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ようこそ、異世界コンツェルンへ♪   作者: 三芳(Miyoshi)
※ ライラック ※
65/86

【64】※ ④acteur(演技) ※


「如何でしたか?リラ様との逢瀬は楽しめまして?」



部屋へ戻ると、クレール嬢は意地悪い表情を浮かべて言った。



「……いいえ。……リラ様はまるで別人でした。」



「ユーゴ様が慕っていらしたリラ様は、もうこの世のどこにもいらっしゃいませんわ。

百年の恋も冷める…そのような感じでしたでしょう?」



「……そうですね。お会いしない方が良かった……。

なんの為に彼女を庇い、平民になってしまったのか……今更ですが、後悔しています。」



クレール嬢の表情が変わった。期待に満ちた眼差しで私を見つめる。



「そうですわ。ユーゴ様は何も悪くなかったんですもの。

リラ様の為にご自分を犠牲になさった、優しい方ですもの。」



……そもそもの原因は貴女でしょうに……



「クレール様にそう言って頂けるとは、大変光栄でございます。」



顔が引き攣るのを我慢して、満面の笑みを浮かべてみせた。



「初めて名前を呼んで下さいましたわね。嬉しいですわ!」



「失礼致しました。身分の違いも考えず……。」



「そのような事は御座居ませんわ。

婚姻を結べば、敬称も不要ですもの。どうかクレールとお呼びください。」



彼女の中ではもう婚姻は決定事項らしい……私の思惑通りに。

悪寒が走ったが、演技を続けた。



「いえ、私は平民の身分です。このようにお話しさせて頂くだけでも畏れ多い事でございます。」



「それでは、すぐにもお父様にお願いして、爵位を戻して頂きますわ。

ですから……。」



突然クレール嬢が抱きついてきた。

寒気に襲われたが、力をこめて抱き締めた。



「ユーゴ様は、もう【わたくしだけの物】です。【絶対にわたくしだけを愛して】下さいましね。大丈夫ですわ。【わたくし好みの】立派な侯爵に【育てあげて】差し上げますわ!もう【絶対に離しません】わ。」



グラッと目眩がした。

頬を染め私を見つめている、金髪で白い肌のクレール嬢の顔が、一瞬黒髪で浅黒い顔の女性の顔に変わった。

……誰だ?どこかで……



「ユーゴ様、どうかなさいまして?」



「いえ…侯爵令嬢様をこの腕に抱き締められるなど…夢見心地になりまして…。」



「まぁ、ユーゴ様。わたくしもですわ。ですが、敬称はおやめくださいね。どうかクレールと。」



先程とは真逆の私の言動に、なんら疑問を抱いていないようだ。



……恋は盲目だからか?だが何故、そこ迄私に固執するのだろう?……



「ではクレール、私のような者をいつから、そのように想っていて下さったのですか?」



「初めてお会いした時からでございます。遥か昔からお慕いしていた方を漸く見つけた……それほど感動的な出会いでございました。」



遥か昔から……?



