【20】※ conversation with~(会話) アンリ③ ※
「だが、良かった……。」
「何がだよ?」
「お前が、私が最初に思った通りの人間だったからだ。」
「…思った通り?」
「私は最初からお前を好ましく思っていた。
だが、サミーに色々吹き込まれて、段々疑いを深くしていった。」
「俺は、アンリに疑われているなんて、全然わからなかった。
アンリは巧いな。俺なんか、トーマに気付かれているよ……多分。」
「今回バディーになったと知ってから、お前の意図を探ろうと画策していた。
…だが、お前の言動は、私が信頼に足ると思える物だった。
だからこそ、裏があるお前を見たくなかった。良い人間であって欲しい…と思わずにはいられなかった。」
「……俺と同じだな。俺もトーマが裏のない、あのままのトーマであって欲しいと思っている。
だが、疑心暗鬼になった。」
「ギシンアンキとはなんだ?」
「あっ、アンリにはわからないよな。
『疑いの心があると、なんでもないことでも怖いと思ったり、疑わしく感じること』かな…日本の言葉だよ。」
「…まさにそうだな…。
だが、お前が私の名前を言い当てた時の絶望感…目の前が真っ暗になったぞ。」
「俺が会社側で、お前に気付かれないようにするなら、そんな事言うかよ。
お前が信じてくれるなら…だが。本当に俺は知識として知っていた。
…西暦1793年フランス、ルイ16世の処刑があった年だ。
お前は国王を崇拝していたと言っていたし……お前の様子がおかしくなったのは座標を特定した頃だ、とケイが言っていた。
それに、その地点の点の色を気にしていたし…。」
「あぁ、紫でなくて良かったと思った。」
「それに…死刑の話で、羨ましいと言っただろ。」
「……貴族の称号はあるが、家業は代々処刑人の家だった。それ故、平民以下の身分とも言える。当然差別もされたし、学校も家業がバレて途中で通えなくなった。」
「……俺の国にも、本当かどうかはわからないが、処刑人の家系と言われ、大昔から差別されてきた「部落民」と呼ばれる人々は存在した。
地域によって違う家名だが、その地域の人達にはわかるらしい…。」
「……そうか。国が違っても、忌み嫌われる仕事なのだな。」
「…死刑がある以上、誰かがやらなければならない仕事なのにな。……
だから、アンリは死刑に反対なのか?」
「それもあるが、やはり人を裁けるのは神だけだと思う。
特に私の時代は、王族や金持ちであるだけで、死刑になった。
人は時に、過ちを犯す。
集団心理に流される者達は、過ちを過ちと思えない。流されない者は迫害を受ける。それが恐ろしい。」
……集団心理、同調圧力……
「…かつて愛した女性も、王族だったのか?」
「……あぁ。王族はその威厳を保つ為か、殆どが静かに断頭台に上がったが……彼女は最後迄泣き喚き、命乞いをした。老女とは思えない力で抵抗をした。
執行を待つ民衆の中には、そんな彼女に石を投げつける者もいた。」
………愛した女性が老女?アンリはどう見ても、まだ三十代そこそこだ。今の姿は、死んだ時のものではないのか?……
「また、その姿に同情して涙を流す者もいた。皆、彼女のように命乞いをすれば良かったのに…とも思う。
そうであれば、あの恐怖政治も少しは早く終息したかも知れん。」
「……そうかも知れないな。……」
「私は、16歳で初めての処刑を行った。それから生涯通して、幾多の命をこの手で奪ってきた。」
……16歳、日本であれば高校1年生、多感な時期だな……
「……そうか……。」
「最初は、まだ首切り台はなかったからな…銃殺、八つ裂きの刑が一般的だった。ギロチンの方がまだマシだ。」
……八つ裂き……被処刑者の四肢を牛や馬に結びつけ、それらを異なる方向に前進させることで肉体を引き裂く酷刑……
想像はしたくないが、おそらく苦しみもがいた挙げ句、死ぬのだろう。アンリが尊厳と言ったのはそれか。……
「……ギロチンがマシか……辛いな…。」
「…マシではあるが、効率よく処刑出来る事で、犠牲者が増えたとも考えられるがな。」
……アンリは確か、世界で二番目に処刑した人数が多かった人物だ。……
「…そうだな、技術の進歩は意図せず弊害も生む。」
「私の家は医者もやっていた。収入は、ほぼ医者で得ていたな。」
「…そんな辛い家業なのに、処刑人としての収入はなかったのか?」
「あぁ、殆どな。だが死体には事欠かなかった。
拷問で人間がどこまで耐えられるか、どうすれば助かるか…いくらでも人体を調べる事は出来たしな……。」
アンリは自嘲気味に言った。
「…アンリは、優れた医者だったんだろうな。」
「…それは…嫌味か?」
「いや、違う。前に俺の国の戦争の話はしたよな。
……第二次世界大戦時、人体実験を繰り返していた日本軍の731部隊……その部隊上がりの医者はとても優れた医術を持っていた……
そう書かれた本を、読んだ事があるように思う。」
「…いくら医術が優れていても、人間としては最低だと、今は思う。」
「俺の国の軍隊はともかく…お前は代々の家業だったのだから仕方ないだろう。」
「……いや、お前の国の軍隊も仕方なかったのかもしれない…。」
「…何故そう思う?」
「戦という物は人間を人間で無くする。
それが他国との戦争でも、国内で起きた革命でも…。
例え、自分を保つ事が出来たとしても、周囲からの圧力や脅威に屈すれば、結果は同じだ。」
「……圧力…そうかもしれないな…。」
……アンリの生きた時代のフランス、戦争中の日本、俺には計り知れない苦悩が数多くあったのだろう。
トーマ、お前の言った通りだよ。俺は多分、ぬるい世界からの来訪者だ。……
「そうだ、お前に言っておく事がある。」
「…なんだ?」
「今回のバディーでは、本当に世話になった。今度は心底礼を述べたい。本当にありがとう。感謝している。」
アンリは穏やかに微笑んだ。
【あとがき雑学】
『シャルル=アンリ・サンソン』
(Charles-Henri Sanson)(1739 - 1806年)
「医者としての側面」
死刑執行人の一族は学校に通うことも、医者に診て貰うこともできなかった為、当時の医術を習う事も出来なかった。
サンソン家で独自に編み出された医術は、その家業ゆえに周囲からは呪術的な医術と思われていた。
しかし、その医療技術は徹底して現実的なものであり、当時の医学界で主流だったオカルト的、非科学的な治療は行わず、医師に見放された患者を多く救ったと伝えられている。




