からは、高度な呪具が見つかりました。それが、ご令嬢に使われた物であることは間違いありません。ですが……それは使い切りの代物で、既に壊れていました。……つまり、呪いを解く方法はないという結論に至りました」

 

 セオドアは私から目線を逸らした。隣で両親がそれぞれため息をつくのが聞こえる。その中で、私だけが平静を保っていた。

 ずっと前から知っていたことだった。

 私は、自分自身の中に、魔力を欠片も見つけられない。他の魔力を吸い寄せることはできるのに、私の中に入った途端霧散してしまう。完全に器が壊れていた。

 でも、それでも構わない、と思っていた。それは、諦めの感情とは違うものだった。

 

 セオドアがもう一度、「申し訳ございません」と謝る。

 まるで葬式のような雰囲気だった。

 ギルでさえ、いつもの軽薄さが影を潜め、神妙な顔で黙りこくっていた。

 私だけがすべてに納得していて、他の誰もが各々しこりを感じているような顔をしている。

 せっかく声が出るというのに、自分の思いを口にしているはずなのに、全く伝わっている気がしない。もどかしい気持ちになった。

 

「謝らないでください、公爵令息様が謝ることではございませんから。それよりも、お父様、お母様。せっかく来ていただいたので、三人でお話する時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 私は不自然にならないように気をつけながら、努めて明るい声で言った。

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