【72】※ conversation with~(会話) ライラック③ ※
「………多分だけど、違うわ。」
「やはり違うのか。」
「私、ソーレって名前に何も感情沸かないし、多分知らない人よ。」
「……そうか。」
「……でも、クレール・ド・リュンヌ、『月の光』ね……何かしら、なんか、凄く悲しくて、腹立たしい。」
……それは、信頼していたのに裏切られたからか?しかし月の光?……ソーレも言っていたな。……
「俺にはわからないけど、そういう意味なの?」
「そうだったと思うわ。でも、ありがと。」
「えっ?」
「頭にモヤがかかっていたのが、少し晴れた気がする。」
「なら、良かった。」
「でも、ユーキは凄いわね。」
「何が?」
「多分、私はユーキが作ってくれた、まにゅある?とかメモとかがなければ、何も出来なかったと思うわ。」
「そうか、役にたてたなら本当に良かった。」
「でも、なんで最初からそういう物作らないのかしら?お客様対応室は……。」
「……さあね。でも、この世界では、監督官も時間に追われている。次から次に研修生が来るんだろうから。
所詮、一回きりの研修なんだから、出来ない者は減点するだけで済むし。」
「そうなのかしら?」
「もう『やっつけ仕事』になっちゃっているのかもしれない。」
「『やっつけ仕事』って何?」
「急いでやるその場限りの仕事、いいかげんな仕事、雑な仕事、みたいな意味かな?」
「確かに、数をこなすにはそうなるかもしれないわね。」
「この会社には休憩の時間なんてないから、これではダメだとか、振り返る暇もないんじゃないかな。
それに、知識のある人間には、全く知識のない人間のわからない事がわからない。」
「そうかもしれないわね。でも、ユーキなら出来るんじゃないの?」
「俺だって、その立場になったらわからないよ。
ただ、俺が作ったマニュアルは、本当に研修に必要な事だけだったし。
とりあえず、これ押せば、こうなる……みたいな単純な物だから。」
「それでも私は助かったわ。」
「まぁ、そう言って貰えるのは嬉しいよ。」
つい、顔を上げると、ライラックと目が合った。
カァーッと顔が赤くなる。
「何、赤い顔してるのよ?」
そう言う、ライラックの顔も赤い。
「い、いや、別に……。」
どうしても、あの晩の出来事を思い出してしまう。
「あんた、私と……何かあった?」
「……!?……なんの事だか……。」
「………そう……。」
「し、仕事ってさ、最初は単純な事覚えれば、いいんだよ。
こうすれば、こうなる、みたいな…。
慣れたら、なんでこうするのか、とか、なんでこうなるのか、を自分の頭で考えるようになれば、もっと複雑な業務もこなせるようになるんだ。だから……。」
「話を逸らしたわね。」
「そんな事は……。」
「とにかく、感謝するし、私もユーキを認めるわ。
やっぱり貴方は凄いんだって。」
「えっ?あ、貴方?…あ、ありがとう。」
……あんた、じゃなく貴方?……
「………感謝申し上げますわ。ユーゴ様。」
「!!」
俺は絶句した。
ライラックの顔は紅潮し、瞳が潤んでいる。
そして、悪戯っ子のような、あの微笑みを浮かべている。
「……な、なんで……。」
「……別に。ちょっと言ってみたくなっただけよ。」
フィッと顔を横に向けた。
「……そう……。」
俺の顔は青くなっていたかもしれない。
その後は2人とも何も言わず、黙々とチームの部屋を目指して歩いた。
ライラックは記憶の断片に触れ、自分の過去を思い出そうとしているのだろう。
俺は、今回の経験について考えていた。
俺は2年間ユーゴ・マテューだった。
いつもと同じく、魂の抵抗もなく、間違いなく本人だった。
……しかしユーゴという男、勝手に色々考え過ぎだ。結果、好きな女性を泣かせるとは。……
それに、追い詰められていたとはいえ、かなりリスキーな計画だったと思う。
あの絶望的な状況が覆ったのは、ソーレという人物の存在があったからだが、ライラックにはソーレの記憶がない。
……ソーレ…『太陽』という意味だと言っていたな。……
太陽……ふと、レオンの姿が思い浮かんだ。
以前『頭がデカい』とレオンに言われたっけ。
1人で色々考えるが、自分の力だけでは、なんの成果も結論も出せない……
姿形は違っても、やはりユーゴは俺だったんだろう。
まるでロマンス小説のような世界。魔法迄存在していた。
自分の常識を当て嵌めて考えれば、あり得ない話だが、世界は幾つにも分岐して、途方もなく広がっているらしい。
以前に分岐した世界が発展したのであれば、魔法があったっておかしくはない。
それに、あの時一瞬見えた、黒髪で浅黒い顔の女性の姿は、この会社で出会ったアイラに違いなかった。
クレール嬢が語る言葉は、以前拉致された時に耳にした、アイラの言葉とピッタリ符合した。
俺に執着する事も似ている。……まさかライラックの過去にアイラもいたのだろうか?
