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砂原の雨粒(2)

 マクスウェル家には、代々怪物が生まれた。

 いや、生み出されてきた、とでも言うべきか。その怪物達は、魔獣のはびこる東の砦で生かされてきた。

 高位の魔獣はちまちま切っても再生する。そんな魔獣を討伐するために、怪物の膨大な魔力はうってつけだった。

 先代の怪物は、叔父だった。

 叔父は、暴走しそうな魔力を抑えつけながら、どうにか人間の体裁を保っていた。魔獣を狩る時だけは、思うがままに魔力を垂れ流せる。たとえ、それで森が焼け死のうと、大義のためだと言い聞かせる。魔獣の血を浴びることは堪らなく不快だが、魔獣を狩らなければ、鬱滞した魔力の抑えが効かなくなる。怪物とは実によくできた存在だと、自身のことを嘲笑せずにはいられない。次第に眠れなくなり、何のために生きているかわからなくなる。叔父は、そんな風に生きて、やがて狂人となり、死んだのだろう。

 それは、とてつもなく現実味を帯びた想像だった。

 

 彼女と出会うことができた俺は、間違いなく、歴史上最も幸運な怪物だった。しかし、だからといって、怪物の役目が終わるわけではない。

 たとえ魔力が鬱滞しなくなったとしても、砦から魔獣の発見報告が上がれば、兵を連れて出向かなければならなかった。

 俺はいつも、とにかく早く彼女に触れたくて、最速で魔獣を倒した。

 

 だが、いつもそう易々と片付くものではない。

 大きな群れが現れれば、どんなに力を尽くしても、一日で帰るのは無理だった。

 その日群れを率いていた上級魔獣は、鋭い爪を持ち、細長くてしなやかな体躯をしていた。イタチ型と呼ばれる魔獣の一種だろう。そいつは、三日間雑魚を相手にした後、ようやく姿を現した。

 兵に目配せすると、彼らは後ろに下がった。俺の魔法に巻き込まれないように。こうした大物を倒すのは、俺の役目だった。

 俺は、何度も炎でそのイタチ型を追い詰めたが、その度にするりと体をしならせ避けられた。軽く跳躍し木の枝に下りたかと思うと、今度は背後に回り込む。規則性のない動きに、先を読むことも難しい。そんなことの繰り返しだった。

 消耗戦を狙っているのか?

 あいにく、そんなことで尽きるような魔力ではない。だが、早く切り上げたいのは事実だった。とにかく、苛々とした。

 

 文字通りのイタチごっこを繰り返した後、その魔獣はさっと木陰に身を隠した。これ以上時間稼ぎをされるわけにはいかない、と勢いをつけて飛び出す。

 何歩目かを踏み出した時、その足がぐっと沈んだ。素早く足元に目を移すと、左脚に絡みつき、地中に引き込もうとする低級魔獣の姿があった。やばい、と思った時にはもう、その低級魔獣ごと、俺の左脚は引き裂かれていた。

 イタチ型は、すばしっこいが、力はそれほど強くない。これがクマ型だったら、俺の脚は吹っ飛んでいたかもしれないが、幸いにも脚はまだついていた。

 ぐらり、と傾きかけた俺の体を一瞥すると、イタチ型は牙をむき出しにし、俺をめがけて飛びかかってきた。

 馬鹿な害獣だ、逃げ回っていれば良かったものを……。

 俺は、さっと剣を抜き、イタチ型の喉に突き刺した。頭から臭い血を浴びて気分が悪くなり「チッ」と舌打ちをする。でもこれで、もう逃げられまい。

 俺が、魔法を発動すると、イタチ型は燃えて灰になった。

 

「セオ!」

 

 決着が着くや否や、背後に控えていたギルバートが駆け寄ってきた。

 

「とりあえず応急処置する。動脈が切れてそうだが……お前なら問題ないだろ」

 

「ああ……助かる」

 

 ギルバートは、手慣れた様子で、俺の脚に布を巻いていく。

 

「魔獣は掃討できた。砦に帰って、ちゃんと手当しよう」

 

「いや、俺はこのまま屋敷に帰る……」

 

 きっぱりとした口調のギルバートに対し、俺は、半ば朦朧としながら、そう呟いていた。

 

「何言ってんだ! 応急処置で放っておいたら、いくらお前でも……」

 

 俺がギルバートに従う理由もないし、従ったことがないことも、奴はわかっていただろう。ギルバートはしばらく喚いてたが、そのうちに出血もほとんど止まり、結局、ギルバートが折れて、彼と共に屋敷へ帰ることになった。

 西へ向かって歩き、砦近くで兵と別れ、更に西にある屋敷へと歩を進める。東の砦では、馬を所有していなかった。魔獣がいる地域では、馬はおびえて使い物にならないからだ。

 

 やっとのことで門にたどり着いた時、屋敷の扉が開いた。

 そこには、寝間着で飛び出してきた女の姿があった。

 

「最高のタイミングで脱走しちゃったみたいだね……」

 

 ギルバートが呟いた。

 最高――それは皮肉的な言い回しだった。今、目の前にいる彼女に触れられるなら、それは最高のタイミングだ。

 だが、きっと彼女には触れられない。彼女は逃げ出す。この脚で、追いかけられる自信はない。

 

 

 

 もう終わりかもしれない、そう思っていた。

 なのに、彼女は俺の方に駆け寄ってきた。

 俺の伸ばした手を取り、癒した。

 

 気づいたら、引き寄せていた。腕を彼女の背に伸ばしかけて、はっとして止まった。

 一体俺は何をしているのだろう。そんな資格もないくせに、まさか。

 危うく抱きしめかけたことに、彼女は気付いただろうか。

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