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第二十三章 移り変わり

一か月ほどが過ぎました。

夏の名残はすっかり消え去り、本格的な秋がやってくると、過ごしやすい気温の日が続き、センタの顔色もだいぶ良くなったようです。

夕方、終日の大工仕事で汗と埃にまみれたワクが帰って来たかと思ったら、その直後にケイも、広場から泥だらけになって帰って来ました。

部屋の入口の戸を開けるなり、

「共同浴場に行きたい!」

宿屋にももちろん風呂はありましたが、町外れにある共同浴場には、露天風呂があるという話でした。友達も家族と一緒に行ったことがあると聞いて、ケイは行ってみたくてたまらなくなったようでした。

「ようし、俺と行こうか。センタ、お前はどうする? ちょっとまだしんどいかな。」

「そうだな。今日はやめとくよ。また今度な。」

ケイはちらっとセンタの方を見て、一瞬かすかに淋しそうな顔をしましたが、すぐにワクに向かって、

「うん!」

と言いました。

宿屋の前の大通りを、浴場まで並んで歩くワクとケイは、端から見ると本当の親子のようでした。まあ、顔は似ていませんが。


入口すぐの番台で代金を払い、脱衣場で服を脱いで、浴場に入ります。屋内の浴場を突っ切って、奥の扉を開けると、そこは広く開けた露天の湯でした。ケイは初めてらしく、大はしゃぎです。

ワクがケイの身体を洗ってやると、

「おじちゃんの身体も洗ってやるよ!」

「お、そうか? じゃ、背中を流してくれ。」

「うん!」

石鹸で泡立てた手拭いで、力いっぱい擦ります。力を入れすぎて少しヒリヒリしますが、そこは何でもないフリをして、

「ああ、気持ちいいな。」

「へへ。」

息子というものを持つと、普段からこんな気分が味わえるんだな、とワクはしみじみとした気持ちになりました。自分もごく小さい頃に、父親の背中を擦ったことがあったような――。

一緒に湯船に浸かりながら、ワクはケイに訊かれるままに、これまでの旅の話をぽつりぽつりとしていました。

「ああ、あの御守りは、昔お前のお父ちゃんと一緒に、お揃いでもらったんだ。ある村の祭りで神輿を担がせてもらったときにな。」

「へー。だからあんなに()()()()()なんだね、あれ。」

「なんだ? 大昔って言いたいのか?」

「うん。だってそうじゃん。」

「こいつは参ったな。お前には遥か昔に感じられるだろうけど、俺たちにとっちゃ、つい昨日みたいなもんさ。」

「ふーん。…ねえ、『お助け団』の話をしてよ。」

「お助け団」のことは、以前にも少し、ケイやセンタに話したことがありました。人助けをしながら旅をする、という点が、ケイの気に入ったようです。ケイの言葉で言うと、()()()()()()のだそうです。

ワクは、先日さわりだけ話した、エキボウの一件の続きを話し始めました。

「両親の方からエキボウを見に来るように仕向けとようとしたんだ。頭が良くて、いい作戦を考える奴がいてな――ミイルっていうんだが。」

「知ってる! こないだ聞いたもん。」

「ああ、そうか。そのミイルが、今までにないような大胆な作戦を提案してな。」

「大胆な作戦って? 決死のたたかい?」

ワクは思わず吹き出しました。

(さすが男の子だ。「作戦」すなわち「戦い」なんだな。無理もねえや。しかし、「決死の」なんて、意味分かってるんだろうか。)

「違うよ。もっと、こう、平和な作戦だ。」

「なあんだ。」

「なあんだってことはないだろう。平和に物事を解決する方が、戦いよりもよっぽど難しいんだぞ。」

「ふうん。つまり、()()()()()ってわけ?」

「そ、そう、高度な作戦だ。」

ワクの、子供に懐かれる性質は、今でも全く衰えていません――この長所はおそらく一生ものでしょう。ワクはだんだん、実の息子と触れ合っているような気分になっていました。

