【44】※ Practical training(実技研修) part7 ※
「……そういえば、トーマの話ばかりになってしまいましたね。」
「そうだね。ハルの話も聞かせてほしいよ。」
ハルと俺は、次の研修先『異世界レセプション』へ向かっていた。
「私の話は、実につまらない物になりますが、よろしいでしょうか?」
「つまらない?」
ハルは少し寂し気な微笑みを浮かべた。
「……最初の記憶は、先程もお話させて頂いたように、貴族の公僕として仕え、その生涯を終えた……一言で表せば、そういう人生でした。
そして、1度目の転生後も、状況はほぼ同じでしたね。」
……?……ハルの言い方は、何処か投げ遣りだ。……
「……そうか。」
「五度転生を致しましたが、ここに来たのは三回目です。」
「転生が5回なのに、3回目?」
「そうですね。数が合いません。
……私も以前、不思議に思った事もありますが、今では確信しています。
転生は、何も、ここに来なくても、果たせる物であると。」
「じゃ、異世界コンツェルンがあらゆる時空、世界の魂を管理している、という話は?……誇張された話なのか?」
「……私にも、それはよくわかりません。
ただ、何かしらの望みを抱き、過去へ転生するには必要な場所なのかもしれません。」
「望み……過去?」
「私も、ですが、何度か転生を繰り返した者に聞くと、皆、ここに来た時は、必ず過去に転生しているようです。
一縷の望みを持って……。」
「じゃ、ここと関係なく転生した時は、少なくとも時間は進んでいる世界に転生した、という事なんだな?」
「はい、その通りです。」
では、チームメンバーもそれぞれ『過去』を望んでいるのか……だが、レオンはここに来て、俺の話を聞き、希望の転生転移先を未来に変えた。……
「なぁ、今のハルは過去に戻りたいのか?」
「……そうですね。今回は望みを抱いて参りましたので。」
……ハルの望み?…何なのだろう?……
しかし、なんとなく聞く事は躊躇われた。
「ここに来ずに転生した時は、どんな感じだったんだ?」
「どんな感じ……そうですね、死亡してから、特に何もなく新たな人生が始まりました。
まぁ、この世界に来て、それ迄の記憶が甦ったので、わかった事ですが。」
……『何かの目的を持って過去に戻る望みを抱く事』が、この会社の社員になる条件と言えるのかもしれない。
それに、転移はわからないが、転生は、この会社と無関係にあり得る事なんだ。
だとしたら、この異世界コンツェルンの存在意義とは…『過去』が関係するのか?……
「…………。」
「ユーキ、もう着いてしまったようです。」
「……着いてしまった?」
ハルに言われた言葉が、一瞬わからなかった。
顔を上げると、『異世界レセプション』と書かれた部屋の前にいた。
……そうだった、ハルと次の研修部署に向かっていたんだっけ…。
「あぁ、ごめん。色々考えていて、すっかり状況を忘れていたよ。」
「フフッ、ユーキはやはり真面目ですね。」
ハルは俺に微笑むと、すぐに表情を引き締め
「それでは、参りましょう!」
そう言って、ドアをノックした。
「お忙しいところ、恐れ入ります。研修で参りました。ユーキ識別コード9793519307、ハル識別コード9793519310、以上2名、宜しくお願い致します。」
ガチャリとドアが開いた。
中から、黒いスーツに身を包んだ、長身で品の良い男性が姿を現した。
「ようこそ、『異世界レセプション』へ。
お待ち申し上げておりました。」
白人で四十代くらいだろうか、その紳士は、研修生の俺達に向かって深くお辞儀をし、そう述べた。
……えっ!?……
「ユーキ様、ハル様、どうぞこちらへ。」
思わずハルを見ると、ハルも面食らった表情をしている。
……俺達は研修生として、ここに来たんだよね?……まるで何処かの高級レストランにでも来たような?……
男性は俺達を部屋へ招き入れ、豪奢な椅子を引くと
「どうぞ、お掛け下さい。」
そう言って座る事を勧めた。
周りを見渡すと、まるで高級ホテルのロビーのような空間が広がっていた。
「あ、あの………。」
「はい、ユーキ様。御用でございますか?」
「あの、俺達は研修に来たのですが……。」
「はい、存じております。
私は、貴方様方のお世話をさせて頂きます、監督官のガスパールと申します。
『ガスパー』とお呼び下さい。」
「……ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。
……申し訳ございません。研修先で、このように手厚く饗して頂いた事が、ございませんので、少々戸惑っております。」
さすが、ハル!
流れるように、言葉を発している。
すると、長身の紳士はその綺麗に分けられた、七三分けの髪を撫で付けながら言った。
「……では、これからは通常通りで、お話させて頂きます。」
「は、はい、よろしくお願いします。」
「それでは、お二人とも、こちらをどうぞ。」
差し出されたのは、マニュアルと黒い布だった。
……制服か……また被るんだな。……
「マニュアルをお読み頂ければ、こちらでの仕事内容はおおよそお解り頂ける、と思われますが……お解りにならない所は後程ご質問頂ければ、と思います。。」
ガスパーは、そう言うと俺達2人を交互に見た。
「ユーキ様、敬語の使い方はご存知でしょうか?」
「は、はい、ある程度は…。」
ガスパーは微笑むと、次はハルに向かって言った。
「ハル様は、完璧なようでございますね。」
……通常通りで、この話し方か。……
「それでは、まずマニュアルをご覧下さい。その後、私から具体的な説明をさせて頂きます。」
……『メニューをご覧下さい。その後、料理の内容を説明させて頂きます。』頭の中で勝手に置換されたような気がする。……
「御用がございましたら、お呼び下さい。私は一度下がらせて頂きます。」
そう言うと、ガスパーは一礼をし、その場を去った。
俺とハルは無言で顔を見合わせた。
「……ここは、独特ですね……。」
「ハルも、ここでの研修は初めてなんだ?」
「はい。『異世界レセプション』という部署の事は、聞いた事もありません。」
「……とりあえず、マニュアルを読もうか?」
「そうですね。」
俺とハルは、視線を落とし、マニュアルを読み始めた。
【あとがき雑学】
『一縷』(いちる)
意味:
「ごくわずかであること・ひとすじ」「一本の糸」
「一」=「わずか・ちょっと」
「縷」=「細々としたひとすじ」
『一縷の望み』とは「わずかな希望」という意味です。
同じ「わずかな希望」という意味がある『一筋の光明』(ひとすじのこうみょう・こうめい)という言葉があります。
「光明」とは「明るい見通しや希望」という意味で、仏教用語では仏の発する光を指しています。
『一縷の望み』は自分や当事者が自ら(糸のように細く掴みづらい)希望を掴む。
『一筋の光明』は自分以外の物事が困難や絶望から救ってくれる。
2つの言葉には、そういったイメージの違いがあるようです。