「それに、ユーゴ様はご存知なかったのでしょうけれど、高位の令嬢の間でユーゴ様は大変人気がございました。」



「私が…ですか?」



「知的でお優しく、見目も美しく、品がございます。しかし残念な事にお家柄が……嫁がねばならない令嬢にとって男爵家との婚姻など、絶対に認められない。

しかしわたくしなら可能なのですわ。皆様の悔しがるご様子が目に浮かぶようです。」



要するに…私はこの令嬢の優越感の糧という訳だ。



「リラ様は特に…ですわね。家柄も見目もわたくしよりも上、幼少の頃から、わたくしの自尊心を尽く折ってくださいましたもの。

リラ様が一番欲しかった物をわたくしが手に入れる。」



他の令嬢への優越感を得る為、リラ嬢への劣等感を払拭する為の『物』……

クレール嬢は『令嬢』という生き物の負の感情の全てを持ち合わせた女性なのだろう。

再び悪寒を覚えた。



「しかしリラ様は、もう感情を無くされているように思えましたが。」



「そうですわね…リラ様は第1王子のシモン様のお后候補でしたのよ。

でもあのような事があったので、お年の離れた王様の第4妃になられるのですわ。……お可哀そうに。」



言葉と裏腹に満面の笑みを浮かべている。怒りが沸き上がる。

……醜悪だ……

思わずクレール嬢を抱き締める腕に力が入る。

……だが……

力を抜いて言った。



「……私のせいですね……。」



「ユーゴ様、心中お察し申し上げます。でも貴方が責任を感じる必要はございませんわ。

リラ様ご自身が、令嬢に有るまじき振舞いをなさったのですもの。」



「しかし、リラ様は……」



「わたくしの前で、2度とそのお名前は呼ばないで下さい!」



クレール嬢はきつく言うと私の首に手をかけ、無理矢理唇を重ねてきた。

……吐きそうだ……



「わかりました。もうクレールしか見えません。」



相変わらず私に抱きついているクレール嬢は、腕に更に力を込め、私の胸に顔を埋めた。



「嬉しい!ユーゴ様…ようやくわたくしの【望みが叶い】ますわ。」



『ようやく望みが叶う』…?…背を這う悪寒とともに、再び記憶にない女性の姿が頭を掠めた。






「陽も落ちて参りました。私はそろそろ失礼致します。」



一刻も早く、クレール嬢から解放されたかった。



「お待ちになって。お帰りにならなくても…私と一晩ともに過ごされても…もう婚姻は決まったのですから…。」



頬を染めたクレール嬢の、それこそ端ない発言に怖気がした。



「私は平民の身分…本来侯爵令嬢様とこのようにお会いする事は勿論、ましてや一夜をともにするなど、周囲の醜聞を招きかねません。」



「そのようなご心配は無用ですわ。すぐにお父様にお願いして、爵位を戻して頂きますし、婚姻もすぐにでも。」



「ご厚情には感謝致しますが、やはり婚姻を正式に結んでからでなくては…恐れ多い事でごさいます。」



「では、マテュー家にも使者を送りますので、男爵家にお帰りになれば……。」



「いいえ、身の回りの整理もございますので、自宅に戻ります。」



「では、明日、迎えの者を送りますわ。」



「お世話になった方々へのご挨拶や、職場を辞する為の手続き等もありますので、暫く猶予を頂けませんでしょうか?」



「……そうですわね。わたくしったら、つい気持ちが急いてしまいました。」



「……私も気持ちは同じです、クレール。本当は一時も貴女から離れたくはない……。」



単に心底嫌いな相手への演技に疲れていただけだが、自分でも驚く程、気落ちした声が出た。



「ユーゴ様!嬉しい!」



クレール嬢は私の身体に抱きつき、唇を重ねてきた。



接吻の後、彼女は部屋の入口へ顔を向けた。



「リラ様、ご覧になっています?もうユーゴ様はわたくしの物、すぐに婚姻を結びますわ。」



……この女は!!……



怒りと憎悪で身体が震えた。見せつける為に、リラ嬢をこの部屋に呼びつけたのだろう。



「……はい。……おめでとうございます。」



姿を見せた彼女は、令嬢特有のあの微笑みを顔に貼り付けていた。



「リラ様も是非、結婚式には出席して下さいましね。」



そう言い放つと、抱きついた腕に力を込め、再び唇を重ねてきた。



……締め殺してやりたい!……



感情を殺し、クレール嬢を強く抱きしめ、長く接吻を続けた。



「もう、行って構いませんわよ。」



「はい。……お姉様、ユーゴ様、失礼致します。」



リラ嬢は最後迄貼り付けた笑顔を崩さず、部屋を出ていった。



「…さすがに秘め事を…他人に見られるのは恥ずかしいものですね。…」



憎しみの感情を悟られないよう、下を向いて言ったが、声が震えている。



「他人……フフッ、そうですわね。覗き見なんて端ない事をされるなんて、驚きですわ。」



……バレバレの嘘を平気で口にする……



「そうですね。やはりリラ様は変わられた……。」



「そのお名前は言わないで下さいまし!そう申し上げましたわ!」



「クレール、すみません。」



そう言って、力強く抱き締めた。



……本当に、息が出来なくなる程締めてやりたい……






「それでは、名残惜しゅうございますが、これで失礼させていただきます。」



「ユーゴ様、すぐに爵位は戻りますし、いつでもお迎えに参ります。御用が済み次第、ご連絡下さいましね。」



「はい。クレールに早くお会い出来るよう、なるべく速やかに終わらせます。それでは失礼致します。」



迎えに来た時と同じ従者と共に馬車に乗り込んだ。

まだ演技は続けなくてはならない。少しも疑念を相手方に抱かせてはならない。



「わざわざ送って頂き、ありがとうございます。」



「いえ。貴方は遠からず私の御主人様になるお方ですので、当然の事でございます。」



「…それでも、今は平民ですので…」



「そのような気遣いは無用でございます。」



「……はい。」



「侯爵家の方々は、皆様、貴方を好ましくは思っておりません。此度の婚姻の件は、クレール様の我儘で成り立つのですから。」



「…そう、でしょうね。」



「クレール様をどうお思いですか?」



「お慕い申し上げております。」



「……そうですか。貴方の地位は、クレール様の愛情だけで保障される。

その事をお忘れなきよう、忠信から申し上げます。」



「…充分理解しております。」



……愛情だけで…何も期待されないお飾りの侯爵。

地位と引き換えに、クレール嬢のご機嫌取りをする男娼になれ、という事だ。……



改めて貴族社会に嫌気が差す。



その後は会話もなく、馬車は自宅に到着した。



「爵位につきましては、国王の許可が降り次第、ご連絡申し上げます。」



「はい。よろしくお願い致します。」



「それでは、失礼致します。」



「ありがとうございました。」



夜の闇に消える馬車を見送り、肩から力が抜けた。

ようやく演技は終わったのだ。

異様な疲労感に襲われ、その場に座り込んだ。



……いや、脱力している場合ではない。すぐにも行動を起こさねば……



自宅に入り、当座必要な荷物を簡単にまとめた。



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