第二十七章 命を賭けても
「ケイ、お前、髪の毛、切ってやろうか。みっともないぞ。…ケイ。こら、返事ぐらいしろ!」
長くボサボサに伸ばした髪を後ろで結んでいるケイは、寝転がったまま、無言で、うっとうしそうな視線をこちらに投げ、すぐにそっぽを向きます。
ワクはため息をつきました。
それを合図に、ケイは苛立ちを全身から発散させつつ、乱暴な足取りで部屋を出て行きます。
「おい、どこへ行くんだ?」
「ちょっと。」
そのまま部屋を出て、戸を後ろ手にぴしゃりと閉めました。
ワクはもう一度ため息をつきました。
ここ最近は、一緒に歩いたり食事をしたりしていても、ケイはあまり口を利きません。いつでも少々鬱陶しそうな表情です。
ここは宿屋の一室。昨晩から泊まって、今日で二晩目。昨晩、ケイはどこかへ出て行き、深夜遅くに帰ってきました。どこへ行ってきたのか、訊いても答えません。
(ま、反抗期ってやつだろうな。仕方がねえな、あの年頃は。まあ、反抗期にしちゃあ、かわいいもんだ。)
が、ワクは、夜中に出歩いているケイが、悪人に絡まれたり、悪いことに巻き込まれたりしないかと、それだけは心配でした。大きくなったとはいっても、まだまだ十五歳の子供なのです。
去年までは、時々、背丈を比べていました。最後に並んだ時――一年弱前だったと思いますが――ケイはワクの肩ぐらいの背丈でした。最近では二人で背丈を比べるような微笑ましい場面もすっかりなくなったため、はっきりとは分かりませんが、ワクの目のあたりまで来ているような気がします。この一年でぐんと伸びたようです。
が、背丈の伸びにつれて、最近のケイの、自分に対する態度が少々他人行儀になっているように感じるワクです。親のことを鬱陶しく思う年頃のせいでしょうか。それとも――。
深夜の大通り。
昼間の賑わいは夢だったのかと思われるほど、人の気配もなく、すべてが月明かりに薄ぼんやりと照らし出されて、青白い世界の中に沈んでいます。油断していると異界へと引き込まれてしまいそうな気配。秋の冷たい夜風が、肌を冷やします。
(こんな夜更けに、どこへ行きやがったんだ。あったかい宿を抜け出して。)
見上げると、地上にこぼれ落ちて来そうな満天の星。やはり、そのまま冥界に続いているような。
(センタ…。大丈夫だよな。あいつは思春期で、ちょっとイラついているだけだよな。あの年頃にはよくあることだ。なあ?)
しばらく空を見上げて立ちすくんでいたワクは、気を取り直してケイを探し始めました。
探すと言っても、声を上げて名前を呼ぶわけにもいきません。ひたひたと草履の音だけをさせながら、無言でひたすら歩き回り、あちらこちらの家屋の間や陰を覗き込みます。遠くで野良犬の遠吠えが聞こえます。
しばらく探しても、それらしき姿は見当たりません。いつしかワクは、町外れに出ようとしていました。家並みが途絶えた先、通りの左手に、大きな墓地があります。まさかとは思いながら、ワクは墓地に足を踏み入れてみました。
墓石の間を吹き抜ける風が、ぴゅーっと音を立てています。
(さすがに夜の墓場は、あまり気味のいいもんじゃないな。いずれ遠くない将来、自分も入居することになるんだがな。はは。)
かすかに、猫のような鳴き声が聞こえます。それも、怒っているような、威嚇するような、低い唸り声。背筋がぞーっとしました。歩を進めると、鳴き声は次第に近くなります。しかも、数が増えているようです。
(何だ、いったい? 出たのか? 死者の集会か?)
