【51】※ in the darkness(暗闇の中で) ※
今迄、俺は晴=安倍晴明だった。
今回も、憑依していた感じはしない。魂の抵抗感が全くなかった。
7歳の頃から、おそらくは40年程は、あの世界にいただろう。
戦時下の日本滞在より、遥かに長居をしていた。
異世界コンツェルンでは、どれ位の時が経っているのだろう。
まぁ、あそこは独自の時が流れている、とトーマが言っていたから、然程の時間ではないのかもしれない。
一向に次の着地点に着く気配がない。
少しだけ不安になった。
……このまま、底なしの暗闇に吸い込まれて行くのかもしれない。……
そう思ったからだ。
……前回で、何かが吹っ切れた気がしたが、俺もまだまだだな。……
先程俺の名を呼んだのは、確かにトーマの声だった。
一緒にいたハルではなかった。
だとしたら、あれは覚醒を促す声ではなかったのだろう。
初めは、落下は一度だけだった。
アンリが国王を処刑した現場に、国王を断罪する人間の一人として存在していた。俺は、確かに憎しみや妬み、怒りといった感情に支配されていた。
あの時、切断された『首』が、俺に語りかけてきた。
「……何故…ここにいる……」
「……何故……何度も苦しめる……」
『……お前は…何者…なんだ!?…』
……う〜っ!!ホラーは苦手だ。……だが……
あの首は、確かに俺に向かって言葉を発していた。
何故?……俺はあそこにいたのだろう?
何故?……何度も苦しめる、とは何のことだろう?
お前は何者?……俺は…わからない。
そして、戦時下の日本。
あの時も、魂の抵抗は全く感じず、俺は『勇気』という少年だった。
『自分の弱さを認められる自分』
『恐怖を自分で制御し、行動する意志を己で持つ』
あの体験で、『勇気』の本当の意味を知ったような気がする。
((……己の弱さを自覚せず、ただ何かに怯え、自分の意志など特にはなく、周りに流されて、取り返しのつかない場所に流れ着いた……))
一瞬、脳裏に浮かんだ言葉。
「!?………。」
胸の奥が、ザワつく。……
……まさか……記憶を無くす前の俺の事なのか?……
俺は頭を振り、ハルに言われた言葉を思い返した。
『記憶がまっさらなら、これからご自分で染め上げていけば良いのです。ご自分の色に。』
……そうだ。思い出せない過去の事を推測し、思い悩んでも仕方ない。……
だが『取り返しのつかない』と言う文言が、頭の隅にこびりついた。
……俺は、これから、あの少年のように、本当の勇気を持つ努力が出来るのだろうか?……
そして、更に落ちて、俺は誰かの言い争う声を聞いた。
2人の男が、何かのプロジェクトの秘密漏洩を巡って、言い争っていたようだ。
肝心な所は、聞き取れなかったが『禁忌』と言う言葉が妙に頭に残っている。
俺はその2人のやり取りの最中、心が動揺し……
何かが俺から乖離していった。
そして、意識がはっきりしない俺に
「お前が、やれ。」
「俺はもう、動けない…。頼む……。」
「…頼む、…終わらせて…やってくれ…」
姿の見えない何者かは、よくわからない頼み事をしてきた。
やれ。……何を?
終わらせてやってくれ。……何を?
