【61】※ ①romans(長編小説) ※
今回から暫く話の毛色が変わり、字数もボリューミー(和製英語ですね)になります。ほぼロマンス小説を突っ込んだ感じです。
『第4王妃が決まったそうだ。』
……紫紺の瞳、紫紺の髪、優しい笑顔を浮かべるたおやかな少女……
街中でその話を耳にした時、彼女の姿が鮮明に頭に浮かんだ。
〜~~~~~~~~~~
2年前……
「あの……。」
見慣れない美しい少女が、躊躇いがちに声をかけてきた。
「はい。何かお探しですか?」
「…ビブリオテケール様…このようなお願いは、端ないと思われますよね…。」
「?…どのようなご用件でしょうか?」
「……わたくし、本を探しておりまして…。」
ここはブルージェ王立図書館の受付だ。本を探す事を、何故端ないと思うのだろう?
「どのような本でしょうか?タイトルを仰って頂ければ、すぐにお探し致しますが。」
「タイトルは『aventure de la sainte fille(聖少女の冒険)』なのですが…」
……あぁ、成る程……
「申し訳ございません。その本は、王立図書館にはございません。」
「…やはり…そうですか…。」
王立図書館は貴族のみが利用出来る図書館だ。
『聖少女の冒険』は、平民の間で流行っている『空想小説』と呼ばれるジャンルの小説で、貴族の子女が読むべき物ではないとされている。拠って王立図書館には置いていない。
「……あの……希望すればここにない本でも蔵書に加えて頂けると聞いたのですが……。」
「申し訳ございませんが、『空想小説』は例外でございます。」
「……そう…ですよね……。」
「……お役に立てず、申し訳ございません。」
「……いえ……こちらこそ、ご無理なお願いを致しまして、申し訳ございませんでした。」
かなり残念な様子でそう言った少女は、寂しそうに微笑んだ。
あまりに悄然とした後ろ姿に、何故だろう…思わず声をかけてしまった。
「お待ちください。私の私物でよろしければ、お貸しする事は可能ですが。」
少女は先程とは打って変わった満面の笑みで、振り向いた。
「ビブリオテケール様、本当にありがとうございます。わたくし、どうしてもこの本が読んでみたかったのです。」
初めて会った日から3日後、閉館後の約束の時間に現れた少女は、本当に嬉しそうにそう言った。
紫紺の瞳、紫紺の髪、とても美しい少女だ。
その笑顔に、思わず頬が熱くなるのを感じた。
「わたくし、リラ・ルグランと申します。失礼でなければ、お名前をお伺いしても?」
リラ・ルグラン…
ルグラン家といえば、歴史も古く、王族も認める力のある辺境伯家だ。
「……私は、ユーゴ・マテュー、しがない男爵家の三男です。」
「そのように仰る必要はございませんわ。わたくし…余計な事を言ってしまいましたでしょうか?」
「いえ、本来私などルグラン家の方とこのようにお話し出来るような家柄の者では、ございませんので…。」
「家など関係ございませんわ。わたくしは貴方様にとても感謝しております。人と人との繋がりに家柄など関係ありません。マテュー卿…いえ、ユーゴ様、そうお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ビブリオテケールでも、マテューでも、ユーゴでもお好きなようにお呼びください。」
「ではユーゴ様、わたくしの事はリラとお呼びくださいね。」
リラ嬢はそう言って、微笑んだ。
年はまだ10代後半位か。
この王国では身分の差は、絶対だ。
同じ貴族であっても、家柄の違いで差別される。
公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵…最下層である男爵家の三男坊であるが故、王族主催のパーティーなどにも参加した事はなく、上位貴族の令嬢とは仕事以外で話をした事もない。
辺境伯家は公爵と同じ位…いや、それ以上の権限を持っている。
通常、上位貴族の令嬢ならば、例え年若くても身分の低い男爵家の人間には、冷たい視線を寄越すだけだ。
それに『空想小説』に興味を持つとは…変わった少女だ。
「ユーゴ様は、本がお好きなのですね。」
「はい、幼少の頃から読書は好きでしたが…何故そう思われたのですか?」
「お仕事の事もございますが、『空想小説』をご自身でお持ちになっていらっしゃるんですもの。本がお好きでなければあり得ない事ですわ。」
仕事は司書だ。王立図書館で2年働いている。確かに本は好きだが、仕事にするつもりはなかった。
剣術は人並み以下、魔術は一度行った事のある場所に限定される転移魔法のみ、なんともショボい魔法しか使えない。
