【77】※ Practical training(実技研修) part13
『自分の死』を確信し、まだ気持ちが落ち着かない上に、気乗りのしない仕事だ。だが、研修を放棄する訳にはいかない。
俺はウエダの号令を待った。
だが、ウエダは後ろを振り返ったまま、なかなか動こうとしない。
訝しく思い、声をかけた。
「……監督官?…どうかされましたか?…」
するとウエダは意外な事を言った。
「ご案内する前に…申し訳ありませんが、少し確認したい事がございますので、今暫くお待ち下さい。」
……『実技研修を始めましょう』と言った矢先に?……
出鼻を挫かれた気分だ。ニモの表情も強ばっている。
「何を確認するというのだ。今、実技研修を始めると言ったのはお前自身ではないか!」
怒気を含んだニモの文句に、ウエダは気圧されたのだろう。
「……わかりました。では、こちらです。」
明らかに不機嫌な声でそう言うと、ウエダは前に進んだ。
奥にある無数の扉の一つの前に着いた。
ウエダは不意に振り向き、扉を背にして言った。
「実は現在、システムの不具合で、通常とは異なる状況になっておりますが…あまり気になさらないで下さい。」
「……先程仰られていたトラブルですか?」
「はい。…ですが、お二人が従事される仕事に、さほどの影響はございませんので、ご安心下さい。」
「……わかりました。」
「……一応、もう一度伺いますが、他に何かご質問はございませんか?」
……今更?…何を…まるで時間稼ぎをしているように思える……
「実技研修中、不明な事があれば、また質問をさせていただくつもりですが、今は……」
「ない!早く案内してくれ!」
「……そうですか…では。」
ニモの苛立った声に、渋々といった様子で、ウエダは頷き、扉の方に向き直った。
ウエダの後に続き、扉をくぐった俺は愕然とした。
細い通路の右側に長い行列……暗くて表情は見えないが、項垂れた人々が鎖で繋がれ、ベルトコンベアーの上に並んでいる。
「……監督官…これはどういう事ですか!!」
思わず詰問するような口調になった。
「……あまりお見せしたくない光景でしたが…仕方ありません。
通常は1個体ごとに光のカプセルで覆われ、運ばれてくるのですが、システム不具合による緊急措置です。」
「1個体って!人を物のようにみなしていう言葉でしょう!この人達は人間なんですよ!!」
「…人間ではなく魂ですがね。」
妙に冷静に答えるウエダに対して、更に怒りが湧き上がる。
「あんたはっ!!……」
「ユーキ、やめておけ。」
ヒートアップする俺を止めたのは、意外にもニモだった。
「ニモ……。」
「無駄だ。人間を人間と思わないヤツラはどこにでもいる。」
ボソッと呟くニモの視線は、繋がれた魂の行列に向けられていた。
「……何度見ても忌々しい光景だ…。」
……何度見ても……
静かだが、いつもより怒りの度合いが格段に上がっているように思える。
「怒りは少しは収まりましたか?」
収まる訳はない。だが、ニモの怒りのボルテージを感じた俺は、反対に冷静さを取り戻していた。
「失礼致しました。監督官に暴言を吐いた事に対しては謝罪致します。」
「…いえ、貴方が私と同じ時代の日本から来たのだとしたら、当然の反応ですよ。」
「監督官が、時間を延ばそうとなさったのは、この状況を我々に見せたくなかったからなのですね。」
「まぁ、そういう事です。すぐにシステム回復すると伝えられたのですが…間に合わなかったようです。
確かに見るに堪えない光景ではありますよね。私も慣れる迄は葛藤がありました。」
「……鎖ではなく、カプセルでも、ですか?」
「そうですね。……カプセルの方が幾分かマシですが……。
扱うのは自分と同じ魂です。指示があるとはいえ、神でもない私が、魂の行き先に関わるのです。
暴言、泣き言、暴力……彼らの気持ちを思うと、最初はやりきれない気持ちでしたよ。」
