第三十三章 終の住処
広い金屏風の前に、二組の男女。女性はいずれも、白い晴着を着ています。
この地方の習わしに沿って、盃に注がれた酒を、順に一口ずつ飲んでいきます。同時期に二組以上の婚姻がある場合は、挙式を合同で行うと幸せが倍増する、という言い伝えに則り、今日ここに、二組同時の挙式を行うことにしました。
その二組とは、ケイとシオリ、そしてヒビキとユリです。
主役の四人以外の参加者は、わずかでした。ワクとフミ、隣町から出向いてきたユリの両親、そして、この町の町長夫妻と近所の数名です。
そのうちの一人、トウゴがワクに耳打ちします。
「二人とも別嬪さんの花嫁になったな。ユリちゃんもとってもきれいだが、シオリちゃんと来た日にゃ、ぶったまげるほどだ。」
「ああ、二人とも大したもんだ。俺も一生にいっぺんくらい、結婚式というものをやってみたかったな。」
とワク。
「なあに、今からでも遅くないぞ。フミさんと、どさくさに紛れて、一緒に式を挙げちまえ。」
「何だよ、どさくさって。ひでえなあ。」
フミは横であっけらかんと笑っています。
やがて、それぞれの新郎の挨拶になりました。
「皆さん、今日は本当にどうもありがとうございます。こんなふうに皆さんに祝っていただいたので、これから何があっても夫婦力を合わせて乗り越えて、少しでも成長していく努力をして参ります。どうかお力添えをよろしくお願いします!」
「まだまだ若造で至らぬ私たちに、ご指導のほど、どうよろしくお願いいたします!」
出席者から拍手が起こります。ケイもヒビキも三十歳。とても立派です。
最近また一段と涙もろくなったワクは、涙が溢れて止まらなくなりました。手にした手拭いはびしょびしょです。血の繋がっている者は一人もいませんが、ケイとシオリはいずれも自分の子供同様。ヒビキとユリは親戚の子供のようです。こんなに泣ける行事が他にあるでしょうか。
「まあ、ケイもヒビキも所帯を持ったわけだし、これからはワクさんもフミさんも、可愛い年寄りとして、子供たちに頼って過ごせばいいよな。」
とトウゴ。そういうトウゴも同年代であり、やはり隠居の身です。三人は、この町の年寄り仲間です。
ワクとフミは、顔を見合わせました。
(隠居…か。)
ワクたちは、ユリの住んでいる町を発った後、その隣の町に住むことに決めたのでした。そこは住むにはちょうどよい大きさの町で、雰囲気も悪くないと感じたためです。
町長に挨拶をし、この町に住みたい旨を伝え、ちょうど良い空き家を二軒紹介してもらい――。段取りは特に障害もなく、スムーズに進みました。
町中はそれなりに賑わっている一方で、郊外に出ると田畑が広がり、広々とした風景が堪能できました。山も、遠くにきれいな形を見せています。近くに川もありました。ワク一家とフミ親子は、この町の端に、それぞれ家を借りました。お互いに、すぐご近所さんというわけです。また、同じく近所に住んでいる、トウゴとも懇意になりました。彼はずいぶん前に妻を亡くし、今は娘夫婦と孫たちと一緒に暮らしています。絵に描いたようなご隠居さんでした。ワクよりも四歳年下ですが。
ケイとシオリは自宅の畑で自給自足の作物を育てながら、書き物の活動を続けています。この町には、町中に仕事場を構えている物書きがおり、ケイもそこで一緒に物書きの仕事をさせてもらえることになりました。ケイよりも十歳ほど年上の彼は、驚いたことに、昔、マサと交流があったとのことでした。マサと一緒に旅をし、指導を受けながら活動をしていた時期があったそうです。マサの姿を見て物書きを志したケイには、運命の出会いのように感じられました。二人は、社会を良くするための主題を次々と取り上げ、精力的に記事にしていきました。
