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真夜中の聖女と七人の花婿候補  作者: 土井フニ
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 十六歳の誕生日の前日、朝のお祈りを終えた私は、修道院の院長様から呼ばれた。


 お母様を亡くし、お父様の新しい奥様の希望で、十歳から修道院に入った私は、幾度となく院長室に入ったけど、院長様が笑顔のまま緊張した顔をしているのを初めて見た。


「ソフィー、明日が十六歳の誕生日でしたね。聖女として生まれた女性は、十六歳の誕生日の夜から『聖女の勤め』が始まります。今日は、明日から始まる、その『聖女の勤め』のことを、お話しするために呼びました」


 院長様の緊張が移ったのかもしれない。その言葉に、頷く自分の顔が、緊張にこわばるのが分かった。


「聖女を預かる修道院は、その聖女の種類によっていくつか有りますが、めったに生まれない聖女を預かるのは、この修道院では、五代前の院長が最後であったと、記録に残っています。ですから、前任者に教えを乞う事は出来ない。文献や『導きの書』に頼るしか、どうしたら良いのかを知る方法が有りません」


「はい。院長様」


 私の返事をする声が固い。それを聞いた院長様が、ふっと笑った。


「この『聖女の勤め』は、十六歳の誕生日から始まるので、聖女として生まれた女性は、十五歳から修道院に入るのですが、あなたがここに来たのは、十歳の誕生日でしたね」


「……はい」


 私のお母様が亡くなったのは、私が七歳の時だった。


 お父様は、二年前にできた愛人と、日を置かずして再婚し、私の一つ年上の娘を連れたお義母様は、私を「すぐにでも遠くへやってしまいたい」と言った。


 けれど、聖女として生まれた私は、生まれる前から決められていた修道院以外には、預ける事は出来ない。


 その修道院も、


「聖女の儀式の決まりで、生まれてから五年ごとの節目にだけしか、預けの儀式が出来ないので」


 と、十歳になるまでは、預かれないとの返事を寄越したので、母を亡くした七歳の私は、十歳になるまでの三年、針の筵に座るような、つらい、息を潜める生活を送った。


 その三年間、ずっと、


(お義母様は、私のお母様を嫌っていたわ。一度も会っていないのに、どうして……?)


 と、思い続けていた事を思い出した。


「ソフィー」


「はい」


「あなたは、明日の晩、夢を見ます。それは『出会いの夢』と呼ばれています」


「出会いの夢?」


「そうです」


「夢で……何かに会うのですか?」


「夢の中で、あなたは、未来の花婿になるかもしれない人と出会います」


「未来の花婿……ですか?」


「そうです。聖女を娶る事を望んだ、七人の王太子と出会います」


「王太子と? 七人も、ですか?」


 院長様は重々しく頷き、大きな本の重たい表紙を開いた。


「文献には『幻の獣を始祖に持つ王国は、王太子の未来を占う時に【聖女を望め】と出た場合、その王太子は【聖女の花婿候補】となる』そう書いてあります」


「でも、七人も、ですか?」


「一人の聖女に、花婿候補が七人。それは、聖女の婚姻の決まりだと書いてあります。七人の花婿が揃う時にしか、聖女は生まれない運命だと……」


「……そうなんですか…」


「明日の、十六歳になった日の夜に、夢の中で、七人の花婿候補と出会いますが、どんな風に出会うのかは、聖女それぞれに違うのだと書いてあります。決まっているのは、十六歳の日の夢、とだけ」