前方に、ぼんやり明るい場所がありました。猫の声もそのあたりから聞こえます。ワクは足音を忍ばせて、そっと少しずつ近づいて行きます。
人の話し声が聞こえました。少し声を落として話しており、話の内容は聞き取れませんが、女性と男性の声だということは分かります。ワクは墓石の陰に身を隠すようにしながら、さらに少しずつ近づきました。
見えました。墓石が並んでいる中、少し広めに開けている場所。猫が十数匹。いずれも、何か餌を食べています。うなるような声は、食べながら発する鳴き声でした。真ん中あたりに、男女。男の方は――ケイでした。
女性は、もちろんワクの知らない女性でしたが、若い子のようでした。
「…じゃないかと…」
「それでも…。」
「仕方がない…。」
話は断片的にしか聞き取れません。話しながら、二人とも時々、溜息をついています。合間に、一匹、また一匹と、餌を食べ終えた猫が、二人のところへ寄ってくると、二人のどちらかが、手元の食べ物――魚でしょうか、月光で銀色に光っています――を与えます。
ワクは戸惑いました。相手は若い女性であり、少なくともケイに怪我を負わせるような存在ではなさそうです。しかし、こんな夜中に、こんな場所で一体何をしているのでしょうか。
とりあえず今夜はそっとしておくことにして、ワクはそろそろと引き返しました。幸い、気づかれずに墓地を抜け出すことができ、そのまま宿へ向かいました。
途中、物陰に人影が座り込んでいるのに気づき、どきっとしました。粗末な身なりの若い男。鋭い目つき。胸元にキラリと光るものが見えます。ひょっとすると、刃物でしょうか。ワクは何気ない様子で、その前を通りすぎました。
(ケイがああいうのに絡まれるようなことがないといいが…。)
翌日、ワクはケイを自分の前に座らせ、言いました。
「いいか、今日はもう、夜に出掛けるのはやめろ。お前がどこへ行って何をしようと、たいがいのことには文句は言わんつもりだ。だが、この町には、夜はチンピラな連中がうろうろしている。あんな奴らに絡まれたら面倒だぞ。」
ケイは不貞腐れたように下を向いていた目をはっと上げて、
「なんでそんなこと知ってるんだよ?」
「え? いや…。」
疑うような目をワクに向けて、そのままケイは黙りました。
「とにかく、もう夜には出かけるな。」
「…。」
「最近のお前はちょっとおかしいぞ。何が気に入らんのか知らんが。」
ワクの口からつい、言わずもがなの一言が漏れました。
「うるさいな! 本当の親みたいなこと言いやがって! 他人のくせに!」
「な、何だと!」
思わずワクの手が上がりました。瞬間、ケイは身をかわし、ワクの拳はケイの頬を軽くかすっただけでした。
「俺はどうせ、親のない人間だよ! 邪魔なんだろう? 嫌なら捨てればいいじゃないか!」
そのままケイは、部屋を駆け出して行きました。
「ケイ! 待て、おいこら!」
ワクは呼び止めますが、ケイは振り向きもせず、宿から出て行きました。
ワクはしばらく、茫然としていました。
(あいつは何を言っているんだろう? 俺があいつを邪魔だと思っているって?)
夜になっても戻らないケイがやはり心配になり、ワクは外へ出ました。昨晩見かけた、刃物を持った男が頭をよぎったのです。
墓に、ケイはいました。ワクは今日も、墓碑の陰に隠れて様子を見ています。昨日よりはもう少し、近寄ってみました。
「…そうなんだ。」
「うん、だから今日は、もう帰って来ないから、なんて言っちゃった。」
相手の少女は、ケイよりも年上のように見えます。どこかで見たような顔だと思った次の瞬間に、思い出しました。あれはたしか、昨日の昼間に入った茶店の娘だったと思います。ケイと彼女は、そういえばほんの短時間で意気投合している様子でした。
「駄目だよ、そんなこと。お父さん、お母さんは心配しているよ。」
