天竜と天龍
二頭の圧倒的な強者がいた。
生きとし生きる生物は皆、彼らを見ると動けなくなる。
生命の危機に陥った者は。真に恐怖を味わってしまった者は。
その場から離脱する思考さえ奪われる。
二頭が息を吹けば、山や海が荒れる。
吠えれば強烈な日差しと豪雨に見舞われ。
空を舞えば惑星上から数百種類以上もの生物が消えた。
それほどまでの存在が。
互いに真っ向からにらみ合っていた。
殺意をぶつけていた。
ただの喧嘩ではない。
戦争だ。
「「……」」
天竜が羽ばたく空は、灼熱に染まっていた。
真っ赤に煮えたぎる皮膚の極度の熱によって。
羽ばたくだけで、すべて焼き尽くす高温の熱風が押し寄せる。
星の西は、彼が治める領域。
常に太陽の熱にもさらされ、緑が生い茂っていた大地は砂漠と変わっていた。
一方、天龍が羽ばたく空は、真っ暗な激流に染まっていた。
海をも超える水を貯えられる皮膚によって。
羽ばたくだけで、すべてを流して吹き飛ばす豪雨が押し寄せるのだ。
星の東は、彼が治める領地。
常に暗い雨と雷、そして暴風にさらされ、緑も大地も川も山もすべて海と変わる。
「その水、いつも煩わしいですね」
「その熱、いつも煩わしいな」
彼らの争う理由は単純だ。
自分の望む領土の在り方を損なわれている。
「もう殺してしまいましょう」
「もう殺してしまえ」
星の反対側に住み、一切関わろうとしない彼らであったが。
どちらかが移動する、もしくは活発化するだけで。
その均衡は簡単に崩れた。
住み心地の良い土地が荒れる。
家が壊される。
百年を生きたには、もう我慢の限界だったのだ。
――同時だった。
互いに東西へ赴き、相対している。
その余波で、星は壊滅的だ。
「死になさい」
「死にさらせ」
天竜と天龍が吠えると。
天と地、そして海が割れた。
文字通り、割れた。
両頭はその巨大な咢を開け、エネルギーを圧縮させる。
火と水。
対照的な性質を持つ力が、その一点に集まった。
エネルギーが凝縮するたびに、星が不活性化していく。
彼らの持つ力が強すぎるがために、星が耐えられないのだ。
すべてが燃えて、すべてが沈んでいく。
そして収束したエネルギーの塊が両頭の口腔から放たれた。
一直線に向かっていく破壊の奔流に、天も大地も海も抉られて道ができる。
そして激突。
大爆発が起こり、そこを起点に巨大なクレーターが掘り起こされた。
超巨大のエネルギー衝突により、星の崩壊がますます加速していく。
――拮抗状態。
両頭ますます力の出力を上げて相手を滅ぼそうとするも、その影響で空間が軋みだした。
続けば、激突する保存されたエネルギーが限界を迎え。
ついにはこの銀河系を一瞬にして吹き飛ばす。
「早く終わりなさい」
「さっさと消えろ」
互いにそれは理解していた。
長引けば何もかも失う。
だからこそ、余計に力が入る。
故にこそ。
それは突然訪れた。
――――
一瞬だった。
――――
目の前が真っ白に染まり、すべてが無に帰った。
――――
両頭が何かを口にする時間もなく、何もかもが消えた。
――――
あっけなく、あっさりと。
――――
『――――――おまえたちは阿呆だな』
そして突然聞こえた、老若男女どの世代にも当てはまらない不思議な声。
『なぜこうも同じことを繰り返す』
声の主は頭を抱える。
『また初めから始めないといけないのか』
無機質な空間。
真っ白な場所でただ二つ形のある、豪華絢爛な玉座と宙に浮かぶコントロールパネル。
声の主はそのパネルを操作して、破壊された【世界】の修復作業に取り掛かった。
『まあよい、また作り直せばいいだけだ』
何度も繰り返される歴史。
記憶をもって生まれ直した天竜と天龍であっても。
ましてや、それを作り直すこと百回目を記念する作業であったとしても。
何度でも歴史は繰り返される。