複数の攻撃魔法を操り、剣術の腕も優れている次兄のように、騎士団に士官出来る程の技量はなかった。
20才の頃、たまたま王立図書館に欠員があり、司書の資格を持っている自分が雇われただけなのだが…
「リラ様は何故『空想小説』をお求めになったのでしょうか?…」
「わたくしの家の侍女が『aventure de la sainte fille(聖少女の冒険)』の話をしてくれたのです。
冒頭を少し聞いただけなのですが、とても興味を持ちました。お父様に購入をお願いしたのですが、そのような戯言が書かれた書物など、読む必要がない、と一蹴されました。」
少し悲しそうな表情でそう言った。
「……お父上がそう仰ったのならば、私は余計なお世話をやいてしまったようですね。」
「いえ!いえ!そのような事はございません。わたくし、本当に読みたかったのです。心から感謝申し上げますわ。」
取り上げられまい、と言わんばかりに、先程渡した本を胸に抱き締めている。
「リラ様は、不思議な方ですね。私のような身分の低い者にも普通にお話しをして下さいます。」
「……ユーゴ様、先程も申し上げました通り、身分など関係ございません。わたくしは、人の価値は身分で決まると思った事など、一度たりともございません。御自分を卑下するような物言いは、二度となさらないで下さいまし。」
本気で怒ったような表情を見せた。
貴族令嬢は皆、貼り付けたような微笑みを常に浮かべている。
表情がコロコロ変わる…本当に上位貴族令嬢らしからぬ不思議な少女だ。
「表情が豊かでいらっしゃいますね。」
つい口をついて出た言葉に
「あらっ……わたくしったら、端ないでしょうか…。」
少し顔を赤くして、上目遣いでこちらを見る。
なんとも愛らしい表情だ。
「いえ、とても可愛らしくていらっしゃる。」
「……ありがとうございます。そのように仰ってくださるのはユーゴ様だけです。」
「そうでしょうか?」
「感情を面に出すのは、端ない事だと、よく叱られます。ですので公の場では、わたくしも気をつけているのですが……ユーゴ様の前では素が出てしまいますね。」
少し恥じらいながら、微笑む表情も美しい。
「そう言って頂けて、大変光栄です。」
「……あの……お借りした本をお返しする時、またお話しをして頂けますか?」
「……私などで良ければ。『aventure de la sainte fille(聖少女の冒険)』は長編ですので、お父上に叱られないのであれば、残り全ての刊を次回お持ち致します。」
「お父様には内緒ですので、一冊ずつでお願い致します。……そうすればユーゴ様とお話し出来る機会も増えますし…。」
少し頬を染めて、リラ嬢は微笑んだ。
それから貸した本を読み終えると、リラ嬢は王立図書館にやって来た。
図書館の隅で本を読みながら、私の司書の仕事が終わる迄、待っていた。
流石に人目が気になったので、職場で話をする事は憚られた。
思いがけず、図書館に程近い、リュンヌ侯爵家の別邸を利用出来る事になった。
「この度は特別なお取り計らいを頂き、感謝申し上げます。」
「いえ、よろしいんですのよ。マテュー卿にはいつもお世話になっておりますし、何よりリラ様からのたってのお願いですもの。」
クレール・ド・リュンヌ嬢は頻繁に王立図書館を利用していた。
面識はあったが、やはり貴族令嬢らしく貼り付けた微笑みと冷たい眼差ししか印象になかったが、今日は印象が違う。
「リラ様は辺境伯令嬢とはいえ、わたくしより2つ下……可愛い妹みたいな方ですもの。遠慮なさらず、いつでも来て頂いて構いませんわ。」
クレール嬢は私を見つめると、そう言って微笑んだ。
リラ嬢の従姉妹であるクレール嬢の計らいで、リュンヌ侯爵家の別邸で、物語の内容や感想等、色々な話をした。
流石に『空想小説』に興味はないようだったが、何故か毎回クレール嬢も顔を出した。
「ユーゴ様、本当に『aventure de la sainte fille(聖少女の冒険)』は、とても面白いですね。何故このように素晴らしい小説が戯言本などと言われるのか、わたくしには理解出来ません。」
『空想小説』は確かに面白いと自分は思う。しかし、貴族社会においては『Si』の空想は無駄…いや、むしろ雑念を抱かせる余計な物なのだろう。
王国は身分制度で成り立っている。生まれた家の格によって、歩む人生はほぼ決まっている。
「それは、この貴族社会において空想する事が虚しい事だからではないでしょうか。」
「虚しい…ですか?」
「……いえ、違いますね。恐らく平民が書いた、荒唐無稽な話だからでしょう。読んでも何の知識も得られない、むしろ雑念を抱かせる余計な物と思われているからでしょうね。」
