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真夜中の聖女と七人の花婿候補  作者: 土井フニ
7/9

 泣きながら目覚めた。


 朝日の中で、暖かなベッドでの目覚めを、号泣している顔で、苦しい気持ちで迎えた。


 穏やかな朝の始まりなのに、私の脳裏に浮かぶのは、夢の中の、苦しんでいるドラゴンの姿。


 巨大な魔獣が、鎖につながれて呻き苦しむ姿を夢に見たら、それは、さぞ恐ろしい悪夢だろう。


 なのに、私は、あのドラゴンが、夢で出会った美しい少女姿のディーと、同じ人物なのだと思っている。


「なぜ、ディーが、あんなことに……どうして?」


 ドラゴンを、ディーだと思う自分が信じられない。


 けれど、あれはディーなのだ。


 痛む頭を振った私は、目眩を感じて、倒れそうになる。


「ディー……どうして?」


 その名前を口にすると、瞳から涙が流れた。


 頬が濡れるのを、私は暗い気持ちで感じていた。




 ベッドの上で身を起こしたまま、涙が流れるままにしていた私は、部屋に入ってきた修道女に驚かれた。


「ソフィー、何かあったのですか?」


 尋ねられても、なんでもないと言うべきか、恐ろしい夢を見たというべきか、答えがわからずに、首を横に振った。何か一言でも言えば、号泣してしまうと思った。


 修道女は、難しい顔になったけれど、この六日間の朝と同じように、七日目の朝の『清めの水』を、私の前に出した。


 目覚めてすぐに、ベッドから出る前に行わなくてはならない儀式なので、私は、顔が涙に濡れたままで、水に両手を浸した。


 最初の日とは違い、私の手の甲から浮かぶ黒い粒子は、よく見ないと分からないほど、少なくしか出なくなった。


 水に浮かぶカミツレも、白い花びらは、ほんの少し影が指した程度の灰色にしか変わらなかった。


「この七日間で、呪いのほとんどが消えたようですね」


 見守っていた修道女が言う。


 私も頷き、両手を水から引き上げようとした。


 その時、カミツレの花の色が変わった。


 白くて細い花びらの、たくさん有るうちの一枚が染まったのだ。


 水に浮かんでいるカミツレの、全ての花の花びらが一枚だけ、赤に染まった。


「……花びらが、血の色に!」


 修道女が、思わず言い、慌てて自分の口を手で覆った。


 これは、ディーの流した血の証拠なのだと、私は思った。


 呪いを祓う儀式の、最後の夜に見た夢を『悪夢を見た』だけで、終わらせたいと思っているのに、あの夢は、もう一つの『夢の中の世界』の現実なのだと気付かされる。


 夢が現実であるなら、あの苦しむドラゴンの姿は、現実のディーが苦しめられているのだとーーーー


 息が、苦しくなる。


 胸の奥が、痛い。


 目が霞み、涙が流れる。


(ディー、どうしたら、助けてあげられるの?)


 私の心が、引き絞られるように痛んだ。




 この日の夕方、まだ日が落ちきる前に、私は、修道院の院長様に呼ばれた。


「今朝は、泣いた顔で起きていたと聞きましたが、大丈夫ですか?」


 問われた私は、首を横に振った。


 夢で見た、傷付いたドラゴンの事は、誰にも言う気持ちになれなかった。


(聖女の勤めとしては、報告しなければならない事、なのかもしれないけど……)


 そう思いつつも、自分からは何も話さないと、心に誓った。


 話してしまえば、今回の穢れの原因がディーであり、それを理由に、二度と会えなくなるような気がしたから。


「今朝の、最後の『清めの水』では、花の色が変わるのは微かでしたが、花びらの一枚だけ、赤くなったそうですね」


 言われて、私は頷いた。


 院長様は、悲しい顔になり、額に手を当てて、首を横に振った。


「ソフィー、花びらの赤は、あなたが流す血の色かもしれません」


 院長様は、私を見ないで、そう言い、溜息を吐いた。


 私は「あなたの流す血」と言われても、恐ろしいとは思わなかった。あの赤が、ディーのこれから流す血の事ではなく、自分の流す血なら、自分が傷付く事でディーを救えるのであれば、どんなに嬉しいか。


(それが出来るといいのに……)


 私は、叶えられるはずも無いと、その思いを、悲しいと感じた。


「ソフィー?」


 院長様の声に、私が顔を上げた。優しい声で呼びかけられたのに、院長様は、厳しい、難しい顔をしている。


「覚悟の夢となるでしょう」


 そう言い、大きな溜息を吐く。


「覚悟の、ですか?」


「そうです」


 院長様は、言いながら『導きの書』の、栞が挟んである所を開いて、指をさした。


「聖女の歴史は、とても古いのです。けれども、残されている記録はとても少ない。呪いを受けた聖女は、あなたが初めてという訳ではありません。けれども、その記録は、本当に少ないのです」


 院長様は『導きの書』を、人差し指でトントンと叩いた。


「数少ない、呪いの事ですが、共通する事があります。それは『出会いの夢』を、聖女と花婿候補の、婚姻に進む出会いのためでなく、他の思いを持って、その場に出向く者が現れた時に、呪いが発生する、という事なのです」


 自分の表情が曇るのが分かった。


「婚姻のためではなく、ですか?」


「ええ、そうです」


 院長様は、手引き書を指で押さえて、少し読んでから、顔を上げた。


「残された記録の中では、聖女として生まれた女性が、聖女教育を受ける前に、愛する男性を得てしまい、その人と駆け落ちする事を思いながら『出会いの夢』に入り、その思いの、向く方向の違いから、隙間が生まれ、魔が入り込んだ。と、記されています」


「思いの向く、方向の違いの、隙間から?」


 私が、言葉に中の、特に気になった箇所を繰り返して問う。


 院長様は、重々しく頷いた。


「聖女だけではありません。花婿たちの記録では、復讐のために、あるいは、自分が年若い頃に戻って、その年で出来なかった何かを成し得るために、聖女との『出会いの夢』での、年齢を変えて現れる事を利用した。との記録も有ります」


 自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。


 花婿が、婚姻以外の目的で『出会いの夢』を利用すれば、魔が入り呪われる。そうであるなら、ディーの「母に会いたいから」は、呪いの発動になってしまったのだろうか?


