【74】※ conversation with~(会話) ニモ① ※
その後、情報交換会はいつも通り終わった。
……準社員……
『正社員になれたら…の話ですがね。』ジェシーが言っていた意味が漸くわかった。
監督官は、おそらく全員正社員なのだろう。
だが、異世界コンツェルンの給料、いや魂への報酬は『望む先への転移転生』だった筈だ。
望む望まないに関わらず、正社員にされたら、転移転生は出来ない…では、正社員への報酬は何なのだろう?
……いや、今はそんな疑問を抱いている場合ではないな。……
俺は次のバディーと2人で向かいあっている。
今回の相手はニモだった。
近くで顔を見た事はなかったが、よく見ると顔色は黒というより赤銅色をしている。
先程睨んでいた鋭い目つき……正直、協力出来るか不安を覚える。
……とりあえず、こちらから話しかけてみるか。……
「お前はここに来る前の自分の記憶がないと言っていたな?」
………!?………
アンリは全く会話がなかった、と言っていたが……ニモの方から話しかけてくるとは意外だった。
「あぁ、そうだな。今も全く思い出せないよ。」
「だが、名は覚えていたのか?」
「いや、ここに来てからトーマがつけたんだよ。」
最初のトーマとの、あのやり取りを、ニモは聞いていなかったのだろうか?
「そうか……。」
暫くの沈黙があった。
ニモと話すのは、気を遣う。彼は寡黙だ。そして俺も自分から話を振るのが苦手だ。
だが、俺は沈黙し続けるのは、何か相手に悪いような気がしてしまう。
「……なんで名前の話なんか……」
言いかけた俺の言葉に被せるようにニモが口を開いた。
「俺も生前の名前は忘れた。俺達は何度も名を変えるし、真名は家族以外には明かさない。」
「……何度も変える?……真名?」
「そういう風習があった。だが、名を忘れてもやるべき事は忘れない。
この名に誓って!」
「……?……」
ニモの言っている事がよく理解できない。
本当の名前は忘れたが、やるべき事の為に『ニモ』と言う名前は忘れていない…と言っているのか?
ニモは少し声を落として言った。
「お前は、マイケルやアンリ、サミー、レオン、ライラック、フィン等をどう思う?」
……ニモは、己の転生だけに興味があるのかと思っていたが、チームメンバーにも興味はあるのか……
「どう思うって…同じチームだし、仲間だろ?」
「仲間ではない…今だけの『同志』だ。」
……『同志』…意味としては、『仲間』と同じだと思うが、何か拘りがあるのだろうか?……
「同志って、結局、仲間って事じゃないのか?」
「あいつらとは、仲間になり得ない。今は仕方なく徒党を組んでいるだけだ。」
あいつら…とは先程名が上がった6人の事だろう。
言い方からして、彼らに興味があるわけではなさそうだが…。
「……マイケルもアンリも紳士だと思う。常識人だしな。
サミーは不思議な魅力を持つが、良い奴だとは思わない。
レオンは、話す事は下手だが、頭がいいし力もある。頼りがいのある人物だと思う。
ライラックは、感情の波は激しいが、頭も勘も良い。実は優しく淑やかな女性なのだろうと思う。
フィンは……不思議な子だけど、多分優しいと思う。」
ニモは俺の顔をまじまじと見つめた。それからフッと微笑んで言った。
「お前はよく其々を見ているな。
お前は『個』で人をみられるのだな。」
「個で?」
「お前はきっと幸せな世界から来たのだろう。」
「……幸せ…というか、温い世界だったかもしれない。」
……意識を失い、これまでに体感した世界は、どれも過酷だった。
記憶に残る、俺のいた時空の日本より恵まれた世界はなかったと思う。……
「……そうか。だからお前は、転移転生に執着がないのだろうな。
だが、ならば何故ここに来た?」
「……そうかもな。…記憶がないから、自分が何故ここに来たのかもわかってはいない。
だけど、チームの皆のように、切望する物があれば、少なくとも何がしたかったのかくらいは憶えていたかもしれない。」
「……そうか。……
だが、お前が今何をしたいのかは…わかるぞ。」
「えっ!?」
「お前は、この異世界コンツェルンの事が知りたいのだろう?」
……!!……
「……なんで?……」
「なんでも何も、お前の異世界コンツェルンの仕組みに対する疑問は、既に興味の域を超えているように思う。」
「………。」
初めてトーマにこの世界の話を聞いた時に感じた怒り、それ以降もこのお粗末な会社の形態に対する苛立ちや疑問は、確かに興味本位以上の物だ。
だが、何故そこ迄『異世界コンツェルン』の事を知りたいのだろう?…自分でもわからない。