「それでな、俺たちは芝居をしたんだ。いや、その前に歌も歌ったぜ。虐められて可哀そうな少年の歌と芝居。それがまあ、受けたのなんの。」

「へー。」

ケイは、芝居や歌には、戦いほどの興味は無さそうです。

と、そこへ――。

「あの、すみません。」

すぐ隣に浸かっていた一人の男が、声をかけてきました。

「あ? うるさかったかい? 悪かったなあ。」

「いえ、違うんです。」

「?」

「今のお話、横から聞かせてもらってたんですが、もう少し詳しく聞かせてください、是非。」

「は?」

「これまで旅をして来られたんですよね? その旅での経験や想い出なんかに興味があるんです。実は僕、旅人と呼ばれる人たちに話を聞いて、『公共読物(よみもの)』にまとめようと思っているんです。物書きなんです。」

「はあ?」

ワクには、この男の言っていることがピンと来ません。

「こうきょうよみもの、とは?」

「町角に看板のように貼り出すんですよ。町の人たちが興味を持って読んでくれるような、面白いことをしたためてね。」

「へー、面白いことって、例えば?」

「だから、それこそ、あなたの旅の経験談とか。あなたが実際に経験した話や、あなた自身のことを色々聞かせてもらって、それを僕が、町の人たちの興味をそそりそうな読物に仕立て上げるんです。どうです? 面白そうでしょう?」

「へー、最近はそんなことが流行っているのか。」

「いや、まあ、ほんの少し流行りかけてはいるけれど、むしろこれからですね。僕が本格的に流行らせてみせる。どうです? やらせてもらえませんか?」

「うん、構わないよ。面白そうだし。」

「ありがとうございます!」

その男はマサと名乗りました。翌日はワクに仕事の予定があったため、翌々日の午前中に茶店で落ち合うことにしました。

宿に帰って、センタにもその件を話しました。センタも興味を示し、気分転換も兼ねて一緒に行くことにしました。


翌々日、ワクは、センタとケイと連れ立って、茶店に向かいました。

約束の時間の少し前ですが、マサはもう来ており、一番奥の席に陣取って、紙に筆で何やら熱心に書いています。ワクたちが店に入るとすぐに気づき、立ち上がりました。

「やあ! おはようございます。」

「おはよう。三人で来ちまった。賑わしいけど、よろしくな。」

「大歓迎ですよ。改めまして、マサ、三十二歳、物書きをしています…こちらは、お連れさんで?」

「ああ、古くからの友人で、今、訳あって一緒に宿に泊まっているんだ。」

「ほう、すると、こちらの方も旅人ですか? ああ、このお坊ちゃんのお父さんですかね? 昔一緒に旅をなさっていたという。」

マサの目がきらりと光ります。

「ああ。」

「どうぞよろしく! ワクさん以外にも何人か話を聞きたいと思っていたんです。よろしければ、是非!」

「い、いや、俺はそんな、語れるほどの経験してねえから。」

「そんなことを言わずに! 是非、ね?」

「い、いや、遠慮しておくぜ。」

「こいつは今ちょっと体を壊しているからな。あまり無理はさせたくないしな。」

「そうですか、いやあ、残念だ!」

(なかなか熱い男だな。)

ワクは改めて感心しました。

「では早速。」

「おう。」

「あ、何か食べますか? 僕が払いますから。ここのお勧めはね、なんてったって焦がし胡麻団子ですよ。これはかなりいい線行ってますね。」

「ははは、知ってるよ。」

ワクとセンタは顔を見合わせて笑いました。

「親父さん、焦がし胡麻団子とお茶、四人分ね!」

「へい、まいど!」

マサは改めてワクの顔を見て、

「さて。どこから聞かせてもらおうかな。…まずは、旅に出たのは何年前? 何歳のとき? 旅に出たきっかけは?」

「ああ、ええと、旅に出たのは…。」

そこへ、小さな子供の甲高い鳴き声が響いてきました。声の方を見ると、三、四歳くらいの女の子が、立って泣いています。涙が目からポロポロ。悲しそうに。きっと母親に叱られたのだろうな。周囲の人たちは特に気に留めていないようでした。

