【79】※ Purification room(浄化室)part② ※
俺はベルトコンベアーから降りもせず、その場に立ちすくんでいた。
……あの男性は間違いなくアンリだ。
意識を失って落ちた世界で、俺は確かに男性の言うように行動していた。
だが、おそらく俺の姿は、その世界ではフランス人のそれだっただろう。何故俺だと判別出来たのだろう?
それに、アンリはR‐9793519312 ……Reincarnation(転生)つまり死んで異世界コンツェルンに来た魂の筈だ。
だとしたら、アンリから分離した魂の欠片、あるいは別次元のアンリなのだろうか?……
そんな事を考えながらも、耳から離れない『偽善者めっ!』という言葉…。
……確かに…俺はいつだって、そうなのかもしれない……
「ユーキさん、大丈夫ですか?」
声をかけられ、我にかえった。
「あっ、すみません。大丈夫です。」
「やはり、知己の方でしたか?」
「はい……いえ、多分違うと思います。」
「アンリだろう。」
いつの間にか、ニモも帰っていた。
「……そうだな。だが、俺達の知るアンリではないだろう。」
「……どうだかな……。」
「そうですね……異世界コンツェルンでは稀にある事です。
違う次元から来た同じ人物が同時期に社員として働いていた事もある。あるいは本人から別れた魂の欠片が他世界で他人に憑依し成長し、浄化された事もあります。
同じ人物ではあるが、もう別人格ですね。」
「ユーキ、お前はあの男を知っていたのか?」
「……いや、知らない……。」
意識を失い、落ちた世界にいたであろう今の老人=アンリを俺は知っている。
だが、全くの別人となって別世界で生きていた事実は、今迄黙っていた事だ。言っても、信じてもらえないだろうし、誤解や混乱を招きかねない。
気が引けるが、俺は嘘をついた。
「……そうか?だが、アイツはお前を知っていたようだが。」
そう言ったニモは、険しい表情をしていた。
「先程の男性は、時代の違う世界の西洋人だと思われます。
ユーキさんとの接点はないと思いますが。」
「………。」
ニモは何も言わず、俺を睨んでいる。
「こ、この件については終わりにしましょうか。研修を続けましょう。」
さすが、日本人と言うべきか……俺とニモの間の微妙な空気を読んで、ウエダはそう言った。
「了解しました。」
「………。」
「では、次はニモさん、案内係をお願いします。」
「……俺はお前達のようには出来ない。先程と同じように、力尽くで扉に押し込むが、それでも構わないのか?」
「なるべく穏便にお願いします。」
ウエダは苦笑いを浮かべて言った。
「……努力はしてみる。」
そう言うと、ニモはベルトコンベアーに上がり、右側の暗闇に消えた。
暫くして声がした。
「鎖を外す。」
「お気をつけて。」
ウエダが応えたが、返事はない。
無言のまま、ニモと女性が薄暗闇の中から現れた。
女性は無言で下を向いたまま、ニモの後ろにいる。
「こっちへ来い。」
女性は腕を掴んだニモの手を振り払い、言った。
「触らないで下さいませ!自分で歩けますわ!」
そしてニモより先に中央のセンサーの下迄歩いてきた。
確認の為、視線を端末に落とした俺は……固まった。
「!!」
……あり得ない!!……
「…ユーキさん?…情報を読み上げて下さい。」
「……あり得ません!チームWIS713209は、全員消滅したのではないのですか!?」
「何を仰られているのですか?」
ウエダはそう言うと、端末を覗き込んだ。
「……あぁ、第3営業部案件ですね。大丈夫です。私が代わりましょう。」
「そういう事じゃありません!!
