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泡沫(1)

「どこへ行くつもりなんだ?」

 

 馬車に乗り込むと、ギルバートがおもむろに口を開いた。

 

「ドイルの街に……アクセサリーを、買いに行く」

 

「は? まさかあのお嬢さんに? 向き合い方を考えろとは言ったけど……」

 

「他にどうしろって言うんだ。服も食事も、お前が与えてしまうのに」

 

 俺は、唸るように答えた。

 

「そういう考えになっちゃうか。うーん、そうはいっても、アクセサリーねえ……」

 

 ギルバートが独りごちた。

 

 

 

 ドイルは、屋敷から程近くにある街だった。職人の街として知られており、東の田舎の中では珍しく、装飾品の類が多く売られている。

 数日間考えてひねり出した答えが、ギルバートを連れてドイルに行くことだった。

 いや、答えなどではない。結局、決定的な決断は先延ばしにしている。

 

 馬車で数時間揺られると、ドイルの街についた。

 でこぼことした歩き心地の悪い石畳の両側に、沢山の店が並んでいる。

 ギルバートは、この街に詳しかった。そして俺は、街以前に、装身具全般に疎かった。

 残念なことに、俺は、ギルバートに頼らざるを得なかった。

 

 ギルバートは俺を連れて、いくつかの店を回った。

 繊細な金細工の太いブレスレット、幾何学模様のイヤリング、大小の色石を連ねたネックレス――。

 どれも一級の芸術品のように見えたが、いかにも重たげな装身具は、一体何の益があるのだろう、という身も蓋もない気持ちになった。彼女がこれらを身に着けて笑う姿がまったくもって思い浮かばない。

 

「本当に、彼女が喜びそうな品を置いている店を選んでいるのか?」

 

 どうにも納得できず、三店舗目で、ギルバートに尋ねた。

 すると、ギルバートは片眉を上げて答えた。

 

「いや、そんなこと言ってなかっただろ。アクセサリーの店を教えてくれ、と言われたから、そうしているだけだけど。そもそも君は、彼女がどんなアクセサリーをもらったら喜ぶと思っているの?」

 

「……」

 

 それがわからなくて、お前を連れてきているんだろうが、という言葉を飲み込む。

 どんなアクセサリーだって?

 少なくとも、こんな重々しいアクセサリーよりは、小さな石がついたペンダントの方が彼女には似合う気がする。だが、やはり、ペンダントをつけて喜ぶ彼女の姿も、いまひとつ想像がつかない。

 そもそも、彼女は何に喜ぶのだろう。

 至極当然の話ではあるが、彼女が喜んだところを見たことがない――唯一つ、外に出て良いと言った時を除いて。

 彼女に自由を与えるのは、それは俺にとって最も簡単に用意できるもので、彼女にとって最も喜ばしいものだろう。だが――。

 

 ぐっと、心が重たくなる。

 彼女のことを考えれば考える程、自分の最低な身勝手さに気が付いてしまう。

 最悪だ。つまるところ、俺は、彼女を喜ばせたいわけではなく、近くにいて欲しいだけなのだ。

 

「もういい、今日は帰る」

 

「何も買わずに帰るのか?」

 

「……別の物を考える」

 

「……そうか」

 

 ギルバートからしてみれば、わざわざ連れまわされた挙句徒労に終わったわけなのだが、それ以上何も言わなかった。

 俺は、ドイルでの目的を失うと、とにかく彼女に会いたくなった。

 最低だと思うのに、やっぱり彼女の傍にいたくてたまらない。

 

 

 

 屋敷へ着くと、屋敷の前にアンがいた。見るからに、ひどく狼狽している。彼女は、一人だった。

 どう見ても普通の状況ではなかった。

 

「アン! 何故一人なんだ!?」

 

 俺はアンのもとへ駆け寄り、彼女を問い詰めた。嫌な予感しかしないのに、くだらない理由であれと祈らずにはいられなかった。

 

「お、お嬢さんが、お嬢さんが……! 申し訳ありません、森で、いなくなってしまったのです。申し訳ありません、坊ちゃん、……っ」

 

 涙声のアンの言葉が耳に届くと、全身から血の気が引くのを感じた。

 俺は、咄嗟に森に足を向けていた。

 

「ちょっと待て、セオ!」

 

 ギルバートに制止され、束の間、足を止める。

 

「アン、どこで彼女はいなくなったんだ?」

 

「森の、いつもの池です。目を離したらいなくなっていて……」

 

「わかった。アンは屋敷で待っててくれ。俺はセオと手分けして、池の周りを捜しに行く。それでいいな? セオ」

 

「ああ」

 

 俺は、返事をするや否や、駆けだしていた。

 

 何故、今更、いなくなる?

 自分勝手な考えかもしれないが、彼女が何も言わずに逃げ出すなんてとても思えなかった。

 何が起きているのかわからない。ただ、良くないことが起こっていることだけはわかった。

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