王立図書館には、国の歴史や学問書、魔法学、貴族のマナー等、実用的な書物が多数ある。
それでも数は少ないが、貴族の書いた小説も存在する。だが空想ではない回顧録的な内容の物ばかりだ。
「荒唐無稽の何が悪いのでしょう…わかりません。少なくとも、わたくしはこの物語を読んで胸が踊りました。書物は知識を得る為だけの物ではないと思います。ユーゴ様もそう思われますよね?」
「はい。私は幼少の頃から夢想しがちの変わった少年でしたから。」
少し自嘲気味に微笑んだ。
「でしたら、わたくしと同じですわね。変わり者同士です。」
彼女は嬉しそうにそう言った。
胸が踊る……彼女はそう言ったが、それはまだ物語の半ばを読んでいるからだろう。
『aventure de la sainte fille(聖少女の冒険)』は決して夢物語のようにハッピーエンドの結末ではない。
主人公ジャンヌが、神の啓示を受け、国王となるべき人物の為に戦う物語だ。国を救った英雄…しかし最後は為政者の思惑により、魔女として処刑されてしまう悲劇的な物語だ。
確かに、胸踊る冒険譚だが、空想とは思えない人間模様が描かれてもいる。
最終話を読み終えた時、リラ嬢はどんな感想を持つのだろうか。
……しかし、彼女は最終話を読めなかった。
『空想小説』の貸し借りが始まって6ヶ月程過ぎた頃、ほぼ2週間毎に王立図書館に来ていた彼女は、パタリと姿を見せなくなった。
そして私は長兄に呼び出された。
「お前に縁談がある。これは是非とも受けて貰わねばならん。」
「……私に?兄上ではないのですか?」
次兄はまだ婚姻していない。優秀な兄で騎士団でもそれなりの地位がある。
「あちらからのご指名だ。相手はリュンヌ侯爵家、クレール様だ。こんな名誉な事はないぞ。」
通常、男爵家と侯爵家の縁組はまずない。家柄が違い過ぎる。
リュンヌ侯爵家には男児がいない。
長女であるクレール嬢が婿をとるのは自然な流れだが、男爵家からというのはかなり異例な事だ。
マテュー家にとっては名誉な事だろう。だが何故私なのだろう?……
「……申し訳ありません。私はまだ婚姻するつもりはございません。そのお話は兄上に……」
見る見る長兄の顔色が変わり、叱責を受けた。
「やはり…お前は…そうなのだな……
ルグラン家の令嬢を誘惑するとは何事だ!!」
「!?……私はそのような事はしておりません。」
「嘘をつくな!!リラ嬢に『空想小説』を薦め、あろう事か、侯爵家別邸で逢瀬を重ねていた事はわかっている。証言者もいるのだぞ!!」
「……確かに『空想小説』を貸した事は認めます。しかし……」
「なんという事をしてくれたんだ!!お前は男爵家を潰す気か!!そんなお前にこのような縁談話が来るだけありがたいと思え!!お前に拒否権等ない!!」
破格の縁談話……にも拘らず、最初から長兄の顔には笑顔の欠片もなかった。
マテュー家の存亡の危機、聞く耳を持たないか……長兄は家を守る事に必死なのだろう。最早弁明は、無駄だと悟った。
証言者……心当たりは一人しかいない。しかもその当人との縁談話とは……
心底うんざりした。
恐らく、リラ嬢も今辛い状況に置かれているのだろう。
……ならば……
「兄上…誠に申し訳ない事を致しました。私のせいでマテューの家名に傷をつけてしまいました。
リラ様の美しさに、身分の違いをも忘れ、一方的に恋心を抱きました。
嫌がるリラ様に無理に『空想小説』の本を貸し、何かと口実をつけては侯爵家別邸に上がりこんでいました。
逢瀬と呼べる物ではなく、私が強引にリラ様を誘ったのです。
マテュー家と縁を切られても、文句は言えません。」
「……お前という奴は……」
怒りで声が震えている。
「……自室で反省しろ。外出する事はまかりならん。事の次第はルグラン家に私から伝える…。侯爵家との縁談も破談になるだろう……。」
力なく呟くと長兄は部屋を出て行った。
リラ嬢に淡い恋心を抱いていた事は事実だ。
本当に逢瀬と呼べる物ではなかったが、彼女との会話は楽しかった。
会う毎に、彼女を愛しいと思う気持ちが増す自分を自覚していた。
だが、身分の違いがどういう事なのか、わからない程子どもではない。
侯爵が私などを指名する筈がない。令嬢の希望だったのだろう。
そして証言者も…。クレール嬢が、醜聞と縁談の元になっている。何故……
もうどうでもいい。私の供述でリラ嬢の名誉は守られ、縁談も破談になるのだから……それに
……自分は、貴族社会に嫌気がさしていた。
色々な意味で貴族の身分に疲れていたのかもしれない。
マテュー家から開放されたら、平民になって、空想小説を自由に書くのもいいかもしれないな。……
そして数日後、望み通り爵位を剥奪され、私は平民になった。




