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ようこそ、異世界コンツェルンへ♪   作者: 三芳(Miyoshi)
※ ライラック ※
68/86

【67】※ ⑦prénom(名前) ※


リラ嬢の手をとり、魔法の詠唱を行う。

行き先は郊外の別荘……当面そこで彼女を匿う。

周りに人家はなく、自然に囲まれた場所だ。

家の中にいれば、人目に晒される危険はない。



「ユーゴ様、ここは?」



「私の別荘です。リラ様にとって、あまり居心地の良い環境ではないと思いますが……。」



貴族の家のような豪奢な家具はない。

部屋も3部屋しかなく、かなり手狭だ。



「いいえ、素敵ですわ。まるでジャンヌの家のようです。」



リラ嬢の反応に一抹の不安を覚えた。



「これからは、こういう質素な家で、質素な暮らしをして行かなければなりません。……空想小説とは違い、心躍るような冒険もありません。」



「わたくしは、もう人生を賭けた大冒険をしています。

……多分ユーゴ様は、わたくしが夢見る少女のように、空想小説と現実を混同している、と思われて不安に感じておられるのでしょう?」



「失礼ながら、少しそう思いました。勘がよろしいですね。」



「フフッ、わかりますわ。

でも、わたくしは現状の困難を充分理解しております。それに現実の厳しさを受け入れる覚悟を持って決断致しました。

決して夢見る少女ではありませんわ。」



「……失礼致しました。リラ様は、私が思うよりも遥かに聡明で勇気のある方です。」



「ユーゴ様、わたくしに必要な事を教えてください。」



「必要な事…ですか?」



「わたくしの正体がわからないように、平民として生きる為に必要な事です。」



令嬢の気品と彼女の美貌は、服装を変えてもなかなか隠せないだろう。



「そうですね……まずは名前を変えましょう。そして言葉遣いですね。」



「名前ですか?……では、ユーゴ様が名付けて下さいませ。」



「私が?……よろしいのですか?」



「はい。わたくしはユーゴ様に頂いた名前で、これから生きて行きたいのです。」



リラ……リラの花……別名をライラックという。



「ライラックは如何でしょう?」



「……ありがとうございます。とても素敵な名前。本当に嬉しいです!」



「ふと思いついただけなのですが、気に入って頂けたようで、良かったです。」



「それで、ユーゴ様のお名前は?」



「……リラ様、いえ、ライラック様が命名して下さい。」



「わたくしでよろしいのでしょうか?」



「はい。私もライラック様から頂いた名前を名乗りたいです。」



「……『ライラックから貰った名前を名乗りたい』ですよ、ユーゴ。」



彼女は、悪戯っ子のような微笑みを浮かべて言った。



「ライラック……本当に可愛らしい……。」



彼女を引き寄せ抱きしめた。

彼女に対しての感情は『愛情』だった筈だ。

だが、以前と変わらぬ人間らしい彼女を前にすると、忘れかけていた『恋心』がやはり再燃してしまう。

愛しい……理性が何処かへ行ってしまいそうだ。



「……ユーゴ、今、わたくし…いえ、私は、とても幸せです。…私に生きる喜びを与えて下さっ…くれて、ありがとう。

自らの身も顧みず、危険を承知で連れ出してくださっ…くれて、ありがとう。」



私の胸の中で、言葉を選びながら、辿々しく平民のように喋っている。

堪らなく愛しい……



「ライラック……。」



思わず、彼女を胸から引き離し、顔を近づけ、唇を奪った。

長い接吻の後、お互い何も言わず暫く黙って抱き合っていた。



「……すみません。」



「何故謝るのですか?」



「先程、あんな事を言ったばかりなのに、我慢出来ませんでした。

それに、あの三文芝居で傷ついた貴女には、この行為は不快な物だったのではないか……と。」



クレール嬢との接吻シーン……まだ記憶に新しい事だろう。



「いいえ、わたくし…いえ、私はとても嬉しいです。ですから、もっと…して下さい。」



頬を紅潮させた彼女は目を瞑り、自ら顔を寄せてきた。再び彼女の柔らかい唇が触れる。

あの時とは全く違う。甘美な感触……身体が蕩けそうだ。

たまらず、彼女の身体を引き離した。



「……ユーゴ様?」



「すみません、これ以上は理性が無くなりそうで…。」



恋心……後先を考えず、燃え上がる劣情……

身体も心も彼女を欲している。だが、彼女の純潔を奪う訳にはいかない。……万が一もある。



「わたくし…いえ私はそれでも構いません。

いえ、端ないと思われるかもしれませんが、私は身も心も貴方に捧げたい…そう望んでいます。」



