【84】※ La victoria justifica los medios(勝てば官軍負ければ賊軍) ※
1週間後、全快した私は、またも伯父に書き置きを残し、家を出た。
『勝手をして申し訳ありません。暫く旅に出ます。』
向かう先は、ソノラ州。
ミンブレス・アパッチ族は滅びた。だが、まだゴヤスレイは生きている。
彼がいつまでもそこに留まるとは思えなかったし、今更取り戻しても何の意味もないのかもしれないが、自分の気持ちとして、出来れば地図を取り戻し燃やしてしまいたかった。
「エル・ニーニョ……。」
馬車に揺られながら、私は少し微睡んでいた。
沢山の菓子を前に、満面の笑みを浮かべ喜んでいる少年の姿。
しかし一転、銃で撃たれ、剣で刺し貫かれ、苦しみもがいている少年の姿。
「!!」
目が覚めた。身体中から冷や汗が吹き出している。
……苦しかっただろう。怖かっただろう。ごめんな。……
滲む涙で霞んだ視界に、遠くソノラ州の街並みが映った。
「ソノラ州知事に会わせて頂けませんか?」
「知事はお忙しい。アポイントもなしに面会は出来ない。」
「では、地図を返して頂きたい。」
「地図だと?…返す訳がないだろう。」
「もう、必要はないでしょう!
ミンブレス・アパッチは、貴方がたが卑怯な手段で滅ぼしたのだから!」
つい、語気が強くなった。
行政官は、私の顔を睨みつけた。
「何を揉めているのだ?」
知事公邸の門前で、言い争いをしている私の背後からかかった声に、行政官は敬礼をした。
「カラスコ将軍、お疲れ様です!」
……カラスコ…カラスコだとっ!?……
顔が強張り、息が荒くなった。
「この者が、地図を返せとしつこく言い募るものですから。」
「地図?」
私は息を整え、ゆっくりと振り向いた。
「あ、貴方がカラスコ将軍ですか……。」
「そうだが、お前は誰だ?」
逞しい体躯、自信に満ちた表情…だが、顎を上げ、見下すような不遜な態度だ。
「その者は、例の地図を作った者です。」
「あぁ、役に立たなかったアレか。」
「……そうですね。貴方はチワワ州の『和平協定』に乗じて、騙し討ちをするような卑怯者ですから、地図もお役には立てなかったでしょう。」
「貴様!無礼にも程がある!」
行政官が言った。
カラスコは何も言わなかったが、明らかに怒気を含んだ眼差しで私を睨みつけている。
私は少しも怯まなかった。
「違いますか?私は事実を申し上げただけですが。」
「お前…覚悟は出来ているのだろうな。」
「どうぞ、お気に召さないのであれば、どのようにして頂いても構いません。
ですが、それだけ立腹されるという事は、ご自分でも卑怯な騙し討ちをした事を認めておられるのですね。」
「貴様!」
剣を抜くつもりか、腰に手を当てたカラスコに、行政官が慌てて言った。
「将軍!この者はチワワ州の行政官の甥です。
それに、ここでの流血沙汰は……色々と支障がありますので、どうか怒りを収めて頂けませんか?」
「ふん!仕方あるまい。」
頭に上った血が少しは下がったようだ。
「申し訳ありません。この者は私が追い返しますので、どうぞ公邸へ。」
「いや、この者と少し話をする。」
「ですが……。」
「お前は黙っていろ。面倒は起こさん。」
「光栄ですね。カラスコ将軍が、私ごとき一介の学者と話をして下さるとは。」
「お前もメキシコ人だろう。何故アパッチ掃討に苦言を呈す。」
「私はアパッチと共存する事を望んでいたからです。
ミンブレス・アパッチ族は地図を作る過程で協力をしてくれました。」
「自分達を滅ぼす物を作る者に協力するとは、つくづく間抜けな一族だな。」
「そうですね。ソノラ州知事の思惑も知らず、作図の依頼を受けた私もつくづく間抜けでした。
ですが、卑怯者の貴方にそんな事を言われる筋合いはない!
