【14】※ conversation with~(会話) アンリ① ※
「そうか、この男の想いは幾度となく時空をも渡ったのだな。それほど人を愛せるというのは、素晴らしい事だ。」
再び俺の研修マニュアルを見ながら、アンリは言った。
「私の部屋は、非常につまらなかった。『あの時、投資していればもっと金持ちに…』だの、『あいつさえいなければ…』だの、己の欲を満たす為だけにやって来た、貪欲な奴らばかりだった。」
……俺の部屋に来た彼も、己の恋心を満たす為に、充分貪欲だったと思うが……
アンリは素直に感動しているようだ。
「アンリは8人相手にしたんだったな。経験値上げたじゃないか。それに比べてライラックは…。」
「あぁ、途中で怒りだし、結局全て私が対処した。」
「大変だったな…まぁ、俺も途中社員と交替したから、ライラックと同じようなもんだが…。」
「お前はイレギュラー案件だったのだから、仕方あるまい。それにライラックが怒る気持ちもわかる。」
「…そうか…。」
俺の『案内人室マニュアル』には、前回の俺の部屋の出来事の顛末が記載されている。
途中社員と交替したが、その後の出来事も全て記載されていた。
しかし、彼女が伝えたかった言葉の有無だけで、彼の人生の分岐点が幾つも増えるとは…まさにここは無限を産む場所のようだ。
「彼は平民で彼女は貴族なのか?」
「…えっ!?貴族?…いや、多分俺と近い時空、同じ国から来た男女だから、普通の人だよ。」
「おまえのいた時空には、身分制度という物はないのか?」
「いや、俺の国には特になかったが、まだある国もあった。…だけど身分の違いや、国籍の違いで結婚出来ないって話は、そんなに聞いた事はなかった…と思う。」
「…そうか…お前のいた時空は良い時代だな…貴族の身分など…不要だ…。」
「…アンリは、貴族だったのか?」
「…あぁ、身分はな…だが、幼少の頃から差別はされていた。」
「貴族なのにか…。」
「まぁな…。」
どこの国か、聞いてもいいものか迷ったが、本人が言わない以上、やめておく事にした。
「お前の国には国王はいるのか?」
「えっ?…いや、いないよ…だが、天皇陛下はいる。」
「国王ではないのか?」
…時代の違う時空から来た者に、説明するのは難しい。彼らの言う国王とは、多分国の象徴だけではなく、国政を取り仕切る者の意味合いが強いだろう。
確かにそういう国王は俺のいた時空にも存在していたが…特に日本の場合は複雑だ。代々続いてきて現存するという意味では、世界最古の王室と言っても過言ではないが…
「天皇陛下は、国王とは違うな。俺の国では、100年程前に他国との戦争があり、大敗した。それまでは『現人神』であると国民には思われていた。」
「アラヒトガミとはなんだ?」
「人として生まれながら、神に最も近い存在…という事だと思う。」
「神に近い?」
「天皇家の祖先が元々日本古来の神様だと言われていたんだよ。だが、戦争に負けた時に、当時の天皇陛下が『人間宣言』をして、今は天皇信仰はない。」
「…何故、敗戦後にそのような宣言を出したのだ?」
「…俺の国は小国だ。だが、その自己犠牲をも厭わない捨て身の戦い方は、世界の大国を震撼させた。
戦勝国は、国民の天皇崇拝と軍国主義が一体となった狂信的軍事国家だと思ったらしい。
そこで、天皇崇拝を断ち切る為に天皇自ら『人間宣言』をさせた。
当時力を持っていた軍部が天皇崇拝を利用した、というのが本当だったようだが…。」
「…そのような経緯があったのだな…。」
「今は天皇陛下が国政に関わる事はない。天皇陛下は国の象徴…そして、太古の神に国家の繁栄と国民の幸福を祈る最高祭祀者…だ。
神としての信仰はなくなったが、国民の模範となる天皇家を敬っている国民も未だに多い。」
「……そうか……お前の国では、国王が国民の手で裁かれる事など、絶対にないのだな…。」
「…?…」
「その敗戦後、お前の国はどうなったのだ?」
「…平和になった。敗戦直後は大変だったようだが、俺の国の人間は、おそらく働き者の血が流れているのだろう。
復興は急スピードで進み、焼け野原から半世紀も経たない内に、経済大国と呼ばれるような豊かな国になった。」
《……働き者の血?…何を言っているんだ…
復興が早かったのは…そんな物のおかげじゃない…
日本人特有の…『同調圧力』…》
…俺の中で誰かが呟いている。
「…それで、お前はそんな良い時代から、何を求めてここに来たのだ?」
「……わからない。自分に関する記憶だけがないんだ。街をフラフラしていた事迄は覚えているんだが…。」
「記憶を無くしたとしても、多分おまえがここに来た事は必然だったのだろう。早く記憶が戻るといいな。」
「あぁ、ありがとう。アンリもここに来た目的を果たせるといいな。」
「…お前は……いや、感謝する。」
アンリは、少し戸惑ったように微笑み、俺にそう言うと、またあの憂いを含んだ表情に戻り、何事かを考えているようだった。




