表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夜中の聖女と七人の花婿候補  作者: 土井フニ
5/9

 目覚めた時、全身に汗をかいていた。


 悪夢を見て、うなされたせいで汗まみれになったと思った。けれどその汗は、粘膜のように私の身体全体を覆い、ベタベタと糸を引き、何かが腐ったような臭いがしていた。


 あまりの臭いに、頭痛がする。


 かと言って、この臭いから逃れる方法を、寝起きの私は、何も思いつかず、考えることも出来なかった。


 呆然とする。


 どのくらい時間がすぎたのかも分からない。酷い状況は、ほんの少しの時間でも、永遠の長さにも感じる。


 起きてこない私を案じて、お世話役の修道女が部屋を覗きに来た。


 そこで、粘液まみれの私を見て、悲鳴を上げたので、この窮状は、修道院の全員が知る事となった。


汚れを取り去るためにと、院長様の指示で、湯浴みの用意がされた。それも、色んなハーブを入れた極上の薬湯で。


 私が着ていた寝間着、ベッドの寝具は、洗濯場の責任者が洗おうとしたけれど、院長様の指示で、焼き捨てられることとなった。


「あれは、尋常の汚れではありません。呪いであれば、洗って綺麗になったように見えても、穢れが残っている恐れが多いのですから」


 その言葉に、全員が頷いた。


 体中に纏わり付くベタベタを、洗い流し終えた私は、院長様の指示で、再びお湯に入れさせられた。今度は別の種類のハーブが入れられたお湯で、三人の修道女が私の身体や髪を洗う。


 体中から、何かを押して絞り出すような、ギュウギュウと力を込めた洗い方をされたけれど、私は悲鳴を上げるのも、痛いと叫ぶのも我慢した。私に付いた穢れを取り払っているのだから、文句を言ってはいけないと思った。


 身体を清め終えた私は、院長様の指示で、潔斎の時に、修道女が特別に着る衣装を渡された。


「これを着るように、とのご指示です」


(どうして? 祈りの断食をした訳でも無く、通夜祈祷をした訳でも無いのに?)


 疑問に思いながらも、私はその服を着た。


 身支度を終えた私は、院長室に呼ばれる。


「昨晩は、何か有りましたか?」


 優しく問われ、まだ頭痛が残る頭を振って答えた。



・昨晩の夢で、七人の花婿候補の全員と会ったこと。


・まだ言葉を交わしていない六人は、前にあった時よりも、姿がハッキリしない状態であったこと。


・二番目に会う人を決める余裕が無く、誰にも声を掛けられなかったこと。


・言葉を交わした人は、その前に会った時の、忘れ物が見せる姿とは、様子が違っていたこと。



「様子が違う?」


「……よく似せた、別の人のように感じました」


 そこで私は、前回の夢の中で拾った、そして、自分の部屋で見付けた栞と、栞を触ると頭に浮かぶ男性の姿の事を、初めて院長様に話した。


「それも、夢に一部のような気がして、本当の事とは思えない気持ちも有って、そのせいで、変な夢を見たのかもしれません」


「でも、あなたは、その栞が見せた姿を、好ましいと、再会を心待ちにしていたのでしょう?」


 院長様に問われ、私は頷いた。


「優しく、信頼できる様子の姿でしたので、その方に会えるとばかり思っていました」


 と。


 それを聞き、院長様は、しばしの間考えていた。


「その栞が『三度の逢瀬』の最後に落としていった物ならば、栞が見せた姿が、本当のその方の姿なのだと思います」


 そう言ってくれた。


 私は『ディーの様子が、思っていたのと違う事』は話した。けれど、その偽物に見えるディーが、私を「俺の女」と言ったこと、大きく開けた口の中で、先が二つに割れた舌が踊っていたことは『人に話してはいけない事』だと感じて、黙っていた。


