【11】 噂
お茶会にはクリスタとその取り巻きさんたち、わたし、数人の元同級生が出席していた。
懐かしい顔ぶれの彼女たちと旧交をあたため合いたかったけど、そんなにのんきに懐かしがっている場合でもない。
彼女たちも同じことを考えている様子が、どことなく、そわそわとした態度からも見て取れた。
腐っても鯛、じゃないけど、そこはやっぱりアーバン子爵家のお茶会だった。
隣国から取り寄せられた珍しい果物や、可愛らしく、見栄えも素晴らしいスイーツ(とっても甘そう)、焼菓子などが大きな円いテーブルの上に所狭しと並んでいる。
淹れられた紅茶のフルーティーな香りが、鼻をくすぐる。紅みを帯びた美しい琥珀色は、白磁のカップに映えていた。
お茶会は最初のうちこそ、和やかに会話が弾んでいるようにみえた。
まあ。あくまでも、そうみえただけ。だけど。
だって、わたしと元同級生たちは細心の注意を払って、当たり障りのない会話に、全神経を集中させているんだから。
ああ、疲れる……。
思い出されるのは、テオ殿下とのお茶の時間。
……楽しかったな。
わたしを退屈させないように気遣ってくれていた。
巧みな話術で面白おかしい話を聞かせてくれた。
……今さら、だよね。
流れが変わったのは、クリスタの取り巻きさんの一人が例の夜会――わたしがテオ殿下に婚約宣言をされた夜会――の話題を持ち出したときからだった。
「学院ではあんなにもおしとやかなルナが、セオドア殿下に見初められるなんて……。一体どこでお知り合いになったのかしら?」
(あなたみたいな地味娘が、どうやってセオドア殿下に取り入ったのよ?)
「本当に、まるで絵物語のようなお話ですわね」
(まだ信じられないんだけど)
「現実にこんなことが起こるなんて」
(魔法かなんかでたぶらかしたんじゃないの?)
取り巻きさんたちの言葉を訳すと、こういうことになる。
ちなみに魔法などというものは、絵物語の中にしか存在しない。
元同級生たちの顔色が、さあっと青色に変わっていく。
なるほど……。
クリスタがわたしをお茶会に招待した理由がわかった。
同じ子爵家の娘が、テオ殿下と婚約したことが悔しいのだ。
クリスタはなにを置いてでも、自分が一番じゃないと気が済まない節がある。
……はぁ。
こちらの事情も知らずに……。
心の中で大きなため息をつく。
「あら、でも……」
取り巻きさんの一人が意地悪く微笑んだ。
「この間、セオドア殿下が金色の髪をした青い瞳の美しい女性と一緒に、宮殿の奥まった庭園で仲睦まじく過ごしているのをみかけたと、兄が話しておりましたわ」
……?
取り巻きさんはそう言ってから、あら、どうしましょう? 余計なことを……なんていう表情をした。
「庭園の奥でだなんて……」
「ただならぬ様子だった、ということですわね」
「あら、それってセオドア殿下の新しい恋人ということですか?」
……。
別の取り巻きさんたちが、ちらりとわたしの栗色の髪と栗色の瞳を確認する。
金色の髪と青い瞳……。
肖像画に描かれた、金色の髪と青い瞳をもつ、高襟の白いドレスを纏ったステラ様が思い浮かんだ。
「まあ……ルナ。ごめんなさいね。こんなお話をあなたに聞かせるなんて……。そんなつもりじゃなかったの。だけど……知っておいた方が心の準備ができると思うわ。皆、ルナのことが心配なのよ」
(あなたが婚約破棄されるのは時間の問題よ。わざわざ教えてあげたんだから、ありがたく思いなさいね)
クリスタがいかにも「あなたのためにしたことなのよ」と、憂いの表情をみせながらハンカチを口元に充てた。
うん。断言してもいい。
あのハンカチは嘲笑を隠すためのものだ。
最初からこのお茶会は、この話を聞かせるために準備されたものなのだろう。
わたしを心配する振りをして、笑いものにするために。
元同級生たちの顔色は青色を通り越して、もはや真っ白になっていた。
ああ、もう。ホントにかわいそうに。
こんな場所に居合わせたばかりに。
彼女たちにも、充分に解っている。
クリスタは仲も良くない元同級生を、親切心で心配するような、そんな殊勝な性格をしてはいないということを。
……クリスタとその一味。
なんて暇な人たちなのだろう。
わたしは極力、人前ではおとなしくしていた。
実際に本当におとなしい性格かといえば……そうではない。と思う。
それに今は自業自得とはいえ……最悪な気分だ。
しかもさっきから目はかゆいし、鼻もムズムズとしている。
もっと言えば、虫の居所も最高潮に悪い。
ブチンと、わたしの頭の中で、なにかが切れる音がした。
クリスタ。
あなたはおとなしいわたしがなにも言えずに、泣くところを見たいのでしょう?
お生憎様。
そんなの××喰らえだわ(自主規制)。
クリスタと取り巻きさんたちを順番に、ゆっくりと眺めていく。
それから、優雅に微笑んでみせた。
これまで耐えに耐えてきた、公爵夫人教育の賜物を、今こそ見せるときだ。
すうっと深く息を吸う。
そして――口を開いた。




