【38 】※ The setting sun(沈む太陽) ※
「既に聞き及んでおるであろうが……。
ペルシア遠征軍がトラキアへ侵入しおった。
軍議の結果、ペルシア艦隊をアルテミシオン沖で、クセルクセス率いる本隊を、テルモピュライで迎え撃つことが決議された!
陸上で迎え討つ敵の数、大凡21万!」
「「…21万!?……」」
ザワザワと囁き合う声で、周りの空気が揺れた。
「我らラケダイモンは、ファランクス300名に加え、軽装歩兵1,000名が出陣する。
テーバイ兵 、テスピアイ兵、ロクリス・オプンティア兵、マリス兵、ポキス兵を加え、7,700名の同盟軍で、テルモピュライ街道沿いの城壁を最終防衛線とし、これを迎え討つ!」
「「……7,700………」」
再び空気が揺れる。
「同盟軍の盟主は、我らがレオニダス王である!!」
その一言で、俺達の士気は一気に高まった。
「「ウオオッ!!」」
……日々の過酷な修練は、この時の為!敬愛するレオニダス様のお役に立つ時がついに来たのだ。……
俺も昂る気持ちを声に乗せた。
テルモピュライの城壁に集結した連合軍は、既に臨戦態勢を整えていた。
だが、一向にペルシア遠征軍の姿は見えない。
「……なぁ、ペルシア遠征軍は、何故来ないのだろうか。
……まさか?他の場所へ攻め入っているのか!?」
「……いや、おそらくは戦力差を見越し、我らが降伏するのを待っているのだろう。」
「既に、西のマリスは、ペルシア遠征軍に占領されたとの事だ。」
「………マリス……。」
エウリュトスの顔色が変わった。
「……どうした?大丈夫か?」
「……あぁ、問題ない。……」
エウリュトスは、そう呟き、槍の手入れを続けていた。
布陣から5日目……ついにペルシア遠征軍が攻めてきた。
物見の報告によると、その数凡そ2万。
ファランクスの陣形は、右手に長槍、左手に大きな丸盾を装備し、自分の盾で左側の味方を守り、右側の味方に自分を守ってもらう集団の塊である。
ファランクス陣形は、テルモピュライの隘路では、まさに無敵であった。
更に敵前で背中を見せて、逃げると見せかけ後退し、ペルシア軍が追撃してきたところを見計らって向き直り、囲んで正面攻撃を行う。
自軍の犠牲は殆どなく、ペルシアに多大な犠牲者を出した。
初日は、圧倒的な戦力差を覆す大勝だった。
だが、エウリュトスは足を、俺は目を負傷した。
その夜、エウリュトスと俺は指揮官に呼ばれた。
「レオニダス王!……」
指揮官とともにいたのは、他でもないレオニダス王その人だった。
「両者とも、本日の戦いぶり、見事であった。」
「「は、はっ!」」
「アリストデモス、お前は勇猛であるが、まだ跡継ぎがいないな。
また、エウリュトスは、まだ子が産まれたばかりだな。」
「「はい。」」
……王は、末端の臣下の事迄よく知っている。……
暫く王は、何事かを考えているようだったが
「2人には、スパルタへの伝令を頼みたい。」
そう言った。
「伝令……ですか?」
「我がスパルタでも、そろそろカルネイア祭が終わる頃であろう。
戦況を伝え、更に援軍を要請したい。」
「「畏まりました。」」
「……2人とも頼んだぞ。」
「「ははっ!」」
こうして、俺とエウリュトスは、テルモピュライを離れた。
俺は、レオニダス王直々の命令を果たし、すぐにも最前線に復帰したかった。
だが……
「アリストデモス……お前に頼みがある。」
「なんだ?」
「占領されたマリスの様子を、遠くからでもいい、密かに見て来てくれないか?」
「……何故だ?」
「あそこには……俺の妻と息子がいる。
俺は足を負傷している。
とてもマリスからスパルタ迄は行けない。……頼む!この通りだ!」
エウリュトスは、土下座して頭を地面につけた。
「お前の足なら、怪我をした俺に追いつけるだろう。
俺は、妻と息子が心配で……。」
俺はエウリュトスの肩を叩いた。
「顔を上げてくれ。