「……万が一ですが……貴女が王宮へ連れ戻される事があれば、穢されたお身体では、お立場もより悪くなる。私はそれを望みません。」



「……ありがとうございます。そこ迄わたくし…私の事を考えて下さっているなんて…。」



「……いえ、私の勝手な思い込みです。」



「……ユーゴ様…いえ、ユーキ、本当にありがとう。」



「ユーキ?命名ですか?」



「はい、命名です。」



「あまり変わりがない気もしますが……。」



「はい、思いつきですから。」



ライラックはまた悪戯っ子のように微笑んだ。



……命名…ユーキ?…ユーキ……なんだろう、凄く馴染む名だ……



「ありがとう、ライラック。なんだかとても自分に合っている名に思えます。

それに平民らしい言葉遣い…少し驚きました。」



「良かった。

言葉遣いは空想小説で覚えました。まだ流暢に話せませんけれど……。

では、ユーキ様…ではなくユーキ、私にご褒美を下さい。」



「ご褒美?………」



彼女は私の首に手を回し、唇で私の口を塞いだ。

長い接吻……幸福感で身体から力が抜ける。



「ユーキの思い込みを、わたくし…私が変えます。

これからも誘惑し続けますので、覚悟して下さいね。」



「……ライラック……。」



複雑な気持ちで、彼女を抱きしめた。








彼女を別室に案内した。一応書斎として使っている部屋だ。



「ここにある書物は……空想小説ですね!」



「はい。恥ずかしながら、私が執筆した物もあります。」



「読んでよろしいのでしょうか?」



「勿論です。

私は昼間は自宅に戻ります。自宅の片付けをしながら、爵位返還の知らせを待ちます。」



「早く知らせが届いて欲しいです。……わたくしがいなくなった事に気づかれる前に……。」



空想小説を見て、嬉しそうだった彼女の表情が曇った。



「大丈夫です。私が疑われたとしても、この別荘の存在は知られていない。

私は昼間1人で自宅にいるのですから、もし家捜しされても何も証拠はありません。」



「……そう…ですわね。」



「空想小説を読まれるのは構いませんが、ちゃんと食事も摂って下さい。

平民の食べ物なので、お口に合わないかもしれませんが……

あのような心痛の日々で、無理もないとは思いますが、貴女は痩せすぎています。」



「やはり痩せすぎの私は魅力がございませんか?」



「そんな事は……」



言いかけた私の唇に柔らかい唇が重なった。



「フフッ、冗談です。」



またあの悪戯っ子の微笑みだ。

なんとも可愛らしい。



「……平民の生活は厳しいものです。たくさん食べて体力をつけませんと、保ちません。

それに、たくさん食べてポンポンに太れば、別人に見えます。」



「ユーキは、肉付きの良い女性が好みなのですか?」



「ポンポンでもガリガリでも、私の好みはライラックです。」



「……ユーキ、大好きです!」



「私もライラックが大好きです。」



彼女を抱きしめながら、私は考えていた。



『大好き』という言葉、口づけと抱き合う事だけの、児戯にも似た愛情表現。これでいい。

『愛しています』と彼女に言えるのは、遠い国に逃れ完全に安全を確保した後だ。


……そして、結ばれる時が来たら……の話だ。……


我ながら変な拘りだが、『愛しています』と口にした瞬間、恋心に支配され、私は冷静な判断が出来なくなるような気がする。自分の欲望のままに、彼女の自由を奪い束縛しかねない。

それに、私はまだ自分の計画の綻びの可能性を危惧している。



彼女の身柄を保護するのは、完全に準備が整ってからのつもりだった。

思いがけず、王城へ行く日が早まった為、爵位が戻る前に連れ出したのだが……。

それだけではなく、何か見落としている気がする。それが一番の不安要素だ。

彼女に自分の不安を悟られてはならない。だが、聡い彼女はもしかしたらもう気付いているのかもしれない。



……私がこんな弱気では、駄目だな。少し冷静になって、もう一度不安要素を考えてみよう。……


【あとがき雑学】


三文芝居 (さんもんしばい):


三文という安値の価値しかない芝居。正規の料金を払う必要がないくらい下手くそな芝居。

転じて、底の浅い行動のこと。茶番劇。


※三文は、現在の価値で約50円〜90円程度であるようです。

江戸時代では一文銭が最低額の貨幣でした。


「早起きは三文の徳」ということわざがあります。

早起きをすると、わずかな徳があるという意味で使いますが、元々は、早起きしてもたいして良いことはないという意味だったという説もあります。


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