「ええ。たぶんね。」
「そりゃ、本当の親なんだもの。心配するさ。」
「…どういう意味?」
「俺は、親が両方とも死んでしまってるんだ。」
「え、じゃあ、一緒にいたあのおじさんは? 親戚の人?」
「違う。」
「?」
「他人なんだ。」
「そうなの。」
「ああ。事情があって一緒に旅をしてる。親切に世話をしてはくれるけど、やっぱり自分の子供ではないから、可愛くないらしいんだ、俺のこと。」
ワクはその瞬間、出て行ってケイをひっぱたいてやろうかと思いましたが、かろうじて自分を抑えました。
「そうなんだ。」
「ああ、親父が死んでから今まで、とても可愛がってくれている素振りだったんで、まるで本当の親みたいに思えることもあったんだけど。」
「だったら、向こうも本当の息子みたいに思ってくれているんじゃないの?」
「聞いちゃったんだ。よそのおじさんに言ってるのを。俺のこと…。」
「なんて?」
「血がつながってないからいろいろ大変だ、って。何考えてんだか分かんねえよ、って。」
(違う、違う! そんなこと言ってねえよ。)
たしかに、前に泊まった宿の主人に対して、それに似た言葉を吐いた記憶はあります。ですが、意味合いは全く違います。最近自分に対してあまり口を利かなくなったケイを心配して、やっぱり血がつながっていないと遠慮するんだろうか、嫌われているんだろうか、と考えてしまい、大変だ、と言いました。そしてその後、自分は心からあいつを愛している。自分の息子のように思っている、とも言いました。おそらくその辺りは聞いていなかったのでしょう。
「時々、話している途中にふっと黙ることがあるんだ、最近。」
「おじさんが?」
「うん。」
「何考えているか分かんないような他人の子なんで、面倒くさくなるんだろうな、って。」
(馬鹿野郎! この馬鹿野郎が!)
ワクは自分を抑えるのがそろそろ難しくなっています。
ふっと黙ることがあるのは事実ですが、それはケイが鬱陶しそうな顔をするからです。反抗期だから親の言うことなんぞ聞きたくないのだろう、という思いから、途中で話すのをやめることはありました。
「そうそう、今日は、餌持ってきたよ。」
「あら、ありがとう。喜ぶわ、この子たち。十三匹もいるから、いくら餌があっても足りない感じなのよね。」
それからしばらく、二人で猫たちに餌をやっていました。猫に餌をやったり、頭を撫でたりしているケイは、優しい、以前と変わらないケイでした。茶店の娘とも、親との関係についての悩みを聞いて慰めあっているようで、夜中に町中をうろついて不良じみたことをしているわけではなさそうです。ワクは少し安心しました。ただ、自分に対するケイの誤解は解かなければなりません。
その時、猫の一匹がワクを見つけ、低い声で威嚇し始めました。ワクは思わず、
「あ、こら、しっ、しっ!」
小声で囁いたつもりでしたが、シンとした深夜の墓場では意外と響きました。
ケイと女の子が、ビクッとしてこちらを見ます。しばらく息をひそめて。その間も猫は、ワクに向かってうなり続けます。
「だ、誰だ!」
ケイの、怯えを含んだ怒鳴り声。ワクは観念して、二人の前へ出て行きました。
「おじちゃん!」
「…。」
「ケイのおじさん?」
「なんでこんなとこにいるんだよ!」
「いや、あの…。」
「俺のこと、つけてきたのか! なんで? 信用できないからか? 夜中に宿を抜け出して悪さをしていると思ったんだろう? 自分の子じゃないから、信用できないんだな!」
「馬鹿野郎!」
ワクは思わず、ケイを殴っていました。
「お前、お前は…。」
「くそっ!」
ケイは走り出しました。その後を少女が追います。ワクは気を取り直して、さらにその後を追いました。
(俺がお前のことを邪魔だと思っているだって? 他人だから面倒くさいって? 信用してないって? 冗談じゃねえ! ふざけやがって!)