そして、意識が薄れる中で聞いた声……
『なぁ、お前、人魂って見た事あるか?』
…… あれは誰の声なんだ?
色々考えても、何も答えは出そうもない。堂々巡り……いつもの事だ。
……そうだ、ライラックは一度社員を経験している。色々聞いてみるか?……
チラッとライラックを見たが、必死に考え事をしているようだ。
……まぁ、他にも経験者はいるし、今はそっとしておこう……
そう思ったが、視線に気付いたのか、ライラックが俺を見た。
「……ユーキのおかげで少しだけ思い出せた事があるの。」
「そうか。何を?」
「『ユーゴ・マテュー』という人が、私にとって凄く大事な人だったという事よ。」
「……それは、俺の話の中で、リラ・ルグランの恋人だったと聞いたからじゃないかな?」
「いえ、ユーキの夢と私の過去は、おそらく完全には一致していないと思う。だから、恋人だったかどうかもわからない。」
「まぁ、そうだね。」
「だけど、その名前を口にするだけでも、とても温かい気持ちになれる。」
((だから、さっき俺に向かって「感謝申し上げますわ。ユーゴ様。」と言ってみたのか……良かった))
少しホッとして、思わず相手にわかる心の声で、そう思ってしまった。
「良かったって何よ?…違うわよ。…」
「いや、なんでもない……。違うって?」
「……また変な女だと思われるかもしれないけど……。」
……感情の起伏が激しい『恐い』女性だとは思っていたが『変』と思った事はない……
「いや、そんなふうに思った事はないよ。」
「……一瞬、ユーキが、ユーゴ・マテューに見えたのよ。」
「!!……そう……ユーゴ・マテューの姿を思い出したんだね……。」
「……そうね。金髪で白い肌、長身で端正な顔立ちをしていたわ。」
「そうか、姿を思い出せたなら、少しずつ記憶も戻るかもしれないね。」
(((……それだけじゃないんだけど……)))
「えっ?」
「なんでもないわよ。
それより、ユーキは、夢を見ていた事は誰にも言ってない、って言ってたけど、私には何故話したの?」
「……それは、ライラックも俺と同じで、記憶があやふやだって言っていたからだよ。」
「……そう。」
「全く関係ないかもしれないけど、少しでも記憶取り戻せるキッカケになれば、いいかなって……。」
「全く、お人好しね。
多分……だけど、以前もチームの誰かの過去を夢見ていたんでしょう?」
……鋭いな…やはりライラックは勘も頭も良いようだ……
「うん……そうだね。」
「なんで他の人には話さなかったの?」
「……なんとなくだよ。必要ないだろうし。
誰しも自分の過去とか他人に覗かれたくはないだろう、と思った。」
「……覗くだけじゃなく、過去に関わり合いになって欲しくない…じゃないの?」
「!!」
「当たってるみたいね。」
「……やっぱり、ライラックは賢いんだね。」
「そ、そんな事ないわよ……。」
ライラックはまた顔を赤くして、下を向いて言った。
「でも一番肝心な自分の過去は、夢に見ないの?」
「……よくわからない。
なんか、無意味に断片らしき物なのかな?
そんな光景を見たり、誰かの言葉は聞いたんだけど、全く俺の記憶に繋がらない。」
「まだ前途多難って感じなのね。」
「そうだね、なんか自分でも、もどかしいよ。」
「お互い焦らず、思い出す努力をすればいいんじゃない?
いつか私は自分の過去を取り戻す。だから、ユーキも頑張ってね。」
「……そうだな。頑張ってみるよ。」
「……期待しておりますわ。ユーキ様。」
「!!」
ライラックは真正面から俺の目を見つめ、赤い顔をして、微笑みを浮かべている。
……記憶が戻った?…そしてユーゴが俺だと確信しているのか?…
だが、ユーゴは金髪の白人で美形だったが、俺は東洋人だ。まさか?…ね……
ただ、俺の顔が青ざめた事には違いなかった。
【あとがき雑学】
堂々巡り:
語源:
僧侶が祈願の為、または儀式として、仏や仏堂のまわりを周回している様子から。
意味:
考えや議論などが、同じことをいつまでも繰り返して進展しないこと。
他にも『堂々巡り』という言葉を使う物はあります。
・遊戯の一つ。手をつなぎ輪をつくって歌いながらぐるぐるまわる遊び。
・国会で、演壇上においた箱に議員が投票する方法の俗称。




