【78】※ Purification room(浄化室)part① ※
「では、業務内容を詳しく説明させて頂きます。」
「よろしくお願いします。」
「まずは、最初の1個体…いえ、魂の鎖を外し、このセンサーの下に誘導して下さい。
繋がれたままでは、センサーが反応しません。」
右側は暗く細い通路、俺達のいる扉の前だけが少し広くなっていて、先程見た端末と光に照らされた空間がある。この光がセンサーらしい。
左側には細い通路の少し先に4つの扉が見えた。
それぞれの扉には『返』『還』『孵』『遷』の表示がある。その扉の先にそれぞれの部署があるのだろう。
「鎖を外した際は気をつけて下さい。
魂が意識を取り戻し、暴言を吐いたり、その場から離れようとしない者もいます。時には暴れる者もいます。」
「右側にいる人達は意識がないのですか?」
「はい。カプセルと同じく、鎖に何らかの仕掛けがあるようで、繋がれている時は意識がない状態です。
不要な混乱を避ける為の措置でしょう。」
「………。」
……鎖で繋がれた人々が何も言わず、何の動きもみせていなかったのは、そういう事か。……
「センサーが読み取った情報はすぐ端末に反映されます。
情報を2人で確認し、左通路の先にある、該当する扉に案内というか…連行します。」
「そして、逆らうヤツは、暴力を振るってでも扉の先に突っ込む……そういう事だろう。」
ニモが吐き捨てるように言った。
「まぁ、仰る通りです。」
ウエダは顔を伏せ、小さく頷いた。
……ウエダ…全く思い出せないが、やはり知人であった可能性を捨てきれない。……
多分ウエダは、真面目で、人当たりが良く、不平不満をあまり表に出さない人間だ。だから本心で何を考えているかはわからない。だが、悪人ではない。
システムの不具合によるこの状況を見せたがらなかった事からも、冷酷な人間ではない。
そう思えた。
「では、最初の魂は私が担当致します。…もし暴れるような事があれば、助力をお願い致します。」
「承知しました。」
「ふん。」
確かに暴れだしたらウエダ一人で抑える事は無理だろう。非力な俺も。
ニモなら可能かもしれないが、今のニモは怒りに支配されているように思える。
「ニモ、研修だ。我慢してくれ。」
「そんな事は言われずともわかっている。自ら点数を落とすような事はしない。」
「そうだな。頼もしいよ。」
「これも試練だ……俺が転生する為の……。」
まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「それでは鎖を外します。」
ウエダはそう言うと、行列の最前にいた魂の鎖を外し、暗闇から連れ出した。
女性だ。彼女は不審な表情で、暫く周りを見回した後、言葉を発した。
「……ここはどこですか?」
「ここは異世界コンツェルンの浄化室です。さあ、こちらへ。」
ウエダは優しく語りかけ、センサーの下へ彼女を誘導した。
俺は端末を確認した。
『※find out ※赤色 ※w‐11 ※erase memory』
……w11以上だ。※erase memoryは『孵』へ送る。そして彼女は今迄の自我を失い、新しい生に生まれ変わる。……
なんともやるせない気分で画面を見つめていると、ウエダが彼女から離れ、端末の前に来た。
「画面の確認は出来ましたか?」
「はい。w‐11 、erase memoryです。」
「『孵』だな。」
「確認しました。それでは魂を案内します。」
ウエダは画面を確認してそう言った後、再びセンサーに近寄り、彼女に声をかけた。
「それでは参りましょう。」
「……どこへ?」
「貴女はこれから生まれ変わるのですよ。」
「生まれ変わるの?」
「はい。」
それまでおとなしくセンサーの下にいた彼女は、突然、激しく泣き出した。
「嫌よ!私は生まれ変わるなんて嫌!!それじゃ、今迄尽くしてきたあの人の事も忘れてしまうわ!」
「……本来の貴女は違う所にいます。魂の欠片である貴女は、長く他人に憑依してしまった。だから元の魂には帰れず、残念ながらあのままでは、貴女もその人も破滅への運命を辿ってしまう。
本当にその人の事を思うなら、貴女は離れなければならない。」
「嫌!絶対に……離れたくない……」
泣きじゃくる彼女だったが、ウエダに手をつかまれ、引きずられるように『孵』の扉の方へ足を進めている。
……彼女の魂は赤色だった。彼女にも、なんとなくわかっていたのかもしれない。自分が憑依した事でその人の人生が少しずつ可怪しくなっている事を……
「……やはり、見るのは辛いな。」
「そうか?俺は意外だった。」
「意外?」
「俺は問答無用で、ウエダが魂を扉にぶち込むのだと思っていた。」
「そうだな……。」
「だが、俺はあんな気の利いたセリフは吐けない。あれはお前に任せる。その代わり、力尽くなら任せろ。」