シオリは、主に子供たちのための絵本を作る仕事に打ち込んでいました。ヒビキは、その自宅の一角に、子供たちをあずかる施設を作るつもりでいました。当面は主に、親が仕事をしている間に子供をあずかる活動をします。半年後くらいにユリを迎え入れて、ここで施設を運営する心づもりでした。そこには、子供たちが読むための本が、いくらあっても足りないくらい重宝します。シオリは、これまでに聞いたリ読んだりした物語、また、自分で創った物語を、手製の絵本に仕上げていきました。文字も絵もシオリ自身が手掛け、立派な絵本が何冊も出来ました。
ワクとフミも、施設の子供たちへの出し物に積極的に協力するつもりでいました。
――そんな風に、彼らはこの町での生活を、少しずつ築いて行きました。
また、ケイはこの町に落ち着くと早速、ヒロに宛てて手紙というものを出してみました。以前より随分普及してきたようで、この町にも、手紙の受付窓口が設置されていたのです。ケイの書いた手紙に、ワクも一筆添えて、受付窓口に託しました。こちらが定住したので、上手く行けばヒロから返事が届く可能性もあります。最短で一年ほどで先方に到着するはずだが、やはり保証は出来ない、とのことでした。ワクもケイも「届けば儲けもの」くらいのつもりでいようと思いました。
そして、その約半年後、ヒビキは満を持してユリを迎えに行き、ケイとシオリ、ヒビキとユリの二組は、揃って結婚式を挙げたのです。
結婚式が終わり――。
それぞれの自宅に引き上げた後、ワクは一人、裏口の方の縁側に座って、遠くに小さく見えている山を眺めていました。
ワクたちの家は、ちょうど町外れぎりぎりのところに位置しており、表玄関を出るとそこは町中ですが、裏口からは雄大な自然が見渡せるという、絶妙な立地です。それはまさに、ワクの生まれ故郷の家を彷彿とさせる光景でした。
夕暮れ時。
目の前に広がった田畑。その上空に、橙色に染まった広い空。トンビが隊列を組んで飛んで行きます。彼らも、暖かい家に帰るのでしょうか。田畑の向こうには森林、その向こうには山々が薄くそびえ、さらにその向こうに、ワクの山が形の良い頭を覗かせています。ワクはこの眺めに愛着を感じていました。故郷に帰ったような安心感を覚え、心が温まります。
背後からシオリが近づいてきました。お盆に何かを載せています。
「おじちゃん、お饅頭、いただく? 今日の式のお祝いに、町長さんからいただいたの。」
シオリは自然にワクの隣に座り、お盆から饅頭を一つ取り、ワクに差し出します。
「ああ。ありがとう。」
にっこり笑うシオリ。
「お前、今日は疲れているんだから、そんなに気を遣わなくていいんだよ。わしのことなんぞ放っておけばいいんだ。」
「そんなこと。だって、今日は私とっても幸せな日なんだもの。それもこれも全部、おじちゃんのおかげでしょ。恩返しなんて大それたことできないけど…。」
「シオ…。」
「もうすぐ晩ご飯ができるから。あ、ご飯の前にお饅頭を勧めるなんて、おかしいわね。」
「はは。…でも、花嫁さんが、結婚式の当日に晩ご飯の支度なんて。」
「いいの。私、やりたいの。おじちゃんとケイちゃんのために、ご飯くらい作りたいの。」
ワクはしみじみとシオリの顔を見つめました。
(シオは本当にいい娘になったな。もともと優しい性格だが、加えて自信もついてきたものな。良い意味で。あの時出会えて、本当に良かったよ。これも運命なのかな…。)
シオリが奥へ去ると、ワクはまた外の風景に目をやりました。
のどかな風景。
これが老後の幸せというものでしょうか。
山は、相変わらずワクの一番の親友のように、ワクを見守ってくれます。その佇まいは、
「お前はそこにいて、朝に夕に私を見つめていてくれ。」
と言っているようでもあり、