 栞の人と夢の人の、違いの大きさを『人に話せば、呪いが発動する禁忌』のように思って、恐れる気持ちを持ったままで、話している事に気が付いた。


 そして、これは異常な状態。だからこそ、院長様に話さなければならない。そう思った。


「あの、これは……」


 口を開けた私は、チラリと書記官を見た。書記官も、私を見て頷き、ペンを握り直した。


「昨晩見た夢の中で、信じられない事が有りました……」


 そして私は話した。ディーと思わしき男性の、私に対する無体な態度、無理矢理に手首を引っ張り、ひざまづかせた事、手へのキス、顔を触った事。


「それからーーーー」


 愛を乞えと命令された事、口の中の舌の先が、蛇のようだった事を。


 話し終えた私は、夢の中でディーに触られた六カ所が、疼くように熱を発している気がして、左手で左の頬を触った。


 その瞬間、院長様が叫んだ。


「ソフィー! それは、なんですか!」


 その声に、書記官も、手を止めて院長様と私を見る。


 院長様が震えながら指さしているのは、私の顔だった。


「ソフィー! あなた、ホクロが!」


 書記官が叫ぶ。


 言われた私も、驚いて自分の顔を触ったけれど、手に感じた感触では、変わった所は判らなかった。


 二人が驚いたのも当たり前である。


 聖女として生まれた人は、見た目には普通の人と変わらないけれど、身体的な特徴として『ホクロが一つも無い身体』というのがある。


 聖女を生む運命の『恵みの乙女』が生んだ子供は、生まれると直ぐに全身を検査される。この検査は、健康検査の他に「ホクロの有無」が調べられる。


 ここで、ホクロが無いとなった子供は、五歳、十歳、十五歳の時に、ホクロが一つでも出来ていないかを調べられるのだ。


 もちろん、私も調べられて、ホクロの無い身体であると、お墨付きをもらっていた。


「ソフィー、左手が!」


 院長様の声に、左手を見た私は、悲鳴を上げそうになった。


 左手には、三つのホクロが有った。


 ハッキリと一ミリ弱の黒点が、手の表面に生まれていた。


 手首の、親指の下の方に一つ、甲の真ん中に一つ、薬指の付け根に一つ。


 三つのホクロが、一つの線で結ばれたように、起点と終点と真ん中と、三つのホクロが有った。


「ソフィー、あなた、鏡を見なさい」


 震える手で、院長様が手鏡を渡してきた。私も恐る恐るそれを受け取る。震える手で落としてしまわないように、両手で受け取ると、顔が映るように握り直した。


 私の顔には、ホクロが三つ有った。


 唇の左端の下に、左頬の中央より下の方に、そして、左の耳朶の中央にと、三点のホクロが一直線に結ばれているように見える。


 鏡を落としてはならないと握り締めた手が、血の気を失って真白になる。


 私は、体中が震えるのを堪えながら言った。それは、とても小さな声で。


「ここは……ホクロの出来た場所は、昨晩の夢で、偽物のあの人が、私に触れた所です」


 言い終えると、手に持っていた鏡を、院長様の机の上へと、手を伸ばして置いた。


 カタカタと鳴る鏡は、私の手から逃れて、音を立てなくなった。


 院長様は、苦しそうに目を瞑った。そして、目を開けた時、難しい顔になった。


「ソフィー、あなたは、何か、穢れを受けたのかもしれません。これから七日の間、魔を祓う儀式を行います」


 その声に、私は、頷く以外には、何も出来なかった。




 儀式なので、冷たい井戸水を何度も頭から被ったり、偉い僧侶の前で跪いて、何時間も祈祷を受けたりする事を想像していたけれど、そういう、いかにも『穢れを祓う儀式』は、何一つ行われなかった。


 いつもと何も変わらない生活。


 その中で、特別に変わった事と言えば、食事だった。


 大食堂で、みんなで食べる事は無く、全てを私の部屋に運ばれての、独りきりの食事となった。


 その内容も、果物と野菜だけの食事に変わった。


 煮炊きした物には、ハーブがたくさん使われたけれど、香辛料や塩や砂糖は、一つも使われなかった。


 肉類が出ず、卵もミルクも出ない。魚介類は、海藻だけが少し出た。


 特別に部屋に運ばれる、三度の食事以外の物は『口にしてはいけない』と言われた。


「水を飲むのは自由ですが、それ以外の全ての物は、必ず、お伺いを立てて、許可をもらった物だけをお取りください」


 そう言われたので、私は、口がさみしい時などは、水を飲んでやり過ごす事にした。


 この『祓いの儀式』は、七日間続けられるので、七日目の夜の『出会いの夢』は、お休みとなったと言われ、私は、胸をなで下ろした。


 また、あの、偽物のディーと会わなくてはならないのかと思うと、夜に布団に入る事自体が、恐ろしい事へ足を踏み入れるような気がして、ずっと恐れていたから。


『夢はお休み』


 そう聞いた時に、自分が、信じられないくらい、あの夢で出会った偽物を恐れている事を、初めて自覚したのだった。




 他に、儀式が、もう一つあった。


 それは『清めの水』と呼ばれるものだった。


 朝に目が覚めると、ベッドから起き上がる事なく、最初にベルを鳴らすようにと言われた。


 枕元に、ガラス製のベルが置かれ、身体を起こす前に、言い付けられた通りに鳴らす。


 しばらくして、盥を持った修道女が二人、部屋に入ってくる。


 ベッドのサイドテーブルに、盥を置いたのを見てから起き上がった私は、ベッドに腰掛けて、その盥に両手を浸す。


 これは、ただ入れるのでは無く、両手を開いて、盥の底に手の平を付けなければならない。


 その様子を、二人の修道女が見届ける。それが『清めの水』の儀式だった。


 盥の中の水には、色んなハーブがたくさん入っている。浮かんでいるハーブを指先で除けて、私は両手を沈める。


 初日、手を浸して、しばらく時間を置いて、何も変わらないので、


「そろそろ、手を上げてもいいかしら?」


 修道女が、もう一人の修道女に、声を掛けた時、それは起こった。


 水の中にある手の表面が、揺らいだような気がした。そして、霞んだように見えたと思ったら、煤のように黒い粉が、煙のように、手の皮膚から沸いてきて、水の中で揺らめきながら昇ってくるのだ。


 二人の修道女と私は、目を丸くして、息を潜めて、これを見ていた。


 水面まで昇りきった黒は、ハーブの表面を汚し、カミツレの白い花を漆黒に染めた。


 初日には驚いたが、次の日には、黒の粒子は、昨日よりも少なく水面に現れ、カミツレの花も、初日よりは薄く染まった。


 それを見て、修道女二人と私は、顔を見合わせて、安堵の溜息を吐いた。


 毎朝の『清めの水』は、黒に穢される色合いが、だんだんと薄くなり、カミツレの花びらは、ほんのり灰色がかった白、という程度にだけ、黒の粒子に染まった。


 六日目には、それだけで済むようになった事に、二人の修道女も、私も、安堵の息を吐き、お互いに見合って微笑んだ。


 私のホクロも、この期間のうちに、だんだんと小さくなり、最後には、針の先で突いたほどの小ささにまでなった。


 けれど、黒いホクロは、すっかりと消える事はなかった。


「でも、大分小さく、目立たなくなりましたよ」


 そう修道女が言ってくれたので、鏡を見ていた私も、七日間の祓いがもうすぐ終わるのだと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