【39】※ under the sun(太陽の下で) ※
意識を取り戻したのは、完全にテルモピュライの戦いが終わった後だった。
俺は錯乱状態で、スパルタに戻っていたようだ。
『卑怯者!』
『王の信頼を裏切った、裏切り者!』
『伝令の役割を口実に、戦場に戻らなかった腰抜けアリストデモス』
『同じ伝令でも、戦場で討ち死にをした英雄エウリュトス』
道を歩けば、罵詈雑言を浴びせられ、近隣からは、火も貸して貰えず、面と向かって「出ていけ!」と言われた。
俺は誰とも関わらず、一人黙々と修練に励んだ。
テルモピュライの戦いで、スパルタは玉砕した。
王の遺体も、ペルシアに奪われ、首は晒された。
だが、スパルタ軍は、槍が折れれば剣で、剣が折れれば、素手や歯で……その戦いぶりは、ペルシア軍を震え上がらせ、最後は遠方からの弓矢の攻撃で全滅したとの事だ。
ディエネケス、アルペオス、マロン……あの晩一緒に飲んだ仲間達も……。
そしてポキスは、テルモピュライの戦いの後、すぐにペルシアの同盟国となった。
俺は『アノパイア間道』の存在を、ペルシアに漏らした『裏切り者』の正体を隠した。
最初から、明かす気はなかった。
それに、例え俺がその話をしても、誰も信じてはくれなかっただろうが……。
エウリュトスは『国の英雄』として、死んだ。
それは、おそらく彼が一番守りたかった家族を守る事になる。
『お前なら、わかってくれるだろう?』
エウリュトスは言っていた。
俺の『優しさ』とやらに、期待をかけたとでも言うのか?……
妻子を持った事がないからなのか、俺は、実は冷たい人間なのか……。理由など、なんでもいい。
ともかく俺は、ラケダイモンの誇りを捨てた、お前の行動がわからない。
王の死を招く裏切りを為す、お前の気持ちがわからない。
……俺には未だにわからない。……
「……次こそは……必ず!」
翌年、ペルシア残存勢力とペルシア側についたギリシアの諸ポリスによる侵略が再び開始された。
アテナイからの要請により、スパルタ、コリントス、アテナイのギリシア連合軍が出撃する事となった。
俺は、今、プラタイアの平原に立っている。
数に物を言わせるペルシア遠征軍は、集中的にスパルタ軍に襲いかかって来たが、圧倒的な個々の戦力、装備の差に、大した成果もあげられない。
……しかし、防衛に徹する戦いとは。……
アテナイ軍が別部隊に足止めをされている為、スパルタ軍も迂闊に攻めいる事が出来ないでいる。
『だが、敵に相対した時、なんの迷いもなく、お前は相手を一刀両断出来るか?』
頭の中に、エウリュトスに嘗て言われた言葉が蘇る。
「出来るさ。…裏切り者のお前を一撃で沈めた今の俺なら。」
おそらく、レオニダス王は、俺達に伝令を命じた時、敗戦を予感していたのだろう。
俺は本当なら、ファランクスに入る条件を満たしていなかった。妻も子もいない。跡継ぎがいなかった。
エウリュトスには、産まれたばかりの子がいた。
あの命令は『生きろ!』という王の意志による物だったのではないかと、今は思う。
王が、生かそうとしたエウリュトスを、親友を、俺が殺した。
そして、あろう事か、俺は錯乱し、王の亡骸を奪還する機会を自分で無くした。
……自分の汚名など、どうでもいい。
侵略者と裏切った国の者を少しでも多く排除する為に、ここに来たのだ!……
俺は司令官の命令なしに、軍列を離れ、敵軍に飛び込んだ。
「レオニダス王!
1年遅れたが、私もお側に参ります!!」
敵軍の数人を一度になぎ倒し、続けて数人の胸に長槍を突き刺した。
「ヤツを殺せぇ!!」
襲いかかってくる多数の敵……
「まだだ。まだ、足りぬ!!」
……『そうだな……ユーキは恐らく、己が殺される恐怖から、相手を殺す。
それは、抗いがたい本能の為せる事であろう。
だが、恐怖心だけで動けば、先が知れている。いずれ殺される。』……
………?……ユーキ?……誰だ?……
……『更に言えば、お前は、喰い合いの最中に、相手を人間として認識し、殺す手が鈍る。
結果、殺される。
お前は『他人』の事を考え過ぎる……まぁ優しいと言えばそうなのだが、戦いの場には邪魔な感情だ。』……
……?……なんだ?……レオニダス王の声に似ている。……
敵の動きが緩慢に思える。
俺は再び長槍を振るい、迫りくる敵の刃を弾き飛ばした。
……『うむ、そうだな…ラケダイモンの戦士だ。君主でもあった。
だが、侵略者に敗れ、臣民を辛い目に合わせてしまった。
だから、我はここに来た。』……
……レオニダス…王……レオン?……
俺は槍を振るい続け、真っ赤になった身体に、更に返り血を浴び続けた。
既に、何人の敵を葬ったか、わからない。
気づけば、周りには味方の姿もあった。
『我らの英雄レオニダスの仇を討て!』
!!!
口々に言うその言葉は、大合唱となって、天に昇った。
青空に太陽が輝いている。
……レオン、本当にお前は……臣民に慕われていたんだな。……
背中や足、胸に疼痛が走る。
それでも『俺』は、槍を振るい続けた。
……殺される恐怖も、殺す相手の事を思いやる優しさも、今の『俺』には、全くないよ……レオン。……
『俺』は折れた槍を打ち捨て、腰に挿していた剣を抜き、更に敵を切る。
既に身体からは、返り血と自分の血が混ざり、赤い雫が大量に滴り落ちている。
「決して撤退せぬ!!」
『俺』はそう叫び、眼前の敵を斬り伏せ、更にその先の集団に斬り込んで行った。
……頭が重い。心臓の鼓動に合わせるかのように、ズキズキと痛む。
……魂なんだから、心臓の鼓動なんてない筈なのにな……
俺はそんな事を思いながら、はっきりと意識を取り戻した。
。
【あとがき雑学】
『アリストデモス』(?-紀元前479年)
:ペルシア戦争に参加したスパルタの戦士。
紀元前480年のテルモピュライの戦いに参加するも、重い眼病を患っており、レオニダス1世の許可を得て、同じく病を患っていたエウリュトスと共に一度、戦線を離脱。
テルモピュライでスパルタ軍が玉砕する直前、エウリュトスは戦場に戻り戦死したのに対し、アリストデモスは臆して国に帰った。
(伝令を命じられて戦場を離れており、彼は遷延して生き延び、彼と共に伝令を命じられた者は戦場に戻って戦死した、とも言われている。)
その為、スパルタ人たちから激しい糾弾を受けた。
翌紀元前479年のプラタイアの戦いにアリストデモスは参加し、明らかに死を望んで、狂乱の状態で戦列から飛び出し、素晴らしい働き振りを示して汚名を雪いで戦死した。
※因みに、史実ではスパルタ人の裏切り者はいたようですが、エウリュトスではありません。
※マリス(テルモピュライの真西)という地名は、ヘロドトスの書にはなく、ディオドロスだけが書き残しているそうです




