【82】※ regreso(帰国) ※
その後、暫くして私は一時帰国した。
とりあえず、ソノラ州に向かった。
帰国の都度、作図が出来た所迄渡す約束だったので、地図を州知事に届けに行った。
「ご苦労だった。州知事は不在だが、私からよろしく伝えておこう。
国境を越える許可証は返却してもらう。」
ソノラの行政官は、渡した地図を一瞥すると、私の顔を見る事もなく、そう言った。
「ですが、まだ地図はほんの一部しか完成していません。
また装備を整え、現地に向かうつもりなのですが。」
「とりあえず、一度帰国したからには、返却が必要だ。」
行政官は、チラッと私の顔を見てそう言った。
「……わかりました。」
荷物から許可証を出し、行政官に渡した。
「また依頼する時が来たら、新たに許可証を発行する。」
「……はい。」
行政官の態度に不快感を覚えたが、私は素直にその場から立ち去った。
それから、仕事を紹介してくれた伯父に会う為、チワワ州に向かった。
伯父はチワワ州の行政官をしている。
馬車に揺られながら、これからの事を考えていた。
……地図はまだまだ未完成だ。ソノラの行政官の態度は不快だったが、またすぐに依頼も来るだろう。
そうしたら街で沢山土産を買って、またエル・ニーニョ達に会いに行こう。……
ふと、誰かの視線を感じた。不審に思って馬車の乗客数名を見回したが、誰も私を見ている者はいなかった。
「伯父上、戻りました。」
「ミゲル、よく戻った。
まず、私はお前に謝らねばなるまい。」
「どうしてですか?」
「ソノラ州知事が、正確な地図を作れる者を探していたので、お前を紹介したのだが、まさか、アパッチの領地にお前を派遣するとは、思わなかった。
どんな意図で人を探しているのか確かめもせず、軽々に紹介状を書いた事を後悔している。
とにかく無事で、よかった。」
「いえ、危険な事は何もありませんでしたし、感謝しています。
現地のミンブレス・アパッチ族の協力もあり、ミンブレス周辺の地図制作はほぼ完成し、ソノラ州の行政官に渡してきました。その際、許可証も取り上げられてしまいましたが……なんだか感じの悪い行政官でした。」
「アパッチの協力だと!?
俄には信じられんが……。」
「はい。ミンブレス・アパッチは噂とは違い、友好的な民族です。」
「……お前は長らくメキシコを離れていたし、今は一般にはあまり知られていないから、知らないだろうが……メキシコ政府は、1837年から、アパッチ族の頭の皮一枚に対し、100ペソ〜25ペソの賞金を懸けていた。」
「!!……それは、彼らを殺し、頭の皮を剥げ……という政府の意向なのですか!?」
「……残念ながら、そうだ。だが、昨今懸賞金が払われたという話は聞いていないが。」
「そんな……彼らは確かに略奪を生業としていますが、人殺しはしていない!」
「アパッチ族の略奪は、メキシコ国民の脅威だ。
実際、人命の被害も出ている。
犯人の裁きは必要だが、彼らはゲリラ戦が得意だ。
結局犯人も拠点も、何族の仕業なのかも特定出来なかった。」
「…………。」
「男で100ペソ、女なら50ペソ、子供なら25ペソの賞金だそうだ。」
「!!……子供迄殺すと!?
