【27】 父と娘
父と娘です。
「そっか……。そうなると、フラン商会がルドア殿下を見限って、さらに報復に出る可能性もある……。のよね? お兄様」
「ああ。そういうこともあり得る」
クロス兄妹はふにゃっとした、可愛らしいリス顔で笑ったけど……。
中身はリスじゃない。絶対に。
いや……だけど。
「……クリスタはそこまで考えてる?」
「まさか! あのクリスタだよ? 大方、ルナがセオドア殿下の婚約者だから、同じ子爵家の自分もってことでしょ? ルドア殿下を好きだからなんて理由は絶対にあり得ないし」
間髪入れずにマリエルが否定した。
クリスタの過去の諸行の数々がそれを否定できない。
それに「ルドア殿下を好きだから」という理由は絶対にあり得ないという考えに、全面的に同意する。
「まあ、アーバン子爵令嬢がどんなつもりにせよ、これは面白いことになるかもしれませんね」
独り言のように声を潜めると、オーギュスト様は愉快そうに、ふにゃっと微笑んだ。
うむむ。
意外と腹黒策士タイプなのかも。
そんなことを確認した間も、フロアでの罵り合いはまだ続いていた。
「はあ? 小娘のくせに! そんなペタペタつるっつるな貧相な体形で! 腰だってあるのかないのか判らないじゃない。わたくしと張り合おうなんて百年早いわ。大人しく引っ込んでいなさい!」
「わたくしのほうが若いのです。これからですわ。貴女こそ、百年と言わずにあと数年で崩れるだけでしょう!」
「言わせておけば……。ふっ、残念ね。その年でまだそんな胸なら、これ以上は育ちはしなくてよ!」
「いいえっ! そんなことはありません!」
「あら、親切に教えてさしあげてるのに」
「そこまでだ。ロージー」
黙って二人のやり取りを聞いていたルドア殿下が、ニヤついた笑みを浮かべてフラン伯爵令嬢をいさめた。
「ルドア殿下!?」
納得がいかないフラン伯爵令嬢は、ぽってりとした厚い唇を尖らせて抗議する。
「まあ、落ち着け。ロージー。……アーバン子爵令嬢、そなたは本気で私と婚姻を結びたいのか?」
狡猾そうな灰色の瞳は、クリスタの覚悟を問おうとしていた。
「もちろんでございます」
勝ち気なヘーゼルの瞳でルドア殿下を見据えて、微笑みを返すクリスタ。
フラン伯爵令嬢の鋭い眼差しが、クリスタをぎりりと射る。
片手を腰に充てたルドア殿下は、わざとらしく大袈裟に天を仰ぎ、もう片方の手を額においた。
さながら、二人の間で揺れ動く、恋愛劇の主人公気取りなのだろう。
「ふむ。そうか……。これは困ったことになったな。……で? そなたの望みを私が叶えるとしたら、私にはなにか、メリットがあるというのだろうか?」
クリスタはすうっと息を吸い込んだ。ひと呼吸をおいてから口を開く。
「それはもちろん……」
「ルドア殿下!!」
「ちょっとお待ちくださいっ!!」
「ルドア殿下、お待ちをっ!!」
フラン伯爵令嬢と、会場から上がった、慌てた大きな声が混ざり合った。
フロアの左右、それぞれの端から走り出てきたのは――。
一人は知っている。リュカ・アーバン子爵様だ。
もう一人は……。
「ギリオン・フラン伯爵様ですね」
オーギュスト様が教えてくれた。
走り出てクリスタの前に立ち、ルドア殿下とクリスタとの間に割って入ったのは、同じヘーゼルの瞳をもつ、リュカ・アーバン子爵様だった。
アーバン子爵様の眼差しは、凪いでいる湖のように穏やかな印象だった。同じ瞳の色をしていてもクリスタとはまるっきり違う。
ギリオン・フラン伯爵様は大きなお腹を抱えながら、アーバン子爵様に少し遅れて、ふうふうと息を吐きながらフラン伯爵令嬢の隣に立った。
「ルドア殿下、娘が勝手を申しました。今申し上げたことはどうか、お忘れください」
「お父様っ!? なぜですかっ!?」
ルドア殿下に深く腰を折ったアーバン子爵様に、クリスタは抗議する。
アーバン子爵様は頭を上げると、クリスタを見ずに、手だけで自分の後ろにいるように制した。
ルドア殿下は灰色の目を細めて、アーバン子爵様を値踏みする。
「ルドア殿下、たかが子爵家の小娘ごときの戯言にお耳を貸す必要はございません」
「そうですわ。そんな無礼な小娘、早く退がらせてくださいませ!」
フラン伯爵親子が隣できぃきぃと喚き始めると、ルドア殿下は眉間を寄せた。
「私に指図をするな」
不機嫌そうな低い声だった。
その一言で途端に、フラン伯爵親子はおとなしく口をつぐんだ。
それでもフラン伯爵令嬢はものすごい形相でクリスタを睨んでいるし、フラン伯爵様も同じ顔でアーバン子爵様を睨めつけていた。
「アーバン子爵、そなたの娘はこともあろうに、この私に求婚したのだぞ。それを忘れろとは?」
「申し訳ございません。娘はまだまだ世間知らずな未熟者でして」
「お父様っ!」
「クリスタ、黙りなさい」
アーバン子爵様の声は感情を抑制した冷静さを保っていたけど、怒りを押し殺しているようにも聞こえた。さすがのクリスタも肩を震わせながらも、おとなしくしている。今のところは。
アーバン子爵様は、ルドア殿下から視線を逸らさないまま。
「そうしてやってもよいが……のう?」
なにかの答えを引き出したいような口振りだった。
「……」
アーバン子爵様は、なにも答えない。ただ、じっとルドア殿下を見つめて、視線を逸らさない。
ルドア殿下もなにも言わずに、二人はしばらくの間、対峙していた。
周囲は緊張に固唾を飲む。
ふっと、ルドア殿下の顔が歪んだ。
「そうか……。そのつもりか。アーバン子爵、後悔することになるぞ」
アーバン子爵様は、やはり、なにも言わずに深く頭を下げた。
次話は今週中に上げられるかと思います。
遅筆でごめんなさい。m(__)m
なんとか、がんばります。
よろしくお願いします。