不可思議な暗闇の底での体験……全く訳がわからない。
そして、レオン、いやレオニダス王……
彼はカリスマ性を持つ人物だった。
圧倒的戦力差を覆す程の、士気の高揚。
そして、大局を見ながらも、末端の配下の事に迄気を配っていた。
だが、人を殺し、恐らく殺されたのは初めてだった……今も生々しく思い出せる。
肉や骨を断つ感触、血の臭い、身体中に感じた疼痛。……一切、何も気にならなかった。俺はあの時、何の感情も抱いていなかった。
ただ、王の為に、仇を討つ為に、武器を振るい続けていた。
…通常の俺の精神では、あり得ない事だろう。だが、今思い出しても身体が震える事はない。
……今迄の出来事全てが、バラバラで、掴み所はないが……
全てに繋がりがあるようにも思える。
……久しぶりに、実に色々な事を考えているな、俺。……
『異世界コンツェルン』、訳がわからない企業体だ。
その前の自身の記憶は皆無だが、『異世界コンツェルン』に来てから、あまりに多くの体験をした。
だが、次々と起きる出来事の意味を、深く考える暇もなかった。……
研修をこなし、正社員となった後、点数を稼いで、望む転生転移先を選び、退職する。
通常ならば、それだけでいいのだろう。
だが、俺の場合、途中で様々な世界に落ちている。
その世界の誰かに『憑依』……いや、その本人に成りきっている。
それに、違法転移転生や識別コードのコピー等……『あのお方』の存在。
どう考えても、すんなり退職出来るとは思えない。
チームメイトも多種多様だ。………
そういえば、アンリも、レオンも、俺の時空の歴史上の人物だった。
ただの偶然とは思えない。
俺のチームには、『歴史上の人物』縛りでもあるのだろうか?
(まぁ、俺は例外だろうが……『oblivion』だから?か……。)
だとしたら、やはりトーマは蘆屋道満、ハルは安倍晴明という事になりそうだ。……
ハルがあまり頭を下げない=烏帽子が落ちるから頭を下げない……お辞儀が下手なのは、その習慣の為せる事か?
そう思いながらも、俺は少し違和感を感じた。……何かが少し引っ掛かる。
ハルとの会話を思い出す。
「私は、短気を起こさぬよう、止めましたが、トーマは集団の決定に異を唱えてしまいました…。」
………俺の行った世界では、止めたのは、晴≒ハルではなかった。……
「……しかも、その噂の出処は、トーマが庇い、そしてトーマを裏切った者。
その者は、貴族社会で伸し上がりました。」
……噂の出処は貴族らしいし、トーマが庇った者は、多分、晴≒ハルだが、晴はトーマを裏切ってはいない。
それに、晴は、途中で名を捨て、貴族社会で伸し上がってはいない。
裏で暗躍する事は、伸し上がるとは言わないだろう。……
チーム内において、トーマはハルを毛嫌いしている。
多分、最初からだ。
晴≒ハルが、自分の名を騙り(騙ってはいないが噂で)、悪名を後世に残したからか?
もし、時空軸が同じで、俺が晴に成りきっていたのであれば、それは俺の責任だ。
それをやったのは『俺』であって『ハル』ではない。
だからトーマはそれに気付いて、俺を避けるようになったのか?………
いや、多分違うだろう。
道満は最後に言った。
「未来永劫、二度と会う事はないだろう。」と……。
この異世界コンツェルンで、トーマは『ハル』と『(晴だった)俺』、計らずも、2人の晴明に会ってしまったとしたら、道満の予言はハズレだ…。
いや、そもそも本当にトーマが道満、ハルが晴明なのか?
……大前提が違うのかも……
また、俺がいた平安時代(多分)は、ハルやトーマのいた時空とは違う、とも考えられる。
それ以前に分岐路で分かれ、違う道を辿った世界。
………本当に?
本当に、そんな世界……あるのだろうか?
………いや、何を今更だな。………
それにしても、纏まりのない思考能力だ。
色々な事を思い出したり、考えたり……だが、何一つ、実りはない。
……レオンに言われたっけ。
『お前は頭がデカイ。』と。……
自分一人で、色々考えていても、堂々巡りだ。
だが、だからと言って、チームメイトに、俺の意識が飛んだ時の話をし、相談する気にはなれない。
いや、してはいけない気がする。
誰しも、己の過去に干渉されたくはないだろう。
「ホウレンソウ『報告』『連絡』『相談』を怠る、俺はダメ社員なのかもな。」
自嘲気味に、どうでもいい事を、暗闇の中で呟いた。