「どうして」


「えっ?」


「どうして、そのことを、最初に教えてもらえなかったのですか?」


「そのこと? それは『出会いの夢』を、婚姻のため以外には、使ってはならない事を?」


「そうです。最初に教えってもらえていれば、誰も間違いを犯す人は出ないのでは、ありませんか?」


 私の問いに、院長様は、首を横に振った。


「それは、教えることが出来ないのです。聖女と花婿候補は「禁忌を犯してはならない」という、押さえつけた気持ちを持って出会う事も「魔を呼び、呪いを受ける」と伝えられているからです」


「そんなーーーー」


 叫んだ私は、口に手を当てたまま、絶句した。


(じゃあ、ディーは? お母様に会うために、五歳の姿を選んだディーは、呪いを受けてしまったの? だから、ドラゴンの姿で、あの岩山で、つらい責め苦を負っているというの?)


 私の驚きを、院長様は、悲しそうな目で見ていた。


「誰が禁忌を犯したのか? それは分かりません。けれど、魔の力よって、誰が呪われたのかは分かります。ソフィー、呪われたのは、まぎれもなくあなたです。そして、その呪いは、祓いの儀式で、限りなく小さくする事が出来ましたが、消す事は出来ていないのです」


「どうしたら、魔を呼んでしまった人を助ける事が出来ますか?」


 私にとって、呪いを受けた自分よりも、ディーの方が、ずっと大事だった。


 呪いと言われても、自分は、顔と手にホクロが出来ただけなのだ。


 けれど、ディーは、冷たい岩山に捕らえられて、責め苦を負っているのだ。


 院長様は、首を横に振るだけだった。


「難しいと思います。『導きの書』には、呪いは、魔が現れた印と記してありますが、具体的な事例は、本当に少なく、いくつかしか記録されていません。そして、魔を祓ったという記録は、残されていないのです」


「それでは、魔を呼んだ者は、呪いを受けた者は、どうなったかは?」


「ただ『魔を呼んだ、呪いを受けた』だけで、どうなったのかは、記録に残されていないのです」


「残されていないーーーー」


 私は、両手で顔を覆った。


 どうすればいいのかと、希望を探して、すがり付きたい思いが、暗闇に迷い込んで、もう出られないのだと、宣言されたような気持ちになった。


「魔を呼び、呪いを発動させた方を、あなたは知っているのですか?」


 院長様の声に、ドラゴンの姿のディーの事を、どう話したらいいのかと思い、私は苦しい気持ちになった。顔が、つらそうに、より歪んでいくのが分かった。


「ソフィー、あなたに言っておかなければならない事が有ります」


 院長様が、厳しい声を出したので、俯いていた私は、顔を上げた。


 苦しげな眼差しで、院長様は私を見詰める。


「あなたは、前回の『出会いの夢』の中で、呪いを受けました。その場所には、魔を呼んだ方の姿を模した魔物がいたはず、そうですね?」


 夢の中で、大人になったディーの振りをして、自分に触った男を思い出し、私は、身震いしながら頷いた。


「その夢では、他の六人の花婿候補たちも、その場に居ましたね?」


「はい」


「……そうですか」


 院長様は、細く長い溜息を吐いた。


「夢で汚れたため、祓いの儀式を行いましたが、あなたの穢れは、まだ祓い切れていません。それは、ホクロが消えていない事でも証明されているのです」


 言われて私は、唇の左端に有る、針で突いたような小さなホクロを触った。


「聖女の花婿候補は、聖なる獣を始祖に持つ王国の方々です。呪いに巻き込まれた六人の花婿候補は、その怒りを現す時、それぞれの始祖の姿となって、あなたの前に現れるでしょう」


 院長様の、握り締めた手が震えている。


「どんなに恐ろしい姿を見ても、たとえ襲いかかられたとしても、あなたは、声を出してはいけません。どんな小さな一言であっても、声を出してしまったら、あなたはその場で、生きたまま焼かれてしまうーーーーそう『導きの書』に書いてあるのです」


「生きたまま、焼かれる……」


「そして、あなたの穢れの原因となった者は、あなたの何万倍もの苦痛を、永遠に受け続ける事になると……」


「ディーが? そんな!」


 院長様が、悲しい目で私を見る。


「あなたが、夢で言葉を交わした人が、一人だけいましたね? その方が、自分でも知らずに、魔を呼び込む行いをしてしまったのでしょう……」


 院長様の声に、私は、小さく頷いた。


(確かにディーは『出会いの夢』を、婚姻のためではなく、お母様に会うために使った。けれど、それが永遠の責めを負うほどの悪行とは思えない。私だって、お母様に会えるのなら、夢を、そのために使うと思う)


 私は、六人の花婿候補の、獣になった姿に会う恐ろしさよりも、自分が焼かれる恐怖よりも、岩山に捕らえられているディーに、これ以上の苦しみを与える事は出来ないと思った。


 ましてや、永遠の苦痛など、絶対に阻まなければならない。


 自分は、どれほどまでに恐ろしい目に会っても、耐えなければならない。それ以外に、ディーを救うきっかけは無いのだ。


 私は、そう、強く思った。


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