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真夜中の聖女と七人の花婿候補  作者: 土井フニ
6/9

 七日間の禊ぎが終わる前日の夜、本来ならば、上弦の月のこの晩は『出会いの夢』を見るはずだった。


 けれど、院長様からは、


「祓いの七日間は、まだ終わっていないので、明けた訳ではありません。なので『出会いの夢』は、あなたの眠りの中に訪れる事は無いでしょう」


 そう言われていたので、私は、夢を見ないのだと思っていた。


 けれど、その晩、私は夢を見た。


 それは『出会いの夢』ではなかった。




 気が付くと、私は夢の中にいた。


 けれど『出会いの夢』の中の、あの応接室ではない。


 そこは、荒涼とした岩山だった。


(夢? これも夢の中なの?)


 昨晩は確かに眠った。ベッドに入って目を瞑った事までは覚えている。


 今の感覚も、あの『出会いの夢』と同じように『夢の中で目覚めている』と、夢を自覚している感覚だった。


 でも、夢の中だと判っている夢は、あの『出会いの夢』での応接室しか知らないので、初めて見る、違う夢の中の場所に、私は戸惑った。


 辺りを見回してみる。


 月も星も見えない真っ暗な空。灰色の雲だけが走り過ぎていく。冷たい風が強く吹いている。


 雪ではなく、針の先ほどの氷の粒が、風に混じって岩を打つ。突き刺さるように鋭く岩にぶつかり弾け散る。その勢いの強さで、私は、風の速さを感じた。


(なんて、暗くて寒くて寂しい所なんだろう)


 私は、夢の中の自分が、薄い空気の膜に覆われている事に気が付いた。


 自分の身体を、小指の先の厚みほどの、空気の膜らしき物が取り巻いている。それが周りの冷気や風の強さから、自分を守っているのだと思った。


(だから、風の冷たさや、鋭い速さを、直接に感じる事が無くて済んでいるんだわ)


 私は、自分が、ほんのりと光を発してる事にも気が付いた。だから、これほどまでの暗闇でも、うっすらと周りが見えるのだと。光っているのは、私の身体ではなく、この空気の膜らしい。


(もしも、この空気の膜で守られていなかったら、風の一吹きで、身体が切れて血が流れるほど、この風は鋭く、恐ろしいほど冷たいんだろうな……)


 私は、これほどまでの風の中でも、そよ風に吹かれた程度にしか揺れない、自分の髪を見て思った。


(なんて、寂しい……)


 そして自分は、なぜ夢の中で、この岩山に立っているんだろうと。


 風鳴りが、私の耳元で悲鳴を上げる。その音に混じって、微かに呻き声のような響きがある。


(誰か、苦しんでいる?)


 まさか、こんな岩山で?


 気のせいかと思った私の耳に、再び声が聞こえた。


 私は、声のする風上へと足を進めた。砕けた岩が砂利となって、細い道を作っている。


 空気の膜が守っているからなのだろう。裸足の足裏に感じるのは、小石の鋭さではなく、毛足の長い絨毯の上を歩く感覚であることを、心から感謝した。


 山の上から吹き降りる風に向かって行くと、やがては岩山の頂上に着いた。


 そこは、擂り鉢状の空間で、底に向かって四方から風が吹く、風溜まりとなっていた。大きな岩と岩の隙間から、覗いた私は、驚き叫んだ。


「ディー!」


 なぜ、その名前を呼んだのか、分からない。


 風が吹きすさぶ岩山で、囚われていたのはドラゴンだった。


 巨大な身体の四肢と尾と首は、太い鎖につながれており、その場所から逃げることも、動く事さえも出来ないでいる。


 強く風が吹く。氷つぶてがドラゴンの身体にぶつかる。その鋭い勢いで、氷が肌を切り裂く。爆発したように血しぶきが上がる。


 その痛みが、苦しみが、絶え間なく、風が吹くたびに傷が増える。それは、無限の責め苦となっていた。


「ディー!」


 私は、再びに、その名を叫んだ。


 巨大なドラゴンを見て、何故、ディーの名前を叫ぶのか、分からない。けれど、ドラゴンは、姿を変えた、いえ、本当の姿に戻ったディーなのだと、私は思った。


「ディー!」


 叫ぶ声に、ドラゴンは、ピクリと身体を震わせた。


「ディー!」


 私の叫びに、重たげに首を上げる。無理に目蓋を開き、四方を見渡す。けれど、何も見付けられなかったのだろう。悲しげに瞳を閉じ、首を下ろした。


「ディー!」


 私は、再び叫ぶ。


 この声は、聞こえているのだろう。ドラゴンは首を上げ、しきりに見渡していたが、やがて目を瞑り、首を振り、頭を下ろす。


「ディー!」


 私の叫びに、ドラゴンは反応しなかった。


 聞こえてはいるのだろう。目蓋が震えているのが見える。けれど、声の主を見付けられなかった事で、聞こえた声を、幻聴なのだと判断したのかもしれない。


 私は、もう叫ばなかった。


 自分が名を呼ぶ事で、ドラゴンが反応する。声の主を探そうとする仕草が、首を上げる時に引く重い鎖、少し動くだけで体表面の乾いた血が割れて、肌を突き刺し、新しい血を流れさせる。


(どうして? ディー、どうして、こんな酷い事に……)


 私は涙を拭った。泣いているだけじゃダメだ。呼んでも、こちらの姿がディーに見えないのであれば、私が側に行かなくちゃ!


 ドラゴンに近付くために、どの岩から降りたら良いのかと、四方を見た。


 自分に何が出来るかは分からない。でも、あんなに苦しんでいるディーの側で、少しでも助けになれば。


 私は、降りる道を見定めて、歩き出した。


 そこで、夢は終わった。


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