静まり返った町中をひたひたと草履の音だけをさせながら走るワク。前方に少女が見えてきました。ケイからだいぶ引き離されたようです。ワクは少女を追い抜き、さらに走ります。ケイの姿が視界に入りました。
いや。
ケイだけではありませんでした。ケイは、背の高い男に、胸ぐらを掴まれ、半ば吊り上げられています。男の手には光る物が。それがケイの首元に突き付けられているように見えます。
ワクは肝を冷やしました。昨夜見た不良風の男かもしれません。
「どうしてくれるんだぁ? おい、こら、何とか言えよ!」
ケイは縮み上がって、言葉が出ません。
「黙ってたら分からねえな。俺を馬鹿にするとな、お前の首から、赤いもんが噴き出ることになるぜ!」
「ひぃぃっ!」
その瞬間に、ワクは覚悟を決めました。
「待て!」
男がこちらを見ます。ケイは半ば茫然としていて、ワクに気付いているのか定かではありません。
「そいつは俺の息子だ。」
「何だと?」
「何があったんだ? 息子がお前さんに何かしたのか?」
「ぶつかって来やがった。俺様が静かーに大人しく歩いていたら、乱暴にぶつかって来やがった。俺は危うく転んで頭を打って、大怪我をしそうになったんだ!」
ケイは怯えながらも、目で、
(違うだろ!)
と訴えています。大方、この男はわざとぶつかってきたのでしょう。金銭でも脅し取るつもりでしょうか。もしくはただの鬱憤晴らしでしょうか。
「そうか。悪かった。息子の不始末は親の俺の不始末だ。大変申し訳ない。この通りだ。」
この時点で、男はワクの落ち着きように少しばかり気圧されている様子でした。ケイを放して、
「な、何だ! だったらどうしてくれるってんだ! べ、弁償しろよな、そうだ、ああ、弁償だ!」
「金はねえ。その代わり、俺を好きにしろ。」
「…。」
「そいつの首から赤いもんを噴き出させる代わりに、俺の首から噴き出させろ! さあ!」
ワクはその場に胡坐をかいて腕を組み、目を閉じました。
(この男は震えている。威勢の良いことを言っている割には、肝は小せえ。)
が、相手は刃物を持っているのです。万一、本気で首に切りつけられたら、ワクの人生は、ここで終わりになります。切りつけられて自分が死ぬか、この男が腰砕けになって刃物を取り落とすか。が、ワクには、この男に人を傷つけることが出来るようには思えませんでした――おそらく。
(センタ、センタ。力を貸してくれ。ここで死んだら、ケイを守れなくなる。頼むよ、センタ!)
「さあ!」
男は刃物をワクの首に突きつけます。
「やれ!」
ワクの胸の鼓動が最高潮に達しました。
男の手が激しく震えています。一秒、二秒、三秒…。
「きぃぃぃっ!」
甲高い裏声で、男が叫びました。叫び声は、静まり返った夜の町に、異様に大きく響きました。
ワクは、うっすらと目を開けました。
男は刃物を取り落とし、両手で頭を抱えてうずくまっています。
ワクはとっさに刃物を自分の手で拾うことを忘れませんでした。――が、刃物だと思っていたそれは、刃物ではありませんでした。月明りを浴びて光っていたそれは――大きなおはじきでした。面食らって目を上げたワクの目の前には、うずくまる男。その向こうには呆然と立ち尽くすケイの姿。さらに向こうには、青白い月が涼し気に輝いています。それを見てワクは、ああ生きている、と感じ、全身の力が抜けました。
男はまだ、小さなか細い声を口から漏らし続けています。ワクが肩を叩くと、我に返り、立ち上がってよたよたと駆けて行きました。
ワクは腰に力が入らず、しばらく立ち上がることが出来ませんでした。
(ちぇっ、情けねえな。おはじきにびびって腰を抜かすなんて。)
ケイが泣きながら駆け寄って来ました。ワクの肩を抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がらせます。ケイのおかげで立ち上がることができたワクは、力なく微笑んでケイの頭をぽんぽんと優しく叩きました。それを合図に、ケイは大声を上げて号泣し始めました。その背後には、少女が――こちらも泣きながら――立っていました。
