【02】 突然、婚約宣言 2
「ルナ嬢。どうかこれを受け取ってください」
マッチョ王子様は、側近でもある近衛護衛騎士のノア様からこっそりと渡された(見えてるけど)、赤とピンクの大きな薔薇の花束を、にこにことした満面の笑みでわたしに差し出した。
断る……わけにはいかない。
震える手で花束を受け取る。
両手いっぱいの薔薇に顔が埋まった。
花束はずしりと重い。知らなかった。量を加減しないとこんなに重いなんて。
濃厚な薔薇の香りが鼻先をくすぐる。
……いけない。鼻がかゆい。
……くしゃみがでそう。目もかゆくなってきた。
くしゃみとムズムズする鼻を動かさないように必死で我慢した。
すると、目に涙が浮かんでくる。
その間にも会場の金縛り状態は解けたようだった。再び喧騒が戻り始めている。
「あら、ご覧になって。感激してルナ様の目が潤んでいらっしゃるわ」
「さすがです! かっこいいな! セオドア殿下!」
「フィリップス子爵家もうまくやったな」
「微笑ましいお二人ね」
「あらまあ、ああやって並ぶとお似合いですわね」
などと、おおむね肯定的なざわつき具合だ。
婚約破棄宣言で会場の空気を壊しまくっている風潮に辟易していた人々が、あれよりはまだましだと、生温く見守ってくれたということだろう。
だけど……耳に届くそんな声に叫びたい。
違うよ? 違うんだよ? お願いだから……余計なことを言わないでぇ!
ああ、もしかして。
いや、もしかしなくても。わたし、詰んだの?
誰か、教えてほしい。
婚約って、宣言してするものだっけ!?
花束を受け取ったことで婚約を承諾したとみなした会場の人々からは、マッチョ王子様とわたしを祝福する盛大な拍手が上がる。
楽団は慶事の際に使用される曲の演奏をはじめた。
夜会を主催したリンク侯爵様のご厚意で、マッチョ王子様とわたしは用意された貴賓室へと移る。
重かった花束は護衛騎士ノア様に持っていてもらう。
両手が自由になるとすぐにハンカチで涙を拭き、口と鼻を覆った。
なんとかくしゃみは我慢できそうだった。垂れてくる鼻水をささっと拭う。
「そんなに感激していただけるとは……」
目の前のマッチョ王子様は、ソファの上で照れたようにもじもじと上半身をくねらせている。
「……」
違うから。
マッチョ王子様をじとっとした上目で眺めた。
それにしても……本当に大きいな。このマッチョ王子様。
身長はわたしよりも、頭ひとつ分はゆうに越えている。
わたしも背は小さい方じゃないというのに。
腕は棍棒のように太い。
鍛え上げられた逆三角形の見事な体格にくわえて、筋肉で覆われた胸板の厚さときたら。余裕でノア様の倍以上はありそうだ。
……護衛騎士なんて必要ないのでは?
暴漢に襲われたら、逆にノア様を守ってあげられそう。
「あの……セオドア殿下。どうしてこのようなことをなさったのですか? 父上が何回もお断りをしていたはずですが……?」
「迷惑でしたか……?」
マッチョ王子様はしゅんとしょげた。
はい。とっても迷惑です。
そう答えられるのならば、答えたい。
そんなことを言った瞬間に、我が家は木っ端微塵だけど。
「……いいえ。少し驚いただけです」
「そうですか! よかった! ではすぐにでもフィリップス子爵と婚約式の打ち合わせをしましょう!」
マッチョ王子様の後ろに、ぶんぶんと大きく振られる尻尾が見えたような気がした。
「いえ……あの、今夜はもう遅いですので。セオドア殿下のご予定と合わせてのちほど、我が家にご連絡をいただければ……」