「またいつでも私を目指して来い。待っているよ。」
と言っているようでもありました。
ワクはその後もしばらく、縁側に座っていました。山を見つめて何を思っているのか、それはワク本人だけが知っていることでした。
爽やかに晴れた、春の日。
今日は、フミ、トウゴと三人で連れ立って、近くの川に釣りに来ています。
あまりに気持ちの良い天気に、フミがおにぎりを作って、ワクを外へ誘いに来たのです。
「こんな日に家の中にいるのはもったいないわよ。外へ遊びにでも行きませんこと?」
「そうだな。じゃ、川で釣りでも。」
「いいわ。トウゴさんもお誘いしましょうか。」
「ああ。」
川は、ワクの家から歩いて十五分ほどのところにあります。小川というほど小さくはなく、大河でもなく、ちょうどよい大きさでした。春ですので、川辺に並んだ桜の木に花がぽつりぽつり咲き始め、菜の花には蝶が遊んでいます。きらきら光る水面の下には、川魚がたくさん、元気に泳いでいます。
「よおし、今日の晩飯はアユにするぞ。シオが作るアユの塩焼きはまた、美味いんだ。シオだけに、な。」
(あ、これじゃまるでヒロだ。)
「はいはい。またワクじいさんの嫁自慢が始まったぜ。」
「嫁というか、娘というか。ワクさんにとっては息子の嫁でもあり、娘でもあるので、可愛さは二倍だわね。ほほほ。」
「そうだな。違いねえ。…お前さんだって、孫にはめろめろじゃねえか、トウゴ。」
「まあな。あんなに可愛いもんはねえよ。」
「まあ、二人とも、幸せ自慢比べみたいね。私も嫁の自慢をしようかしら。」
「嫁との諍いはないのかい?」
とトウゴ。
「残念ながら、ないわ。とっても可愛いもの、あの子。むしろうちのぼんくら息子のところに、よくあんな良い子が来てくれたと思うわ。」
「ユリちゃんは確かに優しくて良い子だな。それに、フミさんと歌の二重唱も出来るしな。」
「そうね。ワクさんと三重唱もいいわね。」
「いいね。近いうちに是非。」
フミ自身は釣りはしませんが、二人の釣りの様子を見ていたり、その辺りを散策したり、退屈している様子はありません。
昼は、フミの作ったおにぎりをいただきます。田舎の澄んだ空気の中で食べるおにぎりは、また格別です。フミもトウゴも話し好きで、この二人といると会話や笑いが途切れることがないくらいです。
夕方近く、三人は釣りを引き上げて、自宅へ向かいました。今日のワクの釣果はアユ三匹。少し淋しい気がするものの、三人家族ですからぴったりの数。これで良いのです。春の陽光と、仲間との談笑をめいっぱい楽しむことが目的なのですから。
これが老後の幸せというものでしょうか。
帰宅したワクを、シオリも、仕事から早めに帰ってきていたケイも、笑顔で迎えてくれました。ワクは二人に、子供のように自慢気にアユを見せました。
この町に住み始めて、二年ほどが経ちました。
ワクはすっかり老人です。齢七十一。頭髪は雪のように真っ白。頑強なワクでも、さすがに少しばかり腰が曲がってきたようです。歩くときは常に――ほんの庭に出るだけであっても――ヤエさんの杖を突いています。
ただ、家の中に大人しくしているような性格でもないワクは、フミとトウゴとは相変わらず釣りに出かけますし、事あるごとに、外出したがるのでした。
(気持ちはまったく老化していないな。オジキ。)
ケイはしみじみとワクのこの様子を好ましく思うのでした。
さて、最近、フミがワクの家へ来て、ワクへの挨拶はそこそこに、シオリの部屋へ直行することがしばしばあります。フミとシオリは仲良しですので、それほど不自然なことでもないのですが、そんなときは決まって、ワクに対しては少々よそよそしい気がして、ワクは訝しく思っています。
(何か企み事でもあるんだろうか? だとしても、いったい何だろう?)
