【11】※ doubt(疑惑) ※
暫く歩いていたらトーマが突然笑いだした。
「…聞いたか?」
「何を?」
「お前の事をユーキくんだって!俺、危うく心の中で突っ込み入れそうになったぜ…ぷふっ!」
「…そんなに笑える事かよ…」
「笑えるだろ?最初はあんなに不機嫌だったのに、識別番号じゃなく…ユーキくん…ぷふっ!」
「…そんな事はどうでもいい。次はどうするんだ?」
「あぁ、そうだな、次はチームに戻る。もう戻っているバディーもいるだろう。」
トーマは笑いすぎて出た涙を拭きながら言った。
「一区切りついたからな。一休みだよ…前にも言ったが研修中は情報交換の時間だ。」
俺はそんなトーマをムッとした顔で見たが
「ちゃんと、今の『ユーキくん事件』も報告してやるからな…ぷふっ!」
ヤツは俺を置き去りにして、笑いながら走っていった。
チームの部屋に着くと既に7人は揃っていた。
((アンリとライラックはまだか…))
「ユーキ、活躍したようですね。」
早くも『ユーキくん事件』とやらを報告したようだ。
俺は遠くにいるトーマを睨みながら、ハルに応えた。
「活躍なんてしてないよ。
むしろ、研修中に声を出して、減点されたかもしれない。」
「…そうでしょうか?あなたは少し自分に厳し過ぎるように思えます。」
((…贖罪…))ふとその言葉が頭を過った。
「お前は何故そう思うのだ?」
突然マイケルが聞いてきた。
「……わからない。ふと言葉が過っただけだから…」
((さっきもそうだったが、頭に浮かんだだけなのに、他人にわかってしまうというのは……プライバシーも何もないな。))
「……知らないのか?」
心地よく響く声が聞こえた。
背が高く、抜けるような白い肌、端正な顔立ち、眩しい位に輝く長い金髪…マイケルに似た容姿だが、目の色が違う…サミーだった。
「!?」
サミーが俺に話しかけてきたのは初めての事だった。
その深紅の瞳に見つめられると、何故か背筋がゾクッとした。
「心の声は隠す事だって出来るんだぜ…そんな事は初期の知識だ。本当に知らないのか?
トーマに……」
「やめろ!お前が口を出す事ではない!」
マイケルが険しい顔をして、サミーを叱責した。
「チッ!」
サミーはマイケルを睨み付け、舌打ちをして、その場を立ち去った。
((トーマに…なんだ?…トーマに聞かなかったのか?と言いたかったのか?))
当のトーマは、レオンと談笑している。
そして…俺の中で何かが崩れ、トーマを見る目が変わっている事を自覚した。
記憶をなくし、この空間に連れてこられ、右も左もわからない状況の中、最初から俺に色々教えてくれた。
トーマは…俺にとって信頼できるヤツだ…と思っていた。
人の迷惑お構い無しといった図々しい所も、コミュ障気味な俺には有難い相棒なのかも…とも。
図々しい?…確かに俺やライラックにとってはそうだ…
だが、トーマは相手によって接し方を変えている。
今も…いつの間にか移動したトーマは、フィンと穏やかに話をしている。
ニモにもたまに何かを話しかけている。
その様子は俺に対する態度とは全く違う。
他人との関わり方を心得ている。
頭の良い男だ。
適度な距離感、相手に合わせられる会話術…
……俺には欠けているものだ。……
いや、そんな事を考えている場合ではない。
…あの時の射すような視線
…真顔で言ったあの言葉「自分は何者なのか?」
…何故、心の声が隠せる事を俺に教えなかったのか…
((トーマは…何を企んでいるんだ!?))
再び震えが来そうなのを堪えながら思った。
俺はいったい何に怯えているのだろう…
ウザいと思いながらも、頼りにしていたトーマに裏がある…そう思う事がか?…いや、違う気がする。
もっと心の奥の何か…
足元から、えも言われぬ恐怖が這い上がってくるような気がした。
「サミーの言った事を気にする必要はない。」
マイケルが静かに言った。
「あなたにはトーマが必要です。」
ハルも前に言った言葉を口にした。
だが、一度芽生えた不信感は俺の中で既に育ち始めていた。
「お~い、ユーキ!」
いつものようにトーマが軽い調子で俺を呼んでいる。
俺は振り向かなかった。
……なんで俺にあんな鋭い視線を向けたんだ?……
「ユーキく~ん、聞こえてるよね?」
……何故俺が何者なのか、探るような事を言う?……
「…ユーキ、どうしたんだよ?」
……研修の事前に「思った事が筒抜けなんて…」と思った、俺の心の声に何故応えてくれなかった?
何故心の声を隠せる術がある事を教えなかった?……
「おい、ユーキ…」
近づいて来たトーマの手が俺の肩に触れた。
俺は思わず、その手を振り払った。
「!……」
……聞いていたんだろ!今の俺の心の声も!なら、何故応えてくれない!?
お前こそ、いったい何者なんだよ!!……
俺は呆然と立ちすくむトーマを残し、無言でその場から離れた。
全員が俺達を見ていた。凍りついたような雰囲気が嫌だった。しかもその原因を作ったのは俺だ。
ともかく、少し頭を冷やしたい。俺はチームの部屋から出た。
「アンリとライラックはまだ帰ってこないから、暫く情報交換はないよな…」
情報交換…今はどうでもいいように思える事だが、それでも理屈を呟いた。
「そうさ、まだ自由時間だぜ。少し話さないか?」
ビクッとして振り返ると、そこには、サミーがいた。
【あとがき雑学】
『贖罪』(しょくざい)
「贖罪」には2つの意味があるそうです。
「贖」(しょく)「贖う」(あがなう)
元々は身代金を支払って罪人の身柄を引き取る事、金銭によって罪を免ずる事。
金銭や物品を差し出して罪を償う事。それに値する行為によって罪滅ぼしする事。
また、単純に物品を買うという事。
一般的には「罪の償い」という意味で使われています。
しかし、宗教用語としての「贖罪」はだいぶ意味合いが違うようです。
キリスト教では、人々の原罪(アダムとイブが神に背いたので、人間は生まれながらにして罪人)を贖い、人類を救うために、キリストが十字架にかかったとする教義を意味します。
罪人である人間が償うのではなく、罪人を救いたいと思う神が、代償(息子の命)を払って、人を罪から解放し、神の近くへ取り戻す、という事が贖罪とされるそうです。




