【2】※ buddy(バディー) ※
『Customer Satisfaction、
お客様が求める事に柔軟に、そして真摯に対応する事が重要であります。
そして、ホウレンソウ、これは当社の社員であれば、絶対に怠ってはならない事であります。』
あの入社式の再来のようだ…
また頭の中にデカイ声が反響している。
再びあのだだっ広い空間に移動させられ
『社員となる為の心構え』の講義を聞かされている。
((もう少しマイクの音量を落としてもいいのではないか?…マイクじゃない事はわかっているが、そう思いたくもなる。))
(((わかってきたねぇ…ぷふっ)))
((…うるさい…。))
(((毎度、小難しい言葉を使って、ありがたいご高説を垂れて下さる。
俺なんかはもう耳にタコが出来てるので流すが、ド初心者のユーキくんは、拝聴しといた方がいいぞ。)))
((…拝聴するにはお前の雑音が邪魔なんだけどな!))
(((言うねぇ~。)))
それきりトーマは黙った。
雑音があろうがなかろうが、どちらにしても俺は、もうちゃんと聞くつもりはなかった。
講義の冒頭を聞いただけで、トーマではないが、耳にタコが出来る気がした。
…以前にも…どこかで似たような話を聞いていた…?のだろう。多分ここに来る前に……
講義後、トーマはすぐに俺に話しかけてきた。
「なぁ、やたら難しい単語使ってただろ?
Customer Satisfactionやらホウレンソウ…一度聞いただけで、お前わかるか?」
「CS=カスタマーサティスファクションは、顧客満足度。」
「!」
「ホウレンソウは、報告、連絡、相談。」
「………おまえ……凄いなぁ……。」
珍しくトーマは本気で驚いている。
「おそらく…だが、ここに来る前の知識だと思う…。」
「なぁ、ユーキは自分が何者か、記憶がないんだよな、生死もわからない…だが、ここに来る前の知識だけは残っているって事なのか?」
「!?…」
俺は自分に関する記憶だけを失っているのだろうか?何故…
「ユーキ、最初の実技研修は俺とバディー組もうぜ!」
一瞬疑問に沈んだ俺に、トーマが言った。
「バディー?なんだ、それ?」
「研修中、実技研修は2名一組でやるんだよ。2名単位で実際の職場で活動をする。」
「チームでやるんじゃないのか?」
「新入社員10名を一つの現場にいきなり突っ込んだら、大混乱だろうな。俺のような経験者がいてもな…。」
「なら、チームを作る意味がわからない。」
「…チームは評価の対象だ。」
「評価?」
「評価、査定だな…バディーの活動には点数がつく。
それぞれのバディーの獲得点数の合計がチームの点数だ。
要するに点数の高いチームは有利になるって事さ。」
ニモが言っていた『研修中の同士』とはそういう意味だったのか…しかし…
「有利になるって何が?」
「逆に評価が低いチームは、ヤバい。チーム丸ごと……だからな。」
「丸ごと?…なんだよ?」
「まぁ、後で話す。」
トーマはそう言った。
……?……
更に問おうとした俺の言葉を遮るように
「そろそろ行くぞ。」
マイケルから声がかかった。
一通りの座学研修の後、俺達は自分たちの空間に戻った。
((しかし、何故座学研修の度、わざわざあのだだっ広い場所に移動する必要があるんだ?
結局、喋っている奴の姿すら確認出来ないし…チームの部屋にいても頭の中に響くだろうに…))
戻る道すがら、そんな事を考えていた。
「チッチッチッ!ユーキくんは空間効果がわかっていないようだね。
狭い部屋で少人数で聞くより、魂が犇めく広大な場所で聞いた方が、ありがたみが増すのだよ。」
「…そんな効果なんか聞いた事もない。」
「そりゃ、そうだろ。俺が今造った造語だ。(笑)」
「また、出鱈目言いやがって………。」
「そんな、睨むなよ。言葉なんてもんは、変わっていくものさ。
俺のいた時代の言葉が、そのままお前の時代に使われているか?時代とともに新しい言葉や造語が作られ、当たり前に使われるようになる。
顧客満足度なんて言葉は、俺の時代にゃなかったぜ。」
((…確かに…俺のいた時代でも新しい造語は幾つも生まれていた…。))
「だろ?空間効果、これから流行るかもしれないぜ!」
「それは絶対にない!」
トーマが言っていた通り、チーム内でバディー組みが行われた。
2度目以降は上からの指示でバディーが組まれる。
だが、最初は通常、識別コード順に組まれるらしいので、俺のバディーは識別コード9793519308のマイケルになる筈だった。
しかしトーマが俺とでなければ組まない!と頑固に主張した為、少し結果が変わった。
9793519305~9793519314
①フィン、ニモ
②ユーキ、トーマ
③マイケル、ハル
④ライラック、アンリ
⑤サミー、レオン
別に俺のせいではないが、なんとなく悪い気がして、マイケルに話しかけた。
「なんか、申し訳ない。」
「何故、おまえが謝る必要がある。お互い、それぞれ尽力すれば、それで良い。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
「おまえは…良い…人間だな…。」
マイケルは整った顔を少し弛めて微笑んだ。
マイケル……初めてその名を聞いた時、姿形だけで、ニモがマイケルだと思っていた。
俺の中で、顔色が浅黒く、歌や踊りが上手いイメージが沸いたからだ。
が、彼は全く違っていた。
背が高く、抜けるような白い肌、端正な顔立ちに涼やかな碧眼、眩しい位に輝く金髪、そして何より、その立ち居振舞いが優雅だった。
俺は何故か深々とお辞儀をして、その場を離れた。
((ハルにも一応挨拶をしておこう…))
「ハル!」
俺が声をかけるとハルは微笑んでこちらを振り返った。
「ユーキ、気にしないでください。
トーマがそう主張するのはわかっていましたから。
あなたにはトーマが必要です。それに……」
((トーマが必要?それに…なんだ?))
「いえ、なんでもありません。トーマがあなたを待っていますよ。お行きなさい。」
ハルは…トーマ流に言うなら、俺と同郷なのだろう、多分。
目は切れ長で、線が細く女性のような華奢な体型だが、纏う雰囲気には凛としたものがある。
物腰は柔らかいし優雅だが、何か芯の強さのようなものも感じる。
((同郷…でも色々なタイプがいるんだよな…))
そんな事を考えながら、歩いていたら、射すように鋭い視線を感じ、思わず足を止めた。
目をあげると、そこにはトーマの姿があった。
【あとがき雑学】
『犇めく』(ひしめく)
この漢字、結構好きです。
牛が3つ、まさにギュウギュウギュウとひしめき合っている。(笑)
由来は、群れている牛が一斉に走り出す様子からきているそうです。
意味は、「大勢の人が隙間なく一か所に集まること」「ぎしぎしと音がすること」の2つ。
現代では前出の「大勢の人が隙間なく一か所に集まること」の意味で使われています。
「ぎしぎしと音がすること」の意味は古語としては使われていたそうですが、現代ではほとんど使われていません。
因みに、常用漢字表に記載されていない漢字なので、公的な書類などに記載する際には平仮名の「ひしめく」を使う方が良いとの事です。