【12】 紅茶の味
「クリスタ。あなたは本当に……学院時代からなにも変わっていないのね。人は変わるものだけど、変わらないあなたに、ある意味、感心するわ。一本、芯がしっかりと通っているのね。それに今でも、何人ものご令嬢やご令息が、あなたに並々ならぬ想いを抱いているのを、それはもちろん、知っているわよね? 本当に人気者ね。羨ましいわ。……月のない晩には夜会に出席するのを控えている、という噂は本当? そうよねぇ。人気が高いだけに、胸に余りある情熱をぶつけてくる方々がいらしたら、大変だものね。ああ、そうそう。貴族子女の既成の概念にとらわれない、自由奔放な振る舞いは社交界でも注目の的よ。話題を独り占めできてよかったわね。あなたの婚約者様もさぞかし鼻が高いでしょう? あら……わたしったら……ごめんなさい。婚約者、まだいないのよね。でも、大丈夫よ。安心してクリスタ。アーバン子爵家の財力をもってすれば、この大陸中、いえ、世界中を探し回れば、どこかにきっと一人くらいは、あなたに興味を持ってくれる方をみつけることができるかもしれないわ」
口元に笑みを浮かべたまま、クリスタを見据えて、ゆっくりと言葉を吐く。
話し終わり口をつむぐと、その場が水を打ったように、しんと静まり返っていた。だけど、そんなことは気にしない。
喋り過ぎて渇いた喉を潤すために、紅茶を一口いただく。
この紅茶は本当に美味しい。
香りも高く、渋さと香ばしさ、甘味のバランスが丁度いい。
「特別な紅茶」を用意してくれたのは、あながち嘘ではないのかも?
クリスタと取り巻きさんたちは、今聞いたことが信じられないというように、ぽかんと口を開けてしばらく呆然としていた。まさか反撃されるとは思ってもいなかったのだろう。
白磁のティーカップをソーサーに戻す。
ナフキンで口を拭い、席を立った。
もう、この場に居る必要はない。
「クリスタの用事も済んだみたいですし、申し訳ないですが、わたしはこれで失礼しますね」
そこでようやく、はっと我に返ったクリスタが叫んだ。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
その言葉通りに立ち止まり、クリスタを振り返る。
「クリスタ。大声なんて、はしたないわよ? それに、いい機会だから言っておくわ。アーバン子爵家の成功はあなたのお父上の力であって、あなたの力ではないわ。金魚の糞みたいについて回るしか能のない、取り巻きの方々が教えてくれないようだから、教えてあげるけど」
「なっ!?」
ぐるぐる巻きの髪が、わさりと揺れる。
取り巻きさんたちも、お互いに顔を見合わせていた。
「ああ、そうそう。忘れるところだったわ。……あなたの用意してくれた特別な紅茶、とても美味しかったわ。わざわざ、わたしのためにどうもありがとう」
これでもかというくらいに、優雅に微笑むことを忘れない。
元同級生たちにも、にこりと微笑む。
彼女たちの顔色は元にもどっているようだった。
瞳がきらきらと輝いているように見えたのは、気のせいだよね?
後ろでクリスタと取り巻きさんたちが、なにか騒いでいたけど、それを無視して、そのまま温室をあとにした。
▲▽▲▽▲
アーバン子爵邸でのお茶会の翌日。
なに食わぬ顔でフィリップス子爵邸を訪れたノア様の腕を取り、庭の隅まで引きずっていった。
「ルナ様?」
ノア様は、わたしのかつてないほどの謎の勢いに、訳がわからないというように、首を傾げた。
隅の木陰で声をひそめる。
「あの、ノア様はご存じですよね? テオ殿下は最近、金色の髪に青い瞳をした美しい女性と、仲睦まじく過ごされているのですか?」
「……」
ノア様の青い瞳が横に泳ぐ。
あ……。
……本当、だったんだ。
本当にテオ殿下は……。
灰色のくりっとした瞳は今はもう、わたしではない別の女性―――金色の髪に青い瞳の女性を映している。
……。
なんだか、今。胸が、つきんと痛かった。
我ながら……なんて勝手なのだろう。
ノア様にトキメいていたのはわたしなのに。
テオ殿下の心がわたしから離れたら、胸が痛いだなんて。
テオ殿下は、不義理なわたしなどに見切りをつけただけ。
それは、当たり前のこと。
だけどこれでわかった。
クリスタが言っていたように、いずれ婚約は解消されるか、破棄されるはずだ。
もし解消されるのであれば……。
今度は理想の婚約者を探せばいい。
そう。それこそ、ノア様のような。
破棄されるのならば、それは難しいだろう。
どちらにしろ、わたしは公爵夫人教育からは解放される。
自由になれるのだ。
望んでいたことではないか。
だけど……。
なんだか……なんだろう。
「あの、ルナ様、それについては……」
「ノア様、いいのです」
困惑して言い繕うノア様を止めた。
「わたしも、ノア様と同じです。テオ殿下の幸せを願っていますから」
「……ですが」
「これ以上、なにも仰らないでください」
執務室で肖像画を見たときにノア様も言っていた。
「どうか、お幸せになっていただきたい」と。
テオ殿下は、なぜだかはわからないけど、似ても似つかないわたしに亡き母―――ステラ様の面影を重ねていたようだった。
新しい恋人は金色の髪に青い瞳の美しい人。
テオ殿下の理想通りではないか。