ケイなら何か知っているかもしれません。
「最近フミさんは、シオのところで何をしているんだろうな?」
「え?」
狼狽した様子のケイは、
「フミさんが? そうなんだ?」
「お前、気づいてないのか?」
「いやあ、そ、そうだね。ここんところ仕事が忙しいから…。」
明らかに怪しいのですが、ケイがワクに話す気がないのならば仕方がない、とワクは思いました。
「まあいいか。仲良くしてくれているんだから、ありがたいことだ。」
そのままワクは目を瞑りました。
その時、ケイには何故か、ワクがすべてを達観しているかのように見えました。
ある日の夕暮れ時。
ケイは早めに仕事のきりをつけて、家路についていました。最近は仕事もますます調子に乗ってきて、とてもやりがいを感じます。
(オジキも元気でいてくれてるし。シオのことを言ったら、びっくりするだろうな…。喜んでくれるかな。)
ケイは口笛を吹き出したいような浮かれた気分で、足取りも軽く、家の前までやって来ました。
家の玄関を中へ入ろうとしているところへ、一人の男に声をかけられました。
「すみません、こちら、オオモリワクさんとコバシケイさんのお宅ですか?」
「あ、はい、そうですけど。僕、コバシケイの方です。」
「そうですか。お手紙を届けに上がりました。」
「手紙?」
「はい。えっと…、アキヤマ、シ、シゴロクさんから。」
「シゴロク?」
「ええ。確かにお渡ししましたよ。では。」
「…ヒロ兄からだ! ヒロ兄から、返事が来た!」
ケイは小躍りしながら、玄関を入るなり、大声で叫びました。
「オジキ! オジキ! ヒロ兄から手紙だよ! 返事が届いたんだ!」
ケイは封筒の裏を見ます。
【アキヤマシゴロク】
(なんでシゴロクの名前で出してんだよ? 手紙だからかしこまって、本名じゃないと駄目だと思ったのか? ヒロ兄らしいや。)
無暗に緊張しながら手紙を書いているヒロの姿が目に浮かぶようです。自然に笑いが込み上げて来ました。
「オジキ!」
シオリが出てきて言いました。
「おじちゃんはまだ帰ってないわ。フミさんたちと釣りに出かけてるはず。私もさっき帰って来たところだけど。」
「そうか。こんなに遅くまで。年齢を考えろよな。帰ってきたら説教してやんないと。あ、シオ。ヒロ兄から返事が来たんだ!」
「まあ、お兄さんから?」
シオリにとっては、面識のない義兄なのですが、ワクやケイから何度となく聞かされており、まるで会ったことがあるような気分になっています。
ケイは玄関を上がり、部屋に入ると、封を破って中を読み始めました。
【ワク様、ケイ様 ご機嫌うるわしいこととお喜び申し上げます。…】
ヒロらしい、ぎこちない文字で、びっしりと書かれた手紙。
「お喜び申し上げ、だってさ。かしこまっちゃって。」
シオリも横に来て、手紙を覗き込みます。
所々に誤字のあるその手紙には、ケイからの手紙へのお礼と、ヒロの近況が書かれていました。親方は超高齢でほぼ引退状態、代わりに自分が中心になって工房を営んでいること。シゴロク名義で工芸品屋に出した家具が人気を呼び、「シゴロク家具」の名で結構売れていること。
「すごいじゃないか! だから手紙もシゴロク名義なのかな?」
今では結婚もして、子供もいること。ちなみに結婚相手は、あの時の花屋の娘ではないが、その妹だとのことでした。
「なんと! どういう経緯だよ! でも、ヒロ兄、おめでとう! 子供もいるんだね。うちもちょうど…。」
手紙はシオリのことにも触れ、奥さんになる人にもよろしく、と書かれていました。ケイの仕事を労い、そして最後に、ワクがまだ元気でいることを喜び、これからも長く元気でいることを願っている、と書かれていました。
ケイは読み終わった後も、しばらく宙を見つめ、ぼんやりとしていました。シオリはその嬉しそうな表情に、自分の心も温まってくるのを感じました。
「…遅いな。ちょっと様子を見てくるよ。まったく、年甲斐もなく夜まで遊び歩いて。せっかく、いい知らせが二つもあるってのに。」
ケイは手紙を持ったまま、ワクがいるはずの川まで、ワクを迎えに行きました。
ケイの足なら、川まではあっという間です。が、だいぶ日が暮れて、辺りはかなり暗くなっていました。
「オジキー! おーい、オジキー!」
ケイは少し手前から大声で呼びましたが、返事がありません。
「フミさーん! トウゴさーん!」
やはり返事がありません。
(おかしいな、すれ違いで帰ったのかな?)