……承知した。俺が見てこよう。」
エウリュトスと別れ、俺はマリスを目指した。
占領されたマリスへ向かうのは、危険が伴う。
極力、敵に見つからぬよう注意をし、ようやくマリスが見渡せる丘の上に辿り着いた。
マリスは……無事なように見えた。
火も上がっておらず、町のあちこちにペルシアの兵隊達がいる以外に、異変があるようには思えなかった。
……エウリュトス、良かったな。……
そう思いながら、俺はスパルタに向かい、走った。
復路は、敵に見つかるリスクはあったが、一番近い道を辿った。
途中、ペルシアの兵士に出くわし、戦闘になった。
一対一の実戦は初めてだったが、自分が殺される恐怖心は全くなかった。
だが、相手は人間だ。
……脳裏にチラつく敵の人生、家族の存在……
……コイツらは、人ではない。
ただの野獣だ。野獣なんだ。……
ただ、ただ、自分に言い聞かせ、槍を振るった。
そうして、十数人を倒し、更に走った。
息も絶え絶えに、ようやくスパルタに着いた。
エウリュトスは既に伝令を終え、テルモピュライへ帰って行ったとの事だった。
だが……最悪の知らせを俺はそこで聞いた。
「レオニダス王、討ち死に!」
「敵に、アノパイア道を突破され、隘路の後ろに回り込まれた。
連合軍は実質解体、スパルタ、テーバイ、テスピアイ、2,000名程度の戦力で、王の遺体を守る戦いをしている。」
俺が戦場を離れて、まだ3日と経ってはいない。
初戦は、こちらの圧倒的勝利だったのに。
……山中を抜けて海岸線を迂回するアノパイア間道は、ペルシアに知られる筈のない道だ。
それに、あの山は万が一に備え、ポキスの軍勢が守っている筈……
何故だ!?何故こんな事に。……
折れそうな心、倒れそうな身体に、鞭を打って、俺はテルモピュライに向かって走り出した。
間もなくテルモピュライに着く……
そこでエウリュトスに合流出来た。
「……エウリュトス……」
「アリストデモス!マリスは……。」
「……安心しろ、……特に…異変はなかった……。」
俺は、息を切らせながらエウリュトスに言った。
「だが、レオニダス王は……」
俺がそう言いかけた時、
「良かった……約束を守ってくれたんだな……。」
エウリュトスの呟きが聞こえた。
「!?」
……エウリュトス……まさか……
「貴様!!まさか!?」
俺の前に立つ男は、暗い目をして俺を見た。
「……俺は、家族が大事だ。
開戦前、密かに抜け出し、マリスへ行き、交渉をした。……」
「アノパイア間道を交渉材料にしたのか………。」
「俺……俺は、その分スパルタの為に戦う……。
お前なら、わかってくれるだろ?」
……その分スパルタの為に…だと!?……もう、レオニダス様は……
聞きたい事は山程あった。
だが、気づけば俺の長槍は、エウリュトスの胸を貫いていた。
嘗ての親友の胸を……
「……アリ…ストデモス……お前には…わかるまい。
妻も子も…ないお前には……」
それきり、エウリュトスは絶命した。
「うわぁっーー!!!」
俺は錯乱した。
それからの事は覚えていない。
【あとがき雑学】
祭り:古代ギリシアでの祭りとは、今のお祭りとは違い、大変神聖な宗教儀式であったとされています。
カルネイア祭
スパルタにおける重要な宗教祭儀の一つ。
古い神格である、アポロン・カルネイオスの栄光を称えるために開催された。
カルネイオスは、古い神格であり、「(穀物や葡萄などの)収穫を司る神」。
カルネイオス信仰の中心地はスパルタ。
毎年、カルネイオス月の7日から15日にカルネイア祭が開催された。
この期間中は軍事的行動の全てが禁止され、その為、スパルタはテルモピュライの戦いにおいて全軍を出動させることができず、レオニダス王とその親衛隊300人(+1,000人)しか動員できなかった。
他のアルカディアの諸都市祭りの終了とともに本隊全軍を派遣することになった。