「……はい」


「一番最初の夢は、出会うだけ。本当に顔を見るだけ、のようです。だから、あまり気負わないで『どんな人たちがいるのかな?』くらいの気持ちでいて大丈夫ですよ」


「はい、院長様」


 私の不安な気持ちを和らげるように、笑顔で言ってくれた院長様に、笑顔で答える事が出来た。




 私は、お母様の生まれを知らない。


 お母様は、自分の両親も、実家も無いのだと言っていた。


 左手の甲の中心に、小さな花紋様の赤い痣を持って、生まれてきた赤ちゃんは、


『神に仕えし印を持つ者』


 と呼ばれ、修道院に預けられるのだという。


 なので、自分の両親がどんな人たちなのか、どんな家に生まれたのかを、お母様は「知らない」と言っていた。


 花紋様を持つ子供は、生まれてから5年ごとに、身体の変化を調べ、その子供が、神からどんな役目をもらうのかを見るのだという。


 お母様は、五歳の誕生日の朝に、黒い髪の毛の一房が、銀色に変わっていたので『聖女を宿す、恵みの乙女』となったという。


 髪の変化が銀色だったので『月読みの聖女』を生む運命に選ばれたのだと。


 本当ならば『恵みの乙女』であったお母様の元で育ち、十五歳で修道院に入るまでは、家族と暮らすのが、聖女として生まれた、私の運命のはずだった。


 けれど、私が五歳の頃に、お母様は病みつき、病床から出る事なく、二年後に亡くなってしまった。


 お母様の葬儀の後で、召使いたちが言っているのを、偶然に聞いた。


 本当なら『恵みの乙女』は、誰よりも健康で、人に光を与える存在なのだと。それが身体を壊すのは、愛を誓った相手が裏切った時だけなのだと。


 七歳の私には、お父様に新しい彼女が出来た事など、想像もしない、思いつきもしない事だった。


 その女性を愛する気持ちが、お母様を愛する気持ちよりも大きくなったので、お母様の命が尽きた事も、召使いたちの話から知った。


 お母様が亡くなって、幾日も過ぎないうちに、お父様はすぐに再婚した。まだ悲しみに包まれた家で、たいそう華やかな結婚式まで行われた。


 お父様の新しい奥様は、私に「お母様とは呼ばせない」と宣言した。そして、私のお母様を思い出させる物を嫌って、全てを捨ててしまった。そして、残された一人娘の私にも同じ運命を命じた。


 特に、私が聖女と呼ばれる事を、とても嫌がり「すぐにでも追い出したい」と、目の前で言われたほどだった。


 お母様を失ってからの悲しい三年間、そして十歳になってすぐに修道院に入り、女の人とだけ顔を合わせる生活を送ってきた私には、突然に『花婿候補に会う』と言われても、驚きが大きすぎて、自分がどんな夢を見て、その人たちと出会うのか、想像も出来なかった。


 本当なら、生んでくれたお母様の手引きで、貴族の娘として社交界に出て、大人の礼儀を教わるはずだった。


 社交界デビューは、十六歳になってからと言われているけれど、十四歳から一年間だけの社交界。それが聖女の社交界デビューと言われている。


 舞踏会にも出て、色んな方たちと、男の方たちとも、ダンスを踊ったり、お話をするなど、大人になる訓練をしてから、修道院に入るはずだった。


 でも、修道院に入った私には、その機会は与えられなかった。




 十六歳の誕生日、夜空には満月が輝いていた。


「月読みの聖女の、十六歳の誕生日は、必ず満月の夜となる。そう『導きの書』にありましたが、本当に、大きくて綺麗な満月の夜になりましたね」


 自室に下がる前、私は、院長様から体調などを聞かれ、最後にそう言葉をもらって、就寝の挨拶を終えた。


 緊張して眠れないのでは? と思っていたけれど、布団に入り、枕に頭を付けた瞬間、身体が動かない事に気がついた。


 眠りを誘う粉が、自分の上に、静かに降り積もってくるような感じがした。


(眠りが降り積もってきて、埋もれてしまいそう……)


 私は、ゆっくりと気を失うように、眠りの中に入っていった。




 気が付くと、私は椅子に座っていた。


 それは、背もたれの高い、ゴブラン織りの布で作られた、豪奢な安楽椅子だった。


 自分の姿を見下ろすと、寝ている時に着ていた寝間着ではなく、式服と呼ばれている飾り気の少ない服装をしている。


 これは、修道院の見習いや、身を寄せている女の人、まだ修道女になっていない人たちが、正式な儀式の時に着る、一種の礼服だった。


 本当の式服は、藍色の無地のシンプルなドレスで、襟とカフスだけは白無地の布だった。

 今、私が着ている式服は、子供の頃に何度か着た事がある、シルクの布地で作られている。艶消しに織られている布の、滑らかな手触り、襟とカフスは、蜘蛛の糸を模様織りにしたような純白のレース。


(レースを身に付けるなんて、何年ぶりかしら?)


