【1】※ team(チーム) ※
「お~い、ユーキ!」
お気楽な声が飛んできた。
「ユーキって、誰の事だよ。」
「おまえの事に決まってるじゃないか。わかっているくせに。」
(((ぷふっ)))
ヤツが呼びかけた時から、俺の事だとわかってはいた。
((だが、その命名はなんだ?))
「ユーキくんは、ここに来る前の記憶がない。生死も定かではない。その若さで…可哀想に…ヨヨヨ(泣)」
(((ぷふっ)))
((その若さって…見た目はお前と然程変わらない気がするが…))
ヤツの笑いながらの泣き真似にムカつきながらそう思った。
「よって、幽霊&鬼=幽鬼=ユーキ、という訳だよ。」
どや顔でいうヤツは、「トーマ」という。
太い眉と大きな目が印象的な、ガッシリとした体型の若い男だ。
入社式から馴れ馴れしいヤツだった。
((…にしても、幽霊はともかく、何故鬼がつく?))
「系統oblivion(忘却)、区分コードO、識別コード9793519307くん、なぁんて呼びにくくてかなわん。
おまえが自分の名前を覚えていない以上、ニックネームは俺に任せてもらおう。」
((何故おまえに任せる必要があるんだ?))
口には出さなかったが、心の中でツッコミを入れた。
「そりゃあ、ユーキくんの最初の友人としての義務ってもんだな。」
全く悪びれずに言い放つヤツに、俺は無言を決め込んだ。
「ユーキ、いいんじゃぁなぁい?」
横から口を挟んできたのは、「フィン」と呼ばれている女の子だ。
「名前ないと呼びにくいもの…。」
そもそも魂なので、他人の考えている事は、口に出さずとも相手をみれば、だいたいわかる。
呼びかける行為が必要かどうかは疑問だが…
「お友だちなら、名前呼びあうのって、ステキじゃなぁい?」
フィンは何かホワホワした雰囲気の子だ。
体型も幼女のようで、背中に羽を着けたら、妖精に見えるかもしれない。
全く邪気がない、澄んだ瞳をしている。
((ヤツが『お友だち』?…勘弁してほしいが…))
「…じゃ、ユーキでいいよ。」
「よし、決定な!」
(((無愛想なユーキくんも、可憐なフィンには弱いと…ぷふっ)))
「おまえなぁ…考えてる事聞こえているぞ!」
「おー、くわばら、くわばら…(笑)」
ヤツはおどけながら、その場を立ち去った。
入社式後、識別コード順に、チーム編成が行われ、今はチーム毎に割り当てられた部屋?…空間にいる。
ヤツが言っていた通り、俺とトーマは同じチームに所属する事となった。
((しかし、チームってなんなんだ?))
「まぁ…要するに個体で管理するのが面倒だから、十把一絡げで管理したいという運営の都合だろう…」
ボソッと呟いたのは近くにいた「ニモ」だった。
ニモは顔立ちがはっきりした浅黒い肌をした逞しい男だ。
「とりあえずは研修期間中の同志という事だ。」
寡黙な男のようだが、俺の疑問に応えてくれた。
「説明ありがとう。」
「……うむ。」
俺のチームは10名編成だった。
《teams WIS831322》
〔識別コード〕〔ネーム〕
9793519305 フィン
9793519306 ニモ
9793519307 oblivion(忘却)
改→ユーキ
9793519308 マイケル
9793519309 トーマ
9793519310 ハル
9793519311 ライラック
9793519312 アンリ
9793519313 サミー
9793519314 レオン
空間にある掲示板らしき物に文字が浮き出ている。
俺の名前は正式にユーキになったようだ。
……俺以外は最初から名前があった。おそらく皆、ここに来る前の記憶があるのだろう。……
周りの面々をグルリと見回しながら、そんな事を思った。
系統、区分とされている大枠は色々あるようだ。(俺は忘却→oblivion=O)
転生ーⅠ→Reincarnation=R
転生ーⅡ→Reincarnation in another world=RA
転移ーⅠ→Transfer time=TT
転移ーⅡ→Transfer to another world=TA
常世→Sanctuary=S
その他→another world=A
等々…よくわからないが…出自が由来なのか?…
俺は『Oー9793519307』
トーマは確か、Rと言っていた。
『Rー9793519309』
差し詰め、コードネームといったところか。
チームメンバーも、識別番号の前に、それぞれなにかしらのアルファベットがつけられているようだ。
それにしても、魂なのだろうが、皆、実体がある。
おそらく、ここに来る前の姿形…俺もそうなのだろう。
そんな事を考えていたら
「ユーキくんは、どうやら俺と同郷のようだな。」
またヤツの声がした。
「何故そう思うんだ?」
「そりゃあ、似ているだろうが。」
((こんなお調子者に似ているなんて…ふざけるのも大概にしてほしい…。))
「チッチッチ!…誰も内面なんて言ってないぜ、見た目だよ。」
ヤツは指をフリフリ、相変わらずの薄笑いで言った。
「黄色人種…は、時代によっては差別用語か?違うか?…ともかく、見た目は似てると思うぜ。それに俺の言い回しに疑問を抱かない。」
「言い回し?」
「ん~、なんというか、言葉だよ。『くわばら、くわばら』ってわかっただろ?」
((確か…恐い時に使う言葉だった…雷が落ちないように?))
「大正解!菅原道真公だ。」
ヤツは自分の推理に満足したようにニヤリとした。
「初心者のユーキくんは、同郷の大先輩を頼るといい。アニキと呼んでくれてもいいぜ。」
大真面目な顔を装い、俺の肩を叩いた。
トーマは…この世界での経験があるのだろう。
((はぁ~ユーキ……幽霊に鬼か…ろくな命名じゃない。…
それにパーソナルスペースを全く無視するコイツと同じチームか…。))
ヤツとの会話に疲れた俺は心の中でため息をついた。
【あとがき雑学】
『くわばらくわばら』
平安時代、菅原道真は藤原時平の罠に嵌り、福岡の大宰府に左遷され、失意のうちに亡くなった。
栄華を誇っていた藤原氏だったが、その後時平や時平に繋がる皇太子も急死。更に平安京に、頻繁に落雷があり、政権中枢の内裏には大火事がおき、何人もの人が焼け死んだ。
京の人たちは「道真の祟り」と恐れ慄いた。
町中にも何度も雷が落ちたが、菅原道真の屋敷があったと伝えられる『桑原』だけには、落雷がなかった。
「ここは桑原ですよ」と怒れる道真に訴えれば、雷に打たれない…と当時の人は思ったんでしょうね。
で、『くわばらくわばら』が落雷を受けない(転じて、怒りから逃れる)おまじない言葉として現存している、という事らしいです。
(※諸説あるようです)