【50】※ Fall dawn(落下)⑤ ※
帰京後、初めて私が宮中で帝に謁見した際、法師の姿はそこになかった。
「賀茂保憲殿、道満法師のお姿が見えないようですが。」
「……道満法師は宮中から、追放されました。」
「…!!…どういう事ですか!?」
私は、京中で持ち切りの噂話を、初めて聞いた。
「……そんな……法師……。」
「宮中でも、京に住まう人々の噂話を放っておく事は出来なかったのですよ。
それに、以前、道満殿は、貴族達の決定に異を唱えた。」
「……以前?…」
「晴明殿がまだ幼き頃、『化性の血を受けた者は、いずれ帝に害を為す。その者を排除する』という決定がなされました。」
……私の事だ。……
「それに真っ向から反論したのが、まだ新参であった道満殿でした。
私はお止めしましたが、道満殿は聞かなかった。
思えば、その頃から貴族の不興をかっていたのでしょう。」
「………。」
「『化性の血を持つなどと、有り得ない噂がある程、力のある者を排除するなど、実に勿体ない事です。彼の者はいずれ、必ずや帝のお役に立てます。』そう、仰って。」
「……それで、私の実力を試す為、あの『長持占い』が催されたと……。」
「えっ?…はい。その通りでございます。」
……やはり法師は、わかっていたのだ。それをわかっていながら私の命を助ける為に。……
「法師殿は……法師殿はどこにおられるのですか!?」
「……残念ながら……市井の片隅で、お亡くなりになったと…。」
「…………。」
私は、その場に崩れ落ちた。
「……晴明殿、大丈夫でございますか?」
「保憲殿、それで……その数々の噂の出処は……。」
「……私にもわかりません。
おそらくは多数の貴族が、出入りの商人らに、それとなく流した物ではないかと……。」
………『そんなに泣くな、晴。』
『晴は賢いな。私がこれから色々教えて差し上げよう。』
『晴、烏帽子が落ちるから、そんなに頭を下げてはいけない。』……
私は泣かなかった。
胸に去来する悲しみ、怒り、全てを飲み込んで、立ち上がった。
「……晴明殿?…」
「保憲殿、私はこれから、戦います。陰陽師の名前を汚すかもしれません。表舞台には、二度と立たない。
陰陽道の頭は、保憲殿にお願いしたい。
宜しければ、『作られた虚な人気』の私の名前を利用して頂いて、構いません。」
私は、安倍晴明の名前を捨てた。
それから、私は密かに宮中に舞い戻り、貴族の一人に匿われた。
勿論、表には立たない。
貴族同士の足の引っ張りあい、帝の跡継ぎ争い、その度に、裏で暗躍する者。
『道満法師』の仕業と噂された。
だが、それは全て私の復讐劇。
果ては、私を匿っていた貴族すら、落とし入れた。
呪術を駆使し、天文道で学んだ計算も用いた。
そして、歳月は経ち、私は京の町で、一人の少年に出くわした。
「……晴、何をやっている!?
陰陽道も捨てたのか?」
「!?」
「人の生き方は、顔に現れる。
酷く、醜い顔付きになったものだな。」
「……まさか……。」
「復讐心など何も生まぬ。
私がそんな事を望んだと思うのか?見縊られたものだな。
私は己の命運をかけて、晴に期待をかけたのだ。
才能に恵まれていた若者に。」
「……兄様!?」
「これ以上、私の嘗ての名を貶める事はやめてほしい。」
「……兄様……」
「晴、私は貴殿を見誤ったようだ。」
「……兄様、兄様!……」
「未来永劫、二度と会う事はないだろう。」
「………道満……法師………兄様………。」
年端も行かぬ少年に、縋り付きたい気持ちを抑え、私はその場に立ち尽くした。
嘗ての法師が立ち去った後、私は泣き崩れた。
町の真ん中、人々が行き交う街道で、人目も憚らず、初老の私は泣きに泣いた。
「道満……兄様……」「ドーマン……アニサマ……」
地面が歪んでいる。涙で歪んで見えるのか?……いや、己の身体ごと歪み始めている。……悲しみや後悔で身体が溶け出していくようだ……
溶けて……漆黒の土に埋もれていく。既に視界もない。
『トーマ……アニキ……』………………………
……トーマ!?………晴……セイ……晴明……( せいめい/ はるあき)……ハル!?
……私…は……セイ?……ハル…なのか?……
……私は…………………
『ユーキ!』
混濁した意識に、活を入れるような声がした。
………そうだった、俺はユーキだ。……
そう思う間にも、沈んで行く。暗闇を更に深く……
『俺』の意識は、はっきりと戻った。
だが、泣き濡れた顔が、まだ涙で冷たい。
「トーマ……今、俺を呼んだよな。」
先程迄の道満法師に対する恋慕の気持ちが、まだ残っているのだろうか。
無性にトーマに会いたくなっている自分に気づき、頭を振った。
ハルは何かにつけ「貴方にはトーマが必要です。」と言う。
そして「トーマにも貴方が必要です。」とも。
ハルが安倍晴明だとしたら、何かが見えているのかもしれない……優秀な陰陽師だった筈だから……いや、違うな。
逸話では、人間離れした能力を持っていたとされる晴明だが、少なくとも、『俺』晴明は、凡人だった。
ハルは何を思ってそんな事を言うのだろう?……
ハルの転移転生の望みとは?
……思い切って、ハルに聞いてみるか……
更に闇を浮遊し、下へ落ちていく。
……研修は、どうなっただろう?
俺のせいで、今回は減点になるな。
ハルには悪い事をした。……
フッ、と笑いがこみ上げた。
人間は、環境、状況に慣れる動物らしい。
以前と比べると、この暗闇を落下する浮遊感にもだいぶ慣れたようだ。
……落下しながら、研修の事を心配するとは、我ながら、薄情…いや、余裕だな。……
先程迄の痛むような悲しみ、後悔は薄れ、以前のような焦りも不安感もない。
それが良い事なのか、悪い事なのか……自分にもわからない。