貴方は、チワワ州知事の顔に泥を塗った。」
「泥を塗った?おかしな事を言う。アパッチ掃討は政府の意向だ。
それに背くチワワ州知事の行いこそが、メキシコ政府の威信を貶めるものだろう。」
「卑怯なやり口で、女、子供迄殺す行為は、非人道的だとは思わないのですか!?」
「皆殺しにはしなかったさ。抵抗しない女は鎖で繋いで、売った。」
「!!」
「子供は、一度繋いだが、1人ずつ放して逃げ惑うのを、銃の的にして撃った。
アメリカではそうしているそうだ。」
「あんたはっ!人間の心を持っていないのかっ!!」
思わず掴みかかろうとする私の手を掴んで、カラスコは言った。
「彼奴等は、害獣と同じだ。駆除するのに、人間の心も何もないだろう?」
「ふざけるなっ!!彼らは獣ではない!同じ人間だ!」
私は掴まれた手を振り払い、カラスコの顔に唾を吐きかけた。
「いい度胸だな。他に言いたい事はあるか?」
「先住民族から土地を奪い、命まで奪う。そんな事が許されてたまるか!」
「……貴様の顔は、スペイン人の血を受けているようだな。」
カラスコは薄笑いを浮かべながら、私の顔を見ながら言った。
「それがどうしたと言うんだ!?」
「俺達の祖先が築いたマヤ文明やアステカ文明は、スペイン人によって滅ぼされた。
それは、弱い者達が強い者達に蹂躙された歴史だ。
いつの時代も、La victoria justifica los medios…勝利は手段を正当化する、そういう事だ。
お前の祖先がやった事と、我々がした事の何が違う?
スペイン人の血を受け継ぐ貴様が、偉そうな事を言うな!」
「……貴方はマヤの民なのですね?」
「そうだが、それがどうした。」
「自然や神への感謝を忘れた、アパッチの兄弟……自分の安寧の為に、兄弟までも生贄にする、確かにマヤの民らしいやり方だ。」
「兄弟?…ふざけた事を吐かすな。アパッチは蛮族に過ぎない。」
「貴方の祖先も元は蛮族でしょう?
スペインに、力で蹂躙されたマヤの民の子孫なのに……それでも、強者は弱者を蹂躙して当然だと?」
「そうだ。勝者は常に正当化される。歴史とは勝者が作るものだ。」
「確かに私はスペイン人の血を受け継いでいる。
だが、勝者が常に正当化されるとは思わない。
私の祖先同様、貴方もいずれ悪として歴史に刻まれる。」
「俺が悪役として歴史に残ろうが、関係はない。
今は俺が正義だ。
そもそもお前がいるメキシコは、そうやって出来た国だ。
これからも強者が力に任せ、弱者を蹂躙する。そんな事は世界中で、いくらでも起こるぞ。
人類の歴史がそれを証明している。」
「…………。」
「漸く小賢しい口を閉じたか、この偽善者め!」
カラスコは勝ち誇ったような顔で、そう言い放ち踵を返した。
悔しい。だが、私はこれ以上何も言えなかった。
……『偽善者め!』…なんだろう?前にも言われたような気がする……
そう思いながら、公邸へ入るカラスコの背中をただ睨みつけた。
「将軍への無礼は、上に報告しておく。お前の伯父にも何かしらの通達が行くだろう。」
行政官はそう言うと、公邸に入っていった。
私のした事は、カラスコに喧嘩を売っただけだ。その挙げ句、言い負かされ、何も言えなかった。
……とりあえず、伯父上に謝らなければならない。
国境破りは幸運にも、政府には知られていないが、今回私のした事で、何らかの迷惑はかける。……
私はとぼとぼと、来た道を引き返し、チワワ州に向かう馬車に乗り込んだ。
馬車には、私以外誰も乗客はいなかった。
……結局、私憤でしかないのか。だが、やはりカラスコ達のした事は、人の道に悖る。……
……?……
また誰かから見られている感覚を覚えた。
……カラスコの手の者か?……
馬車の幌の隙間から外を覗いたが、誰かの追跡を受けている様子はない。
……そんな事はする必要もないな。
こんな地位も名誉もない私1人が騒ぎたてた所で、カラスコは痛くも痒くもないだろう。……
そう思った時、ふと思いついた。
……私1人…ではない。この事実を知れば、ソノラ州のやり方を批判する者もいるだろう。
カラスコ将軍がした事を広く国内に知らしめる事は、私にも出来るのではないか?……
「そうだ。この出来事を世の中に知らせる為に、本を書こう。」
イギリスの図書館で読んだ、リットンの戯曲『枢機卿リシュリュー』の名言を思い出した。
「……だが、あの言葉の意味は……。」
独り言を呟き、私は思い直した。
【あとがき雑学】
『一介の 』(いっかいの)
意味:
・取るに足りない一人
・わずかな者
「介」という漢字には、「ひとり、一つ」の意味もあります。
また「介」に「芥(ちり、あくた)」の意味のニュアンスがあることから、他者には用いません。
謙遜しつつ、自分の紹介に用いる言葉です。
『蹂躙する』
意味:
・「踏みにじる」足で踏みつけ、踏みつけて傷つけること。
・「踏みつける」相手の権利や地位などを無視して、踏みつけるような行動を取ること。
・「侵害する」相手の権利や自由などを侵害すること。
・「蔑ろにする」他者の権利や地位を軽視したり、無視したりすること。
・「損なう」相手の権利や地位、または社会の秩序などを害すること。