……皆と違い、望む転移転生先がないから、会社の在り方に目が行くのだろうか?……
「まぁ、俺のように己の転生に執着している者には関係ない事だが、お前がこの会社に対して苛立つ気持ちもわからなくはない。」
「そうか……。」
「だが、俺は不条理や理不尽な事には慣れ過ぎている。
異世界コンツェルンがどのような会社組織であったとしても、俺にとってはありがたい会社だ。」
「……ありがたい?」
「過去に戻り、もう一度やり直す事が出来るのであれば、俺はどんな過酷な試練でも超えてみせる。
その機会を与えてくれる会社なのだから、ありがたいのだ。」
「……そうか。」
俺以外の魂にとっては、多分ニモと同じように、この異世界コンツェルンの存在はありがたい物なのだろう。
ハルが言っていた。
少なくとも過去に転生する為に必要な会社だと。
皆、それぞれ過去に戻りたい理由がある。
……俺にもあるのだろうか?……
「お前は、人を憎んだ事などないのだろうな。」
……ある……そして……
何も思い出せないが、俺は少し震えた。
「……憶えていないが、あったかもしれない……。」
「そいつを殺したい程にか?」
……そんな事は露程も考えなかった……なのに……
「……いや……多分なかった……と思う。」
何故だろう……俺の身体の震えは止まらない。
……やはり俺にも、過去に戻りたい理由があるのかもしれない……
「そうか。お前は記憶がないのだから、無駄な問いかけだったな。
……俺は殺したい程憎んだし、実際に殺した。」
「………。」
「俺は、マイケルやアンリ、サミー、レオン、ライラック、フィンが苦手だ。
個で接していれば、ヤツラが悪い人間ではないと理解は出来る。……しかし…。」
「しかし……なんだ?」
「Caucasiansとmexicanは大嫌いだ。
俺の一族は、騙され蹂躙され、死に絶えた。
俺は他の一族と共に復讐をしたが、結局俺は虜囚となり、挙げ句、白人どもの見世物にまでされたのだ。生まれ故郷に帰る事も叶わず、俺は敵の国で、屈辱感を抱いたまま果てた。
俺の魂は一つではない。一族の魂の集合体だ。」
……白人とメキシコ人?…魂の集合体?……どういう事だ?……まさか、ニモは……
「………。」
俺は返す言葉もなく、ただニモを見つめた。
ニモの境遇……彼が俺の予想通りの人物なら、相当過酷な世界だっただろう。
それきりニモは口を開かなかった。
彼にどんな話を振ればよいのか…迷ったが、結局何も言い出せず、会話は完全に途切れた。
ニモと2人、黙々と次の研修先『浄化室』へ歩みを進めている。
……気まずい……
場の空気を読む……それは良くも悪くも、日本人特有の価値観だが、ニモ相手だと、どう読んだらいいのか、わからない。
話しかけてほしくない雰囲気を纏っているようにも思えるし、何も言わないのも悪い気がする。だが、話題を振ろうにも何も思いつかない。
「……なぁ、ニモ。お前も俺が嫌いか?」
つい、無意識に変な質問をしてしまった。
「不思議な事を聞く。『俺を嫌いか?』と聞くならともかく、何故『お前も』がつく?」
「……いや、なんとなく……。」
「……お前を嫌っている者がいるとするなら、それは、トーマやサミーではない。
『お前自身』だけだろう。」
「!!」
ニモの言った言葉に、俺は何も言い返せなかった。
「……少なくとも俺はお前を嫌いではない。だが、仲間ではない。」
「……俺が白人やメキシコ人ではなく、一族でもないからか……。」
「そうだ。
だが、仲間ではないが、良き同志だとは思う。
俺の転生の為の糧として、充分に働いてくれているようだからな。」
「……そうか。」
……ニモの言う『仲間』とは、やはり一族の事だけなのか。……
暫く会話の間が空いた。
「…だが…ニモは俺が『個』で人を見られると言ったが……ニモだって、『個』で人を見ているんじゃないか?」
「……何故そう思う?」
「トーマやサミーと俺の確執を見抜いていたからな。…それに俺が俺を嫌いな事も…。」
「……それは、誰から見てもわかる事だ。」
「そうか……。
だが、さっき『個で接していれば、ヤツラが悪い人間ではないと理解は出来る』って言っていたよな。
それは、人種の括り抜きで、個人を見ていたって事じゃないか?」
「……お前にはわかるまい。俺は、忘れてはならんのだ……一族の恨みを。」
「……恨み?……ニモの転生の目的は……」
「そうだ。再び復讐を果たす為だ!」
そう言い切ったニモは、暗く虚ろな目をしていた。
俺はそれ以上何も言えなかった。