彼女は、チームごと消滅した筈のWIS713209のメンバーです!」
.『Reincarnation-7290854002‐2
name アイラ
reason:『第3営業部』要請
※w-21 ※reborn in another world』
顔を上げ、センサーの下の女性の顔を見た。
……!!……どういう事だ!?……
あのアイラではない。白人…しかも見覚えがある。
……クレール・ド・リュンヌ……
彼女と目が合った。
「!!ユーゴ様!!」
彼女は感極まった様子で、ベルトコンベアーを降りようとしている。
「待て!!」
ニモが彼女の腕を掴み、無理矢理引き戻す。
「無礼者!離しなさいっ!!わたくしを誰だと思っているの!!」
「知らん!だが、お前の行き先はそっちじゃない。」
「離して!ユーゴ様、助けて下さいまし!」
「ニモさん!『遷』の扉へ!」
ウエダが慌てた様子で、ニモに指示を出した。
「ユーゴ様!漸くまたお会い出来たのに……離して!…ユーゴ様!ユーゴ様!………」
悲鳴に近い彼女の声が遠ざかって行く。
俺は頭を抱え、その場に蹲った。
……どういう事だ?アイラがクレール?……
落ちた世界はおそらく小説の世界だった。そして、やはり姿は全く違った筈なのに、何故俺がユーゴだとわかる?
……何がどうなっているのか、全くわからない。……
ふと、以前拉致された時に聞いた話を思い出した。
『お前の代わりは用意している。識別コードもお前の物をコピーしてある。』
ロビンがアイラにそう言っていた。
……では、クレールはアイラの識別コードがコピーされた魂なのか?……
「おい!」
ニモの声が頭上からした。
俺はフラつきながら立ち上がった。
「……なんだ?……」
声に力が入らない。
「あの女を知らない……とは言うまいな。ユーゴとはお前の事か?」
「……多分、そうだろう。……そんな感じだった。」
「まだ白を切る気か!?」
「……あの女性は多分、アイラだ。だが、俺の知るアイラは、黒髪で肌の色も違った。」
「どういう事だ?」
「以前、俺がチームWIS713209に拉致された事があっただろう?
その時に聞いたんだ。
アイラが俺を連れて非合法転移をしても、アイラの識別コードをコピーした別の魂を用意してある、と。」
「そんな、馬鹿な!」
それまで俺とニモのやり取りを、オロオロしながら見守っていたウエダが声を上げた。
「そんな事、ある訳がない。」
「いえ、確かに聞いたんです。
『あのお方』とやらに頼めば、非合法転移も出来るとも言っていました。」
「……まさか……。」
「あの事件の事はご存知ですよね?」
「はい、勿論です。チームWIS713209の10人を『還』へ送ったのは私ですから。」
「……でも、事件の全容は正社員にも知らされていないという事ですか…。」
「……そういう事になりますね…。」
「今迄、同じ識別番号の魂が複数、浄化室に来た事はなかったですか?」
「ありません……いえ、なかったと思います。はっきりお答え出来ず、申し訳ありませんが……。」
「いえ、多数送られてくる魂の識別コードを全て覚える事は不可能でしょう。
ですが、端末に記録等は残っていないのでしょうか?」
「そういった事例は、最初から想定していなかったので、記録機能はなかったと思います。」
「……そうですか。」
「……先程お話ししました通り、来る次元が違えば、同時期に同人物が会社で働いている事もあります。ですが、識別コードは固有の番号ですので、同一という事はありません。」
「………。」
「誰一人、同じ識別コードの者はいないという事か。」
「その通りだった…筈なのですが…。」
「まぁ、 それはもういい。研修を続けてくれ。
ユーキ、お前はいちいち魂の戯れ言に反応するな。」
ニモは俺の顔を見もせず言った。
「……あぁ、わかったよ。」
「……では、研修を再開致しましょう。」
ウエダも不穏な雰囲気に呑まれたのだろう。小さな声でそう言った。
【あとがき雑学】
『次元』
数学の世界において空間の広がりを表す指標。
座標の数によって表され、0〜n次元と続いていく。1点の位置を決めるのに必要な数値の個数。
0次元:点の世界
1次元:直線の世界
2次元:平面の世界
3次元:立体空間(人間が今存在している世界)
4次元:時間を加えた空間(時間変化させることができる世界)
5次元:無数の時間軸を持った空間が存在する世界
※『高次元の世界の仮説』
多くの物理学者から支持されている理論では、世界は11次元の時空とされています。
残りの次元は非常に小さくて目に見えないため、実感できるのは4次元時空のみだという仮説です。
『感極まった』
強い感動や感情を示す言葉。
喜び、悲しみ、感動など、強い感情が胸に押し寄せ、心の動きが激しい状態。
『白を切る』
知っているにも拘らず、知らないかのように振舞う事。
わざと知らないふりをする事。
※「白」は「知らぬ」の略だそうです。




