【49】※ Fall dawn(落下)④ ※
「それでは、これから審議を行う。両者とも宜しいか。」
「はい。」
「……はい。」
……どうして、こんな状況になったのだろう?……
あれから、1年、僕は父君の申し付け通りに、天文道と陰陽道の2つを学ぶ為に、賀茂家に出入りしていた。
法師とも時々会ってはいたが、陰陽道を教えてくれる事はなくなった。
だが、今日の占い勝負の相手が、まさか法師だったなんて……。
見届ける観衆は、皆それぞれに好き勝手な囁きを交していた。
「狐童様が勝つのであろ。」
「これ、これ、神童様であろ?失礼であろうが……狐の不興を買うと、祟られますぞ。」
「ほっ、ほっ、ほっ!違いない。あな恐ろしや。」
「法師殿もこの宮には不要な御人。
お二人ともに外せば、私達は重畳でございますな。」
……勝手に言ってろ!
僕達は2人とも外さない!……
「長持をこれへ。」
僕と法師は、並んで座っていた。その前に、長持が運ばれてきた。
「帝のご指示である。中に何が入っているか、占ってみよ。」
……中に何が入っているかは『知っている』。そして、法師も。
僕は、賀茂保憲殿から長持の中身を予め教えられていた。
そして、それを法師にも伝えたからだ。
中身は『大柑子』15個。
……だが、箱の角にあった、穴を塞いだと思われる不自然な板の存在に気づいた。
法師も、気付いているだろう。
箱の中で、微かに音がする。耳を澄ませば、複数の生体の咀嚼音。
……誰かが細工をした。そうに違いない。
ミカンは15個、ならば同数の小さな生き物、おそらく鼠だろう。
法師の目も角の板に向いている。……ならば、大丈夫。法師なら、この状況を見誤る事はない。……
「……もう良いか?……それでは、両者とも同時に、長持の中身を述べよ。」
「鼠が15匹。」
「ミカン15個。」
………えっ!?……なんで……兄様?……
周りのざわつきも耳に入らなかった。僕は呆けたように、法師の冷静な顔を凝視していた。
「それでは中を検める。」
目の前で、長持の蓋が開けられた。中から慌てふためく、15匹の鼠が四方八方に逃げ惑った。
「安倍晴明、よくやった。貴殿は、宮家に仕えるに値する。
これより先、晴明殿を誹謗する事は、許されぬ。」
大臣のその言葉に、それ迄は陰口をたたいていた周りの公家達は、手の平を返したように、称賛の声を上げた。
「流石は、神童様。よく見抜きましたのう。」
……黙れ……
「端から、儂は信じておった。」
……黙れ、黙れ!……
「流石は安倍家のご子息!」
……黙れ、黙れ、黙れ!!……
法師は冷静な顔を崩さず、まだ長持を見つめている。
……なんで!?兄様にもわかっていた筈だ!どうして……
フッと、法師は僕の方を見て微笑んだ。
「晴明様のご慧眼には、参りました。」
そう言って、上級の礼を僕に向けた。
……兄様……やめてよ。……
僕は泣きそうになるのを、堪えながら、ただ法師の顔を見つめていた。
それから、法師は僕に会ってくれなくなった。
何度会いに行っても、門前払いをされた。
僕は、どうしても、あの時の事を聞きたくて、待ち伏せ迄した。
そして………
「兄様!何故、僕を避けるのですか!?
お話しを少しだけでも……。」
「貴殿にお話しする事は、もうございません。」
「あの時の事をお怒りなのでしょうか?
……僕は兄様にも細工がわかっているものと……。」
「私などに、近づかれぬ方が、貴方様の為です。どうぞ、学問に励んで下さい。」
そう言い残し、振り返りもせず、法師は去って行った。
心の中にポカリと穴が開いたようだった。
それから、その穴を埋めるように、必死に勉学に励んだ。
そして、歳月は流れた。
宮に出仕する機会も増え、法師と顔を合わせる事もあったが、法師は私を無視し続けた。
私は、妻を娶り、学問にも打ち込み、それなりに安定した日々を送っていた。
そんなある日……
「晴明殿、唐の伯道上人のもとに修行に行ってはみませんか?」
賀茂保憲殿にそう言われた。
「唐の方……ですか?」
「左様でございます。晴明殿に是非とも、伯道上人の知識を学んできて頂きたい。」
賀茂忠行殿は、既に亡くなっていた。
宮中では「保憲派」「晴明派」とかいうくだらない連中がいて、どちらが陰陽師の頭になるか、勝手に争っているようだ。
宮の貴族は余程暇なのだろう。
「畏まりました。私で宜しければ参りましょう。」
「快諾頂き、感謝致します。
宮中の噂話は、気にする事ではございません。
私がしっかり、貴族を抑えておきますので。」
「お心遣い、痛み入ります。」
宮や、陰陽師の頭の事など、どうでも良かった。
私は、ただ新しい知識を得られる事への期待感に興奮していた。
そして、私は唐の伯道上人のもとで数年修行に励んだ。
都で、実しやかに拡がる噂の事も知らずに……。
「晴明様の留守中、道満法師は、晴明様の妻に近づき、不義密通をしている。」
「法師は、晴明様が修行を終え、帰京される途中、伯道上人から授かった書を盗み、身につけた呪術で晴明様を殺害した。」
「第六感で晴明様の死を悟った伯道上人が、呪術で晴明様を蘇生させた。」
「晴明様の母君は『葛の葉』という狐の化性だ。だから、晴明様は蘇生出来たのだ。」
都の人々は私の顔さえ、知らない。
だが、噂は尾鰭をつけ、あっという間に、拡がり続けた。
晴明様は『善』、道満法師は『悪』。
日の本の民は、勧善懲悪が大好きだ。
私が帰京した時には、既に京中で、私の人気は絶大な物となっていた。
【あとがき雑学】
『尾鰭』(おひれ)
意味:事実ではない、誇張を交えて話す様。話に余分なものを付け足すこと。
「尾ひれ」であり、「尾びれ」ではありません。
「尾」と「ひれ」の2つをつけるという意味です。
本体に「付けたす」から、「ありもしない事実をつけ足す」というニュアンスで「尾ひれをつける」というようになったと考えられているようです。
『実しやか』(まことしやか)
意味:いかにも本当らしく言う様。
ある物事について「いかにもそれが本当であるかのように言う様子」の事。
なので「まことしやかにささやかれて」いるウワサは、事実ではない可能性が高い。