子供に懸賞金をかける必要などないでしょう!?」
「いずれ子供も大人になる。」
「……そんな!!」
「ソノラ州知事は私に敢えて、お前の行き先を教えなかった。
何故だと思う?」
「……何故でしょう?」
「懸賞金がかけられたのは、もう21年も前の話だ。その当時は殺され皮を剥がれた者もいた。その事実は、アパッチ族も知っている筈だ。だから彼らはメキシコ人に少なからず敵意を抱いている。
派遣される先が、アパッチの領地だと聞かされたら、当然私は紹介などしなかった。
甥を危険な場所に行かせる訳がない。
だが、ソノラ州知事は、漸く見つかった人材を失いたくはなかった。
だからお前にも口止めをしただろう?」
「はい。政府からの指示で、行き先は誰にも言うなと。」
「お前が旅立った後、ソノラ州の行政官が口を滑らせた。私は州知事に抗議したが、間に合わなかった。それ以来、私はソノラ州知事を信頼していない。
だからかもしれないが、何か良からぬ事を企んでいるように思えてしまうのだ。」
「……良からぬ事…ですか?」
「私は、彼らの掃討には反対だからな。
おそらく……お前の作った地図は、アパッチ族殲滅に役立つ。」
「!!」
……アパッチ族の助けを得て作り上げた地図が、彼らの命を奪う目的に使われる。……
「私は!すぐに戻ります!」
「戻ってどうする?」
「彼らに避難を呼びかけます!」
「もし、私が危惧している通りなら、ソノラ州知事から許可証は貰えないだろう。
ミンブレス・アパッチ族の集落付近の情報は手に入れたのだからな。
まずはミンブレスから潰す気だろう。」
「許可など!……なくても行きます!」
「国境破りは罪に問われるぞ。
だが、良い情報もある。」
「良い情報?」
「チワワ州では、アパッチとの共存を目指し、略奪をやめさせる為に、年に4回、物資の供給を始める。」
「物資の供給…ですか?」
「彼らは我々メキシコやアメリカが、自分達の神聖な土地を奪い、生活の糧を奪ったと思っている。
だから、奪われた物は奪い返す……略奪を当然の事と思っているのだろう。
そんな彼らに償う形として供給をする為、チワワ州知事は準備を進めておられる。」
「……そうですか。」
……だが、ソノラ州知事の意図がわからない。
もし、物資供給の前に彼らに何かあったら……
「長旅で疲れているだろう。暫くゆっくり休め。」
「伯父上、なんとか国境を越える許可は貰えないでしょうか?」
「何の為に?」
「私の作った地図で、彼らの命が奪われる可能性があるならば、私はやはり彼らに警告をする義務があります。
それに、少年と約束したのです。次に来る時には、沢山のお菓子をプレゼントすると。」
「そうか。ではチワワ州知事から政府に働きかけてもらおう。
お前は、少年との約束を果たす為に、国境破りも厭わないようだからな。」
「お願いします。」
私は深く頭を下げた。
あれから2週間近く、伯父の家に滞在し、許可が下りるのを待っている。
アパッチへの物資供給は近日中らしく、伯父はその準備に追われているようだ。
多忙な伯父に「まだですか?」と訴えかけるのも憚られた。
だが、一日千秋の思いだ。
彼らの事を考えると、夜もなかなか寝付けない。
少しウトウトしても、嫌な夢ばかり見る。
『そうなの?夢って楽しい物だよね?』
「エル・ニーニョ!!」
私は飛び起きた。
一瞬の夢に現れた少年の姿…いつもと変わらず微笑んでいた。
……もう待てない。……
私は、無許可で国境を越える事を決意した。
街で菓子や食糧、アパッチ族の好物であるトウモロコシの粉や蒸留酒メスカルを大量に買い込み、旅支度を整えた。
私が罪を犯せば、伯父にも迷惑がかかるだろう。
だが、これ以上はもう待てない。
『申し訳ありません。ご迷惑をかけますが、もう待てません。』
伯父に短い文章の手紙を残し、夜遅く、伯父の家を後にした。
【あとがき雑学】
憚られる (はばかられる)
意味:何かをすることにためらいや遠慮を感じる状態を表す言葉。
特に、他人に迷惑をかける可能性や、不適切だと思われる可能性を考慮して行動を控える際に用いられる表現。
一日千秋 (いちじつせんしゅう)
意味:1日が非常に長く感じられること。待ちこがれる気持ちが著しく強いこと。
「いちにちせんしゅう」とも読みます。