一瞬、良からぬ想像が頭をよぎりましたが、
(まさか。三人いっぺんに川へ流されるなんてこともないだろう。それに、釣り道具がどこにもないものな。)
やはりすれ違ったのだろうと、ケイは家へ戻り始めました。
が、ケイは歩きながら、理由の分からない胸騒ぎに襲われていました。昨晩、最後に会った時、何か言いたげな顔をしていたように思えてきました。目を細めて、ケイのことをまるで、出会った頃のような小さな子供を見るような目で。
何だろう、この不安感は――。
シオリは、ケイとワクの帰りを待ちながら、同じように胸騒ぎを覚えていました。昨日の夜、寝室に入る前に、いつになくじっと自分を見つめたおじちゃん。何か言いたげな表情。
「なあに?」
と言ったら、黙ってただ笑ってた。とっても優しい笑顔で。
おじちゃん――。
十分後。
ケイとシオリは、主人のいなくなったワクの部屋で、呆然と立ち尽くしていました。
書き置き。
【ケイ、シオ、ありがとう。ありがとう。ありがとう。楽しかったよ。
ケイ、お前のことだから、きっと自分が悪かったとか何とか、そんなふうに考えるだろう。お前の責任じゃあないよ。心配するな。
可愛い俺の子供たち。いつまでも幸せにな。ワク】
横には、ワクが作ったであろうと思われる草履が二足、仲良く並べて置いてありました。
ケイは我に返ると、家の周辺を駆けずり回り、狂ったようにワクを探し始めました。
「オジキ! オジキ! …オジキーっ!」
シオリは気が動転して、どこをどう探したら良いのか思いつかないまま、いつしかフミの家を訪れていました。ワクがいなくなったことを告げると、
「今日、私たちは一緒じゃなかったのよ。トウゴさんも別だと思う。」
夜が明けぬうちに、一人で旅立ったものと思われました。
それからフミは、はっとして、いったん奥へ入ってまた出てきました。手には一足の草履。
「昨日、ワクさんがくれたの。急にどうしたの? と言ったら、ただにこにこ笑ってた。何も言わずに。」
辺りが急に騒がしくなりました。
フミ、トウゴをはじめ、ヒビキとユリ、町長夫妻、その他の町人たちが何人もやって来て、皆でワクを探しました。
老人の足だ。一日でそれほど遠くまで行けるわけはない。まだきっと近くにいる。そう考えて夜中まで、彼らは探し続けました。が、ワクの行方は杳として掴めませんでした。まるで神隠しにあったように。
降り出した夜のしとしと雨。
ケイはがっくりと膝をつき、長い長い間、前方の闇を見つめていましたが、やがて、何かを悟ったような笑顔をうっすらと浮かべて呟きました。
「オジキ。ヒロ兄から便りが来たんだよ。売れっ子家具職人になって、元気でやっている。結婚して子供もいるって。それから、それからもう一つ。シオに赤ちゃんができたよ。オジキ…。」
ワクは、小雨の降る夜の暗がりの中、杖を突きながら、ゆっくりゆっくりと一歩ずつ足を前へ運んでいました。
その瞳は、まっすぐ前を見据えています。夜の闇に沈んで瞳には映らない山の雄姿を、心にしっかりと映していました。その心は、ここ最近感じたことのないようなワクワク感に満たされていました。