ケイと少女は、一昨日の晩、ケイが墓場近辺をうろついているときに、偶然会ったのでした。その日の昼間に茶屋で意気投合していた二人は、墓場でお互いの身の上について話し込みました。少女は両親と反りが合わず苦労していること、ケイは血の繋がらないおじさんに疎まれているのではと疑っていること。
ケイの話を聞いて、ワクは言いました。
「俺が一度だって、お前のことを疎ましいと思ったことがあるとでも思うのか?」
「ああ。だって他人の子供だもの。捨てようと思ったらいつだって捨てられる。」
ワクはその言葉に、心の底から悲しみが湧き上がってくるのを感じました。精一杯自分を落ち着けて、
「いいか、上手く言えないかもしれないが、よく聞いてくれ。お前はセンタの息子だ。センタとキミちゃんの忘れ形見だ。俺にとっては親友の子だ。でも自分の子じゃない。育てる義務があるわけじゃない。一緒に旅をしているのは、俺の意思だ。義務感じゃない。お前は俺の息子だ。センタには悪いが、あいつの息子であると同時に、俺の息子だと思っている。」
ケイは嗚咽を漏らしました。
翌日、ワクとケイは宿を発ちました。
茶店に寄って娘に挨拶をしてから、大通りを突っ切り、町外れの墓場の脇まで来たところで――。
道端に力なくしゃがみこんでいる若い男がいました。
ワクとケイはびっくり。それは、昨晩ケイを襲った、あの男だったからです。
ケイは怯えています。
男の目は虚ろで、全身からどうしようもないような負の感情が漏れ出ているようでした。
ワクは放っておけない気持ちになり、
「お前。どうしたんだ、こんなところで?」
男は虚ろな目をワクに向け、眉をへの字にして、困ったような表情を浮かべながら、
「いや…。何でもねえ。何でもねえけど…。昨夜は、すんませんでした。」
「ああ、もういいよ。」
「あの…。」
「?」
「旅をしているのかい?」
「ああ。」
「…。」
男の目から、抑えきれない孤独感が覗いていました。
次の瞬間に、ワクは自分でも予期しなかった言葉を吐いていました。
「一緒に来るか?」
「!」
男は目を見開きました。が、その瞳には、明らかに希望の光が宿っています。
ケイは驚きを隠せません。
「おじちゃん!」
「ああ、びっくりするよな。だが、こいつは根っから悪い奴じゃねえ。」
男の目が驚きに震え、涙が溢れました。
男が少し落ち着いたところで、三人は道端に座り、男の話を聞きました。
幼いころに両親が蒸発し、仕方なく引き取ってくれた遠い親戚の家で育ったが、疎まれ、だんだん悪い仲間と付き合うようになった。親戚の家は追い出され、今は主に野宿をしている。
ケイに絡んだのは、ムシャクシャしており、誰でも良いからいじめてやりたい気持ちだったからだった。もちろん、人を殺したことはおろか、傷つけたこともない。ワクたちのことが何となく気になり、今日は朝から、町中をぶらついていた。終いにこの町外れで、ワクたちが通りかからないかと座り込んでいた。会ったところでどうするわけでもないと思いながら。まさか一緒に旅をするように誘ってもらえるなどとは、もちろん思わなかったし。それでも一目また見たかった。ワクとケイの親子愛に魅力を感じたのかもしれない。
「俺たちは親子じゃねえよ。」
「え?」
「いや、親子だが、血はつながってねえよ。」
「?」
ケイは面映ゆい様子で微笑んでいます。
ワクは男に、ワクとケイの関係を説明しました。
「だからな、俺たちは血のつながりはないけど…親子なんだ。」
男は、ワクの一行に加わりました。
「お前、名前は何ていうんだ?」
「シゴロ…ひ、ヒロ。」
「え、何だって?」
「ヒロだよ、ヒロ!」
「まあいいや。ヒロ。俺はワク。こいつはケイだ。」
「よろしく!」
「よろしくお願いします!」
ケイも挨拶を返します。まだ若干、怯えが残っているようではありましたが。
ヒロはワクより少し背が高く、よく見ると、眉のキリッとした男前でした。今年ちょうど二十歳。まだまだ前途が希望に満ち溢れているはずの年齢です。
三人は、朝の光を燦々と浴びながら、並んで歩いて行きました。
遥か前方には、相変わらず、山。また少し近づいたように見える山は、今朝はいつになく明るい色合いで、ワクたちに希望を与えてくれているようです。
山にたどり着くのはまだまだ先のことのように思えます。が、一方で、ワクの旅は、また仲間も増えたことで、一層賑やかな、充実したものになりそうです。




