【13】 ルナの告解
この凡庸どころかお花畑だった頭で、昨夜も一晩考えていた。
昼間にはノア様から確証も取れた。横に目が泳いだことがなによりの証拠だ。まさに、目は口ほどに物を言う。
なので……。
「お父様、お母様……お話があります」
夕食の席で、そう切り出した。
やはり、お父様とお母様には、きちんと話をするべきだった。
クリスタとのことも、テオ殿下とのことも。
アーバン子爵家の令嬢に対してわたしが取った行動は、お父様の仕事にも影響が出るかもしれない。
テオ殿下からは近いうちに、婚約に関する通達があるかもしれない。
いきなり衝撃の結果を突きつけられるよりも、少しでもショックを緩和させるために、わたしから事前に話しておいた方がいいに違いない。
不出来な娘でごめんなさい。お父様、お母様。
「どうしたんだ? そんなに畏まって」
「なにかへんなものでも食べたの? いつものルナらしくないわよ?」
ううう、緊張する。
手のひらにヘンな汗が滲んでくる。
「あの、実はね……昨日のアーバン子爵邸でのお茶会で、ね……」
お父様とお母様を上目で交互にちらちらと見ながら、温室内であった出来事を、包み隠さずにすべて話した。
「なんと……」
「まあ……」
お父様とお母様のナイフとフォークを持つ手は、しばらく止まっていた。
「ルナ」
お父様に噛み締めるように名前を呼ばれる。
優しい声だ。
「はい……」
「……済んでしまったことは仕方がない。言い返して気持ちは晴れたか?」
下を向いて、黙って首を左右に振った。
クリスタに言いたいことを言って反撃はしたものの、心はそんなには晴れなかった。
いや、そりゃあ、あの場では多少はすっとした。
だけど、だからといって、気分爽快! なんてことにはならなかった。結局は、クリスタと同じことをしてしまっただけのようにも思う。
お父様とお母様は、ちらりと視線を交わして肯き合ったようだった。
「ルナ。『沈黙は金。雄弁は銀』という言葉がある。世の中には黙っておいた方がよいこともある。しかし……今回のことのように、立ち向かわなければならないときもある。ルナとセオドア殿下の名誉を軽んじられて黙っているのは、間抜けなだけだ。おまえはセオドア殿下と自分を守ったのだ。よく……頑張ったな。私からアーバン卿にはうまく謝っておくよ」
お父様……!
顔を上げると、お父様の栗色の瞳が優しくわたしを映していた。
「いいえ。あなた。謝る必要はありません」
いつもはわりと温厚なお母様が、珍しく厳しい声を発した。
かつてないほどの眼力を発揮させて、お父様を横目に見ている。
「いくら……アーバン子爵家の令嬢でも、言ってよいことと悪いことがあります。それなのにその区別もつかず、ルナとセオドア殿下を辱めるなんて……。セオドア殿下の新しい恋人? はっ! いったいなにを言い出すのやら」
お母様は鼻で嘲笑った。
声もいつもより高い。相当怒っているようだ。
えーと……。
わたしのために怒ってくれるのは、とてもありがたい。だけど、たいへんに申し訳ないんだけど……。
ああ……。
もう一つの件が言い出しにくいっ。
「あの、お母様? もう一つ、お話があるの……」
ええいっ! 覚悟を決めなければ。
心の中で自分の頬を張って気合を入れる。
「もう一つ? なんなの?」
一ヵ月ほど前にテオ殿下と湖に遊びに出掛けたときのこと。
そのときにテオ殿下との間で起こった出来事を、こちらもすべて話した。
話を聴いているお父様とお母様の顔色は、見る間に蒼白になっていく。
「おお……。ルナ。なんということだ……」
ナイフとフォークを放り出したお父様は、頭を抱えてしまった。
「……」
お母様にいたっては、指で額を押さえたままうつむき、無言である。
「……だから、テオ殿下はここにも来なくなったし、わたしも第三王子宮には呼ばれてないし……。今日、ノア様に金髪碧眼美人さんのことを訊いたら……本当、みたい、で、その……ごめんなさいっ!!」
テーブルクロスに、額が貼り付くくらいに頭を下げた。
本当に、本当にごめんなさい。
それしか言えないです。
しばらくの沈黙のあとに、お母様が口を開いた。
「ルナ。お話があるからお会いしたいと、ノア様に手紙を書きなさい」
「ノア様にお手紙を?」
ぱっと顔を上げると、お母様は重々しく肯いた。
「セオドア殿下はなぜ、すぐにでも婚約を破棄しないのか、我が家がお咎めを受けないのかを考えてみて。セオドア殿下は、そんなことを知りつつもまだ、ルナのことを好いていたからよ。でも……金髪碧眼の女性とのことが本当なら、今度こそ婚約は……。セオドア殿下から婚約を解消したいと申し出られたら、うちには拒否権はないことは解るわね? ルナ……婚約を破棄ではなく解消なら、セオドア殿下の恩情よ」
抱えていた頭をのろのろと上げて、お父様もため息をついた。
「……そうだ。仮に破棄だとしたら……。爵位を譲って隠居した貴族の後添えにと、望んでもらえればいいほうだ……。それに子爵家の存続自体も……」
やっぱり……。
そういう話になるんだよね……。
今度は三人揃って、深くて、長いため息をついた。