 袖口のレースの織り模様を触っていると、ふと、人の気配がして、顔を上げた。


 そこは、大きな部屋。私の実家の第一応接室を、もっと広く、もっと豪華にしたような部屋だった。


 その室内の壁から、煙が吐き出されるように流れてくる。と思ったら、その煙は、見る見るうちに、輪郭をはっきりさせ、色が付き、大人の男性の形に変化していった。


 目の前に、六つの煙が現れ、それは六人の男性にと変わっていった。


 その全員が、身なりの立派な若者だった。背は高く、高貴な顔立ちをしている。


(院長様が『王太子』と言ったのは、この方たちの事なの?)


 挨拶をするために立ち上がろうとして、私は、動きを止めた。


 煙から王子様に変わった六人の、それぞれの様子が、思っていたのとは違う。


 彼らは、私を見ない。そして、お互いを見ない。まるで、この空間には自分独りしかいないように感じているみたいに。


 広い応接室には、中央に低い大きなテーブル。それを囲むように、二人掛け用ソファーや一人用ソファーとも言える安楽椅子が配置してある。


 その他にも、広い室内のあちらこちらにも、ソファーや安楽椅子が置いてある。


 現れた六人は、お互いを見る事無く、ぶつかる事も無く、室内を不思議そうに見渡し、歩き回った後で、それぞれが椅子に座った。


 その様子を、部屋の隅の椅子に座って見ていた。


(お互いの事が見えないように、私の事も見えないのだわ。きっと)


 室内を歩き回っていた六人が座ったので、椅子に座ったままの私は、部屋の中を見渡す事が出来るようになった。


(あら? 六人? 七人の方と出会うのではなかったかしら?)


 伸び上がるようにして、室内を見渡した私は、自分が座っている椅子が有る、部屋の隅とは真向かいの、部屋の向こう隅に、人がいるのを見付けた。


 それは、女の子だった。


 部屋の隅に有ったのは、小さな文机。その机に向かって、女の子は本を読んでいる。


 プラチナブロンドの髪は、肩に掛かる長さなのを、赤いリボンで一つに結んでいる。


 飾りの無い深緑のシンプルなドレス。


 物憂げに本を読む、その瞳は、ルビーのような赤い色だった。


 私は、見付けた七人目が、女の子であることに驚いた。そして、その子の美しさに溜息を吐いた。


 もっと近くで、あの女の子を見たい。


 椅子から降りて、そーっと静かに歩き出した。


 それぞれ、椅子に座っている六人の男性たちは、こちらを見る事は無い。


 それでも、足音を立てないように気を付けて、女の子の側へ向かった。


 女の子の座る場所の一番近くにある、赤いビロード張りの安楽椅子に座る。


 息を潜めて女の子を見た。


 年の頃は、七、八歳だろうか。


 体つきの割に、大人びた表情の女の子は、とても美しい顔立ちをしていた。


(可愛らしい子供には、会った事が何度もあるけど、これほどまでに美しい顔立ちをしている、静かな佇まいの子に会ったのは初めて……)


 と、思った。


(笑ったら、どれほどに可愛らしいかしら?)


 椅子に座ったままで、考え事をしている様子で、時々周りを見渡す仕草をする、六人の若者の事など、すっかり忘れて、私は、この女の子を見ていた。


 いつまでも、いつまでも、飽きる事無く、じーっと、見ていた。


 女の子は、静かに本を読み続けているだけだった。

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