【10】 その令嬢、クリスタ
「ルナ。あの……その、な。アーバン子爵令嬢のお茶会に出席して……くれないか?」
朝食の席でお父様は、言いにくそうに切り出した。
げげげ……。
アーバン子爵家。そこの令嬢クリスタ。
その名前を聞くと、思わず眉根が寄ってしまう。
よりによって、クリスタのお茶会……。
只でさえテオ殿下と会うことができなくて、ちくちくモヤモヤとした気持ちを抱えているというのに。また、面倒な……。
「ルナ。顔に出ているわよ」
お母様は白いナフキンで口元を隠して嗜めた。
「……どうしても、行かなきゃダメなの?」
お父様を上目で見る。
「申し訳ないが……今、アーバン子爵家から仕事を請けていてな。クリスタ嬢からルナに招待状も届いている」
お父様は本当に申し訳なさそうに、眉を下げて肯いた。
クリスタ・アーバン子爵令嬢。
ぐるぐると巻いた淡い金色の髪にヘーゼル色の瞳。自信に満ち溢れた眼差しと、勝気な性格の王立学院時代の同級生。
アーバン家はうちと同じ子爵家ながら、クリスタの態度は学院の中でもかなり大きかった。
クリスタのお父上のアーバン子爵は、他国との貿易事業で巨額の利を収めた、サリファ王国きっての実業家であり、資産家だ。
その成功によって、もしかすると伯爵、もしくは侯爵の爵位を賜るかもしれない。
そんな噂も流れていた。
伯候公爵家とはいえども、領地の経営不振や投資のために、資金繰りに厳しい家門も少なくはない。もちろん男子爵家など言わずもがなだ。
アーバン子爵家はそういった家門に融資を行っていた。学院内でもアーバン子爵家からの融資を受けている家門は多かった。
王立学院は「階級を問わないで学び、高め合う」という教育方針で運営されている。
まあ、そうはいっても、それはそれ。これはこれ。
そこにはある程度の『暗黙の了解』のようなものがある。
学院を卒業して社交界に出たなら、序列は絶対だからだ。
だけど。
クリスタは勝気な性格と、そういった事情によって、わりとやりたい放題の学院生活を送っていた。
クリスタに泣かされた、男子伯候爵家のご令嬢やご令息は少なくはない。さすがに公爵家の方々には、少し、遠慮してたみたいだけど。
わたしも目立たず、騒がずで、なるべくクリスタには目を付けられないように、近寄らないようにして学院時代を過ごしていた。そう、とっても地味に。
学院を卒業してからは、やっと縁が切れたと、せいせいとしていたのに。
どうして今さら、仲が良くもないわたしをお茶会に招待したのだろう。
テオ殿下のこともあるのに、気が重い……。はぁ。
「すまないな。ルナ」
フィリップス子爵家はアーバン子爵家の仕事を請けている以上、お父様が断れない事情もよくわかる。
「いいよ。わかった。行ってくるね」
お茶会は三日後だった。
▲▽▲▽▲
アーバン子爵家のお茶会当日は、空一面をどんよりとした灰色の雲が覆っていた。
十二月の空気は冷たくて、今にも灰色の空からは、白い雪が舞い落ちてきそうだ。
まるで、テオ殿下に避けられている、この一ヵ月ほどのわたしの心模様のようだった。
馬車を降りると、アーバン子爵邸のメイドに案内されて会場の温室に通される。
クリスタが学院時代に自慢していた、アーバン子爵邸の一面ガラス張りの温室の中は春のように暖かかった。
さすがに自慢するだけはある。十二月だというのに色とりどりの花が咲き誇っている。
さまざまな色や形も美しく、かわいらしい花たちの甘くて青い香が漂っていた。
やばい。花粉……。
大丈夫かな?
とりあえず、ハンカチで口と鼻を覆っておこう。
「あら、ルナ。お久しぶりね。招待を受けてくれて嬉しいわ」
ぐるぐる巻きの淡い金髪を、わさっとなびかせながら、取り巻きさんたちを連れたクリスタが出迎えてくれた。
学院卒業以来だけど、ぐるぐる巻きも、取り巻きさんたちの顔ぶれも変わってはいない。
「お久しぶりね。クリスタ。今日はご招待いただいて光栄だわ」
「こちらこそ、次期公爵夫人に出席していただけるなんて……。ねぇ、皆さま」
取り巻きさんたちが肯く。
くすっと微笑んだ口元に含みを感じた。
ううん?
なにか……イヤな予感がする。
「今日はルナのために特別な紅茶を用意してあるのよ。こちらへどうぞ」
クリスタはにこりと満面の笑みを浮かべた。




