屈折し反射し弧を描く七色の光(1)
「森へ出ても良い。ただし、アンを連れていけ」
怪我の治療をした翌朝、部屋に入るやいなや、セオドアはそう言った。
その言葉にも驚いたが、彼があまりにもピンピンとしているものだから、尚更驚いた。治療をしたとはいえ、出血多量の状態から、こうも早く回復するものだろうか。これも魔力の高さゆえの回復力なのだろうか。
むしろ、今隣にいるアンの方が疲れ切っていた。
彼女は老齢だ。彼女を連れていけば、そう遠くまで行くことはできまい。それも、見透かした上でこんな条件をつけたのかもしれない。
本当は、私が彼女を振り切ることなんて、簡単だ。昨日だって、逃げようと思えば逃げられた。
でもそうしなかったからこそ、こうして彼は、外に出ることを認めたのかもしれない。
セオドアの思惑がどうであれ、それは何よりも嬉しいものだった。
彼は知らないだろうが、私はとても、森が好きなのだ。
あの、薫るような魔力の中を歩くと、とても心地が良い。想像しただけで、頬が緩んでしまいそうだった。
「……夕方また来る」
セオドアは、ふいと顔を背け、そう言うと、踵を返した。
てっきり、魔力を流すついでに、伝えに来たのだと思っていた。だが、どうやら違ったらしい。彼は、いつも通り、夕方に再びこの部屋を訪れるつもりのようだった。
そうなると、たった一言伝えるために、この部屋に来たことになる。はて、そんなことが今まであっただろうか。
これまでセオドアの意向は、大抵はギルかアンの口から伝えられてきたのだから。
ドアがばたんと閉まると、アンが、はあ、とため息をついた。
「セオドア様はアンの年齢を知らないようです……。お嬢さんは、この老いぼれに無理させたりはしませんよね……?」
アンが不安げにこちらを見ていた。
いつも職務に忠実なアンが、不満げな言葉をこぼすのを初めて聞いた。それほどまでに、昨日は堪えたのだろう。
つくづく申し訳なく思い、こくこくと頷いた。




