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夏空と雹(2)

「彼女を、くれぐれもよろしく頼む。それから、アシュリー伯爵に、令嬢がここにいることを連絡しておいてくれ」

 

 俺は、医師にそう伝えると、眠る彼女の姿を目に焼き付け、再び首都のポータルへと足を向けた。

 

 

 

 医師によると、衰弱してはいるものの、命に別状はなく、じきに目も覚めるだろう、とのことだった。

 痛々しい姿の彼女を見ると、心から安堵することなんて到底できなかったが、それでも、握りしめていた拳をようやくほどくことができた。

 ひとまず心が落ち着くと、今度は、あの男の怒号が脳裏に蘇ってきた。

 胸糞の悪くなる言葉だった。だが、その叫び声のおかげで、彼女の居場所を知ることができたのも、また事実だった。

 

 辛うじて男の剣を受けた時、彼女はしっかりと俺のことを見ていたが、間もなくその目は焦点を失い、彼女は意識を手放した。

 見れば、ドレスは切り刻まれ、どこもかしこも血で汚れていた。

 

「……っ。すまない……」

 

 震える手で、彼女の怪我を検分する。

 傷は多かったが、そのほとんどが、出血が止まりかけているような浅い傷だった。その中で唯一、左肩の傷からはまだ血が溢れていた。彼女の首からスカーフをほどき、その布で止血をする。

 とにかく、医師に見せるべきだ。東の砦のポータルを抜けて首都の病院へ連れて行くのが、一番早いだろう。

 彼女を抱き上げようとした時、彼女の首が目に入った。久しぶりに見る彼女のその素肌には、最後に見た時と同じく、沈黙の呪いの紋様が刻まれていた。

 

「……もっと早くこうすべきだったんだ……」

 

 俺は、彼女の首に手を当てる。

 僅かの間光った後、その紋様は消えた。

 

 

 

 ポータルで東の地へと戻ると、その男は池のほとりで、傷一つない状態で、縛られて転がっていた。傍らにはギルバートが立っている。

 男は、こちらに気付くと、口の中でぶつぶつと呟き始めた。

 

「所詮、家の力しかないくせに……僕だけが彼女を幸せにできるのに……」

 

 その男を、ギルバートが冷ややかな視線で見下ろしている。

 

「セオ。彼はマクスウェル公爵家の名前を出したら、あっさりと降参して捕まってくれたよ。ご覧の通り、まだピンピンしているから、君が好きなだけ尋問でも拷問でもすればいいよ。公爵家の領地に不法に領地に入り込んできて、こちらの客人を傷つけたんだから、誰も咎められないだろうね」

 

 柔らかい口調だったが、怒りが滲み出ていた。

 男はひっと息を呑んだ。

 

「な、なんでだよ……公爵家が守る価値なんてないはずだ。エレノアは、魔法も使えないし、剣も下手で、家を追い出された女だ! 俺が、ふさわしいんだ、俺のところまで堕ちてきたんだ……ひっ」

 

 グサッ――と音を立てて、男の目前に剣を突き立てた。男はそれ以上口を利けなくなったようで、目を白黒させていた。

 

「……聞いてられない。尋問は後にする。まずはこいつの家を調べさせる。公爵家の力を使って、な」

 

 腸が煮えくり返りそうな思いに、眩暈がした。

 きっとこの男が、彼女に例の呪いを施したのだろう。きっと、伯爵家の優秀な令嬢には到底手が届かないような男なのだろう。それでも彼女を手元に置きたくて――彼女から「優秀な令嬢」の地位を奪い、手の届くところへと堕としたのだ。

 それは、反吐が出る程、自分の所業と重なって見えた。

 

 ――俺が早々に、彼女のことを令嬢だと認めていれば、俺がここに捕らえていなければ、彼女がこんな目にあうことはなかった。せめて、声が出れば、もっと早く見つけられた。

 俺が決断を先延ばしにして、馬鹿みたいに街に出歩いている間に、彼女は怪我を負ったのだ。

 

「わかった、まずは、こいつの家を捜索するとして……。アシュリー家にも手紙を送ろう。早々に、事の経緯を説明しに行くべきだろう」

 

「ああ……」

 

 鬱々とした声で頷くと、ギルバートは、こちらに目を向け、眉根を寄せた。

 

「……自分を責めるのはいいけど、早まったことはするなよ。お前が自分のせいだと喚いたところで、彼女が救われるわけでもないんだから」

 

 俺の心を見透かしたように、ギルバートが言った。

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