【7】※ Practical training(実技研修)part2 ※
「まず、注意点を話します。その後にマニュアルを読んでね。
あ、経験者もいるわね…でも重要な事なので再度お話しを聞いて頂戴ね。」
「了解致しました。」
トーマ(多分)が応えた。
いつになく、畏まっているトーマは可笑しかったが、俺は笑うどころではなく、それなりに緊張していた。
俺の周りにはチームメイトが並んでるが、本当に誰が誰だか見分けがつかない。
「お客様は私達をたった1人の案内人だと思われています。いつでも誰が対応しても、同じ案内人だと思って頂かねばなりません。
その為に必要な事は?」
白い女性は再びトーマ?に向かって問いかけた。
「はい、ホウレンソウであります。」
「そうね。マニュアルにも経緯が載りはしますが、報告、連絡、相談、これは必要であれば、必ずやって頂きます。
共通の認識でお客様に接する事が重要です。
何度も訪問されるお客様もいらっしゃいます。その際、違和感をお客様が感じられる事は案内人の恥、ひいてはお客様の不信を招きます。」
((……やたら小難しい言葉を使う…))
ふっと頭に浮かんだ事だが
「あなたっ!区分コードO、識別コード9793519307!大概、失礼ね!!」
すかさず、叱責された。
「…申し訳ありません。」
女性はまだ苛立ちを隠せないでいた。
「識別コード9793519307!では、何故お客様に案内人は1人だけと思って頂かねばならないのか、答えなさい!」
疑問形ではなく、答えろ!と言っている。答えられない俺を皆の前で馬鹿にしたい…
ちょっとしたイジメのつもりだろう。
「担当者が頻繁に変わるのは、自分を軽んじられているようにお客様には思えます。専任の担当者がいる事は、お客様のプライドを満足させ、信頼を得るには一番良い方法である、からです。」
女性は一瞬、驚いたようにこちらを見たが、何もなかったかのように、再び喋り出した。
「はい、その通りですね。
マニュアルを熟読してください。
そして、お客様には必ず敬意を込めて、丁寧な言葉遣いで接するように。お客様の望む事は、可能な範囲で実現するよう努力するように。…以上です。
それでは、各バディー毎に鍵とマニュアルを受け取って、それぞれの部屋に向かって下さい。」
チームの皆は、バディー毎に散会していった。
俺はその場を立ち去ろうとした女性の前に出て、謝罪した。
「本当に先ほどは大変失礼致しました。」
「…い、いえ、私こそ少し大人げなかったわ。」
「いえ、お怒りになるのも当然です。」
「大丈夫よ。…あなたは優秀ね。研修、頑張ってね。」
機嫌が治ったであろう女性が立ち去った後、鍵と2冊のマニュアルを受け取ったトーマが寄ってきた。
「人員不足で忙しくて苛ついているんだろうな…
だが、前にも言ったが……お前、凄いな!」
「何も凄い事じゃない。」
「そうか?初めてなのによく答えたよな…それによく耐えたよ。」
「耐えた?…当たり前の事だろ。相手を不快にしたなら、不快にした事に対しては謝る。当然の事だ。
…それに俺が問題起こしたら、チーム成績に響くだろう。俺だけの問題じゃない。『連帯責任』だからな。」
((俺のせいでチーム全員が消滅…なんて絶対に嫌だ…))
「…連帯責任か…お前、やっぱり俺と同郷なんだな…」
切なげに呟くトーマの少し歪んだ表情を眺めながら、俺は全く別の事を考えていた。
……しかし、ちょっと思っただけの事が筒抜けなんて…この会社に対して不満だらけの俺は……これからが思いやられる……
「…う~ん…」
「…どうした?…」
今の心の声に応えてくれるのか……
「…これから『アニキ』と呼んでいいか?」
期待した俺が馬鹿だった。
「ふざけるな!呼ぶのも呼ばれるのも、ごめんだ!」
トーマの軽口のおかげで、張り詰めていた気持ちが解けた。
「それで?これからどこに行くんだ?」
「担当の部屋だ。前任者が待っている事だろう。
ほれ、鍵だ。マニュアルはざっと目を通しておけ。」
トーマが投げて寄越した鍵と渡されたマニュアルには『No.80195373』の刻印があった。
((この番号…部屋って一体いくつあるんだよ…))
「そりゃ、無数にだよ。同じ部屋に同時に何人も来たら、それこそ、客の機嫌損ねるだろ。こっちも対処しきれない。
ほぼ1人一部屋だ。だが、一人片付いたらまた別の客が来る。延々とな…。」
「そんなに来るのか!?」
「当たり前だろ。」
……そういえば、あらゆる時空…世界…だったな……
「…過去をやり直したいと思えば…全員この部屋に来られるのかな?」
「変な事を聞くな?…多分来られないんだろう。希望者全員が押し寄せたら、絶対にパンクしてる。…何か条件とかあるんじゃないか?」
「条件?」
「例えば波長が合うとか……神様に選ばれた、とか?(笑)」
「………。」
「ともかく行くぞ!」
俺達は『No.80195373』の部屋に向かって歩き出した。
「通常、社員が1人監督の為一緒に入るんだがな…俺が以前この部署で働いていたから、俺達は俺達だけで行く。ここは人手…じゃなく、魂手不足だからな。」
「それじゃ、査定…点数はどうなるんだよ?」
「俺がつける…最高得点にするか?(笑)」
「ふざけてる場合じゃないぞ!」
「モニターさ。社員がつかない現場は、モニターで見られているし、マニュアルにその時の状況が逐一載るんだよ。」
((モニター…そんな技術がこの世界にもあるのか…))
「お前がどの時代から来たかはわからんが、ここは時空を束ねる空間だぞ…お前の知らない技術があってもおかしくはないだろう。」
それもそうだ…色々と失念していた。
ここは超空間だった。
「とりあえず、これから部屋に来る客の情報は頭に入れておこう。ホウレンソウは重要だからな。…ありゃ、新規の客だな。氏名はあるが、まだ情報がない。」
マニュアルをぺらぺらとめくりながらトーマはそう言った。
……マニュアルにはこの部屋にこれから来る客の氏名迄記載されているのか?……
「来る客じゃなく『来訪されるお客様』、新規の客じゃなく『初めて来訪されるお客様』…だ。普段から意識してないと、変な所でボロが出る事もあるぞ。」
マニュアルを読みながら俺がそう言うと
「…俺様がそんなヘマをやるかよ。」
トーマは自信満々にそう笑った。
……しかし、魂が『客』もとい『お客様』って、どういう事なんだ?……