「……俺だって、難しいよ。この研修は嫌だな。」
「おい、ウエダの言葉を思い出せ。最初からその調子では『負の感情に囚われる』のも時間の問題だぞ。」
「……そうだな。」
ウエダが戻ってきた。
「まぁ、色々仰りたい事はあると思いますが、これがここでの仕事です。」
「いえ、監督官は魂に寄り添い、よくやっておられると我々は感じました。」
「おい!」と言わんばかりのニモの視線を無視して俺はそう言った。
「……そうですか。それは意外な感想、ありがたく思います。」
「しかし、彼女の場合はおとなしくセンサー内に留まっていましたが……そんな魂ばかりとは思えません。通常は何人でこの業務をされているのですか?」
「カプセル装置が出来てからは、通常2人で端末確認をしています。」
「案内係は…?」
「カプセル装置が出来たのは、つい最近なのです。
それまでは、今と同じ…その…鎖で繋がれていましたので、3人で案内係と端末係を分担して行っていました。」
「そうでしたか。」
「通常は、ベルトコンベアーで右側から運ばれ、センサーに入る前に自動的にカプセル解除がされます。
そしてセンサーの左側に魂が出ると、またカプセルに包まれます。その後はカプセルを該当する扉に運びます。要するに、魂が自我を持つ時間が短いのです。」
「そうですか。それなら、暴力沙汰など起こらないのではないですか?」
「再びカプセルに包まれるのは、左側から出た魂だけです。端末側や右側に出た魂は自我を持ったまま暴れる場合もあるのです。」
……全て、全自動という訳ではない。便利なようで、完璧ではない。
完璧な全自動なら、浄化室の社員の心の負担はだいぶ軽減されるのだろう。……
探索室でも感じた、もどかしさを再び感じた。
……だが、そうなれば間違いなく、魂は『1個体』扱いになる。
何が正しいのか、俺にはわからない。あの時も今も……
……あの時!?…なんの事だ?……
「ユーキさん、どうかされましたか?」
「いえ、少し考え事をしていて……失礼しました。」
「………。」
ニモが俺を凝視している。
「では、とりあえず案内係をユーキさん、端末係をニモさんでやって頂きましょうか。」
「承知致しました。」
「………。」
俺はベルトコンベアーに上がり、右側の薄暗闇に入り、最前列にいる魂に近づいた。
意識がなく項垂れているので、顔は見えないが、男性のようだ。
「鎖を外します。」
「気をつけて下さい。」
ウエダの声がした。
「はい。」
返事をし、後ろの魂と繋がっている鎖を外した。
男性は下を向いたまま、何かを呟いている。
「こちらへ参りましょう。」
手を引き、中央へと誘う。男性はされるがまま、俺とともに中央のセンサー迄歩いてきた。
「 find out、赤色 、w‐20 、disappear、『還』だな。」
「確認しました。」
ニモが画面を読み上げ、ウエダが確認を告げた。
俺は頷き、男性に声をかけた。
「それでは参りましょう。」
「何処へだ!!」
不意に声を荒らげ、顔を上げた。
「!!」
……アンリ!?…いや、アンリに似ているが、老人だ。……
「貴方は……魂の欠片である貴方は、長く他人に憑依してしまいました。残念ながら元の魂には帰れず……」
「き、貴様っ!覚えているぞ!!」
男性は俺の言葉を遮り、俺の顔を凝視しながら言った。
「!?」
「この偽善者めっ!!あの時、あの処刑の広場にいた奴だな!」
「!!」
「私に石を投げつけ、嘲笑った挙げ句、私が王の首を掲げた途端、涙を流し私に憐れみの眼差しを向けていた奴だ!!」
……やはり、アンリなのか?…だが、どういう事だ?……
呆然とする俺に男性は掴みかかった。
「私の表情は悲哀に満ちていたか?涙を誘う程、悲し気な振る舞いをしていたか?
否!貴様は何もわかっていない!憐れまれる必要などなかった!私はあの処刑で王の首を落とした瞬間、せいせいしたのだから!!」
……『せいせいした』?……
「やめろ!」
ニモの手が男性の腕を掴んだ。
「お前は、既に害悪を呼ぶ存在だ……おとなしく無に帰せ。」
「離せ!!この蛮族が!!」
ニモは問答無用で、抵抗する男性を俺から引き離し、左の扉の方へ引きずって行った。
男性は引きずられながら、尚も叫んでいた。
「偽善者めっ!偽善者めっ!偽善者めっ!……」
その声は『還』の扉が閉まる迄聞こえていた。
【あとがき雑学】
『問答無用』
話し合っても無意味、無駄な事。
相手の発言を抑え、話し合いや議論等を一方的に打ち切るときに使う言葉です。
『誘う』
自然とそうなるように仕向けるという意味。
「誘う」の古風な言い方で、文学的な表現をするときに用いられることが多いようです。
『せいせいした』
気持ちがすっきりした様子。
気懸かりだったことがなくなり、すがすがしい気持ちになる事。
漢字は「清々した」「晴々した」です。




