【03】 婚約、決定 1
とりあえず後日に連絡をいただくことにして、その夜は屋敷に帰ってくることができた。
マッチョ王子様はわたしをフィリップス子爵邸まで馬車で送ると言い張ったが、リンク侯爵邸から王宮は南、子爵邸は北に位置する。反対の方角だ。
なので、丁重に何度もお断りをした。
名残惜しそうに手を取られ、甲に口づけをされる。
マッチョ王子様の指はごつごつと大きく、王子様というよりも将軍様と呼ぶほうがしっくりとくる。
子爵邸に戻るや否や、お父様とお母様が飛んできた。
気を回したリンク侯爵様が使いの早馬を送っていたらしい。
「ルナ。こうなったら覚悟を決めるしかない」
居間でお父様が重々しく口を開いた。
「……」
「そうね。夜会の場で婚約宣言なんて……うちのような子爵家に選択権はないわ」
頬に手を添えてお母様も同意をする。
「今までは内々の打診だったから、なんとか理由をつけて退けてきたが……もう無理だ」
「これまではルナの意向を尊重してきたけど……。いい縁談だと思うわよ? それに第一王子殿下や第二王子殿下に求婚されたわけじゃないから、少しは気が楽でしょう?」
第一王子殿下と第二王子殿下は王位継承権を争っている。
序列でいけば第一王子殿下が王太子なのだが、諦められない第二王子派がしぶとく頑張っているのだ。
第二王子派はこの婚約破棄宣言ムーブに便乗して、隣国の王女を婚約者に持つ第一王子殿下にハニートラップでも仕掛けて婚約破棄宣言をさせることができたなら、即座に王太子の座を手に入れられることだろう。
しかしそんなことをされたら、間違いなく隣国との外交問題勃発である。
ヘタをしたら戦になるかもしれない。第二王子派にはぜひとも思いとどまっていただきたい。
その点、マッチョ王子様……第三王子殿下は早くから臣下に下ることを公表している。
今夜の夜会でも、わたしに堂々と婚約宣言なぞをしてしまったから、野心なんて持っていないことはさらに輪をかけて周知の事実となった。
だって、我が子爵家では後ろ盾にもなれないからね。
でも、一番の問題は……。
「……そういうことじゃないよ」
「わかっている。わかってはいるが……」
「ルナ。あなたの気持ちもわかるけど……。貴族の婚姻はいわば契約よ。覚悟を決めなさい」
幼い頃からそう教えられてきたから。
そんなこと頭ではわかっているけど。
だけど、だけど、だけどね……だけどね!?
「わたしの好みはね!? 線が細くて中性的で細身だけど程よい筋肉のついた髪の長い儚げな憂いのある瞳をしたクールだけど愛しい者へは溺愛を注いでいざというときには持ち前の剣の腕で絶対に守ってくれる白馬が似合う物語の騎士様もしくは王子様タイプなの!」
一息で言い切った。
ぜいぜいと肩で息をする。
わたしだって年頃の夢見る乙女、である。
少しくらい夢を見たっていいじゃないか。
だってどこからどう見ても、マッチョ王子様はわたしの理想とは正反対。
王宮とうちの子爵邸以上に正反対。
刈り上げた金色の短髪にごつい体躯。憂いのある目元どころか、くりっとした灰色のつぶらな瞳には、憂いも、クールさの欠片もない。
白馬に乗るどころか、白馬を担いで平原を駆け回っている姿が目に浮かぶ。
「ルナ。……あなたも適齢期よ。いい加減に目を覚ましなさい」
お母様は両耳をふさいでいた手を下ろすと、ため息をついた。
「そうだぞ。現実にそんな男は……なあ。それに、もし現れたとしても……ルナのことを好いてくれるかどうかは……なあ」
お父様……。
わかってる。わかってるから皆まで言わないで。
「そうよルナ。セオドア殿下はそんなにまでしてルナのことを好いてくれているのなら、溺愛? してくれるわよ」
うう……。そこは少しあるかも。
だけど……。
「そうだな。きっと大切にしてくれる」
にっこりと微笑むお父様とお母様。
わたしの婚約は決定となった。
▲▽▲▽▲
とんとん拍子に話が進み、婚約式も滞りなく済ませた。
いわゆるものすっごい格差婚と諸事情により(詳しいことは聞かされていない)、マッチョ王子様側の婚約式への列席は、側近たちだけだった。
婚礼式は一年後と決まった。
この婚礼式を機会に、マッチョ王子様は公爵の爵位を賜る。
臣下に下り、サリファ王国の四番目の公爵家を興す。
一年後の婚礼式までの間には、いろいろと準備をしなくてはならない。
会場や招待客、招待状、衣装、振る舞う料理に公爵夫人としての礼儀作法に住む処など。
決めることも学ぶことも山のようにあった。
なんというか……出てくるのはため息ばかり。
はぁ。
トキメキがない。まったくない。
第一王子殿下も第二王子殿下も婚約はしているものの、まだ婚礼式の予定はない。
第三王子殿下であるマッチョ王子様のほうが、兄王子様たちよりも婚礼式は先でも問題はないのですか? と、訊くと「どうぞテオと呼んでください。愛しい貴女と離れているのはつらいのです。わたしが早くお護りしたい」と答えた。
果たしてそれが答えになっているのか、いないのか。
わたしの気持ちとしては……もっとゆっくりでもいいのですが。である。