「そうですか…。我々の怒りを監督官に向けるのは筋違いでした。すみません。」
「いえ。慣れとは感情を捨て考える事をやめた私の怠惰なのかもしれない。しかし慣れなければこの仕事は出来ません。
銀行員が、紙幣をただの紙と感じるようになるように、その物の価値など考えなくなるものなんです。」
ウエダは自嘲気味に軽く笑って言った。
「……監督官は、正社員なんですよね?」
「そうですが……何か?」
唐突な俺の質問に、ウエダは不審な表情を見せた。
「この会社での報酬は、望む先への転移転生。
しかし、正社員は転移転生が出来ないと聞きました。
監督官は長くこの会社に勤めておられる。」
「何が仰りたいんですか?」
「こんな辛い仕事をしてまで得られる報酬とは何なんですか?」
「……そのご質問にはお答え出来かねますね。」
「守秘義務ですか?」
「まぁ…そんな所です。」
「……わかりました。業務に関係のない質問をして、申し訳ありませんでした。」
「……いえ。ただ一つ…老婆心ながら、アドバイスさせていただきます。」
「………。」
「この浄化室『選』は、貴方が思うより遥かに辛い部署です。負の感情に囚われないように、気持ちを強く持つ事をお勧めします。」
……負の感情に囚われる?……
「……はい。」
「ユーキ、特にお前は気をつけた方がいい。」
それまで無言だったニモがボソッと俺に言った。
「………あぁ。」
嫌な予感を抱いた俺は、そう短く応えた。
「……ニモさん、貴方も、ですよ。」
「どういう事だ?」
「担当するエリアには、知己の魂が送られてくる事が多いのです。」
「知己……知り合いという事ですか?」
「そうですね。」
……知り合いが送られてくるならば、もしかすると生前の俺を知る人物がいるかもしれない。ならば記憶を取り戻す一助になるのではないか?……
そんな思いを抱いた。だが……
「……だからこそ、辛いのです。」
「………。」
言われてみれば、確かにそうだ。
知人の魂を送るのだ。暴言や泣き言、暴力を受けてまで…記憶の消去や消滅の未来へ。
記憶のない俺はともかく、知人を認識できる人間なら一層辛いだろう。
「しかし、何故わざわざ知人を担当エリアに?」
「訳はわかりません。何らかの意図によってそうなっているのか、あるいは魂同士が引かれあうのか……。」
「そうですか。」
「特にこの仕事に就いた当初は、多くの知人、友人の魂を送りました。
そして……慣れました。」
ウエダは寂しそうに微笑んで言った。
……まさか、慣れさせる為なのか?……
「研修中は知己に会う方も多く…くれぐれも負の感情に囚われないように。」
「アドバイスありがとうございます。
私は自分自身の記憶がないので、多分大丈夫ですが、いずれにしても辛いお仕事ですね。」
「いえ。」
「俺は今更何があろうと、関係はない。」
「そうですか。それでは業務を始めましょうか。」
ウエダは憐れむような眼差しで、ニモを見つめたまま、そう言った。
【あとがき雑学】
《出鼻を挫かれる》
始めようとした勢いを弱められ意気喪失する、または妨げられることを意味する慣用句です。
《ボルテージ》
『ボルテージが上がる』という表現は、感情やエネルギーの高まりを指す比喩的な表現です。スポーツ観戦やコンサート等の興奮する状況でよく使われます。
『怒りのボルテージ』は、怒りが心の底からこみあげる状態という意味です。
しかし、『ボルテージが上がる』という表現はスラングで、日本固有の表現になります。
海外では通じず、単に『電圧』や『電位』が上がるという意味になります。
《老婆心ながら》
「余計なお世話だとは思いますが」「余計な口出しかもしれませんが」という意味で、自分の考えや提案、アドバイスを目下の人に控えめに述べる時に用いられます。
へりくだった言い方(謙譲語)ですが、目下から目上に使う事は失礼にあたります。