「えーん、ママー!」

母親を呼んでいます。はぐれたのでしょうか。

周囲の人たちが女の子を気にし始めました。皆、ちらちらと女の子を見ます。一人が話しかけてみますが、女の子は返事をせず、泣き続けます。泣き声はかえって高くなったようです。

ワクは迷わず女の子のところまで行き、目の前にしゃがみ、目線の高さを合わせて、声をかけました。

「どうしたんだい?」

「ママがいないー!」

ワクには返事をする女の子。

「最後にママを見たのはどこだ?」

「ここ。」

「ほう、それで、どうしてママの居場所が分かんなくなった?」

「お便所に行ったの。」

「ママが?」

「ミユちゃんが。」

この子の名前はミユちゃんというようです。

「ほう、ミユちゃん、一人で便所に行けるのか。えらいなあ。」

ミユちゃんの顔が少しほころびます。

「便所に行っている間にママがいなくなったんだな。」

きっと母親が目を離している間に、黙ってひとりで便所に行ったのでしょう。

「よし、おじちゃんが一緒に探してやるよ。」

ワクはくるりと振り向き、店の中を見回すと、

「ミユちゃんのママー! ミユちゃんはここだぞー!」

叫びました。店の客たちは何事かとざわめきます。が、母親は名乗り出ません。

「きっと店の外だな。でも遠くへは行ってないはずだ。」

母親は母親で、娘を探しているでしょう。小さい娘が一人で遠くへ行くはずもないので、当然近くを探し回っているはずです。

「おじちゃんと手をつなごう。ママを探しに行くぞ!」

ミユちゃんは、まだ涙の光る目をこすってから、ほっとしたようにワクに手を伸ばしました。

ミユちゃんの手を取り、ワクは店から出ていきました。

店内に残された三人は、ワクの行動に三人三様に反応していました。マサは、その機敏な行動と子ども扱いの上手さにちょっと驚いた様子です。センタは、いかにもワクらしいや、とでも言いたげに微笑んでいます。ケイは、人助けかっこいい! と思っているのが顔にありありと浮かんでいました。

しばらくして、ワクは店へ戻ってきました。ミユちゃんと、その母親らしき女性と一緒です。

「本当にありがとうございました。まあ、あたしったら、店の中をろくに探しもしないで、慌てちまって。もう、何とお礼を言ってよいやら。」

「いやいや。ミユちゃん、よかったな。」

「うん! …おじちゃん、大好き!」

「あは。」

ワクはミユちゃんの頭を優しく撫でました。

「じゃ、俺はここで。連れが店ん中にいるんで。」

「はい、では失礼します。」

「バイバーイ!」

ワクは二人が見えなくなるまで手を振っていました。

席に戻ったワクは、マサの熱い賞賛を浴びました。

「なんて素晴らしい! その優しさ、その行動力! しかも、小さな女の子の心を掴む、その物腰。能力が高い人ほど、態度は柔らかいものだ。これこそ、ま、さ、に、一流だ!」

「な、な、大げさだなあ、お前。普通、誰でもすることだろう、あんなときには。」

「いや、決して誰もが出来ることじゃありませんね! 事実、他には誰もしなかったでしょう?」

「…。」

センタは横で可笑しさをかみ殺しています。ケイは――彼はマサと同様、ワクの行動に感じ入っている様子でした。

「今の件は、ぜひ記事にさせてもらいますよ。ええ、必ず! 人助けの精神に富んだプロの旅人、ワク。うん、いいな。で、こないだ風呂場で話してた『お助け団』とかいうやつのお話も聞かせてもらえませんかね?」

それからマサは、ワクにいろいろな質問を投げかけてきました。質問は「お助け団」のこと――主にエキボウの一件――から始まり、センタとの旅のこと、恋愛経験、定住した時期、辛かった時期、など、さまざまでした。

ワクが回答に詰まった質問が一つありました。それは、「一番印象に残っている出来事は?」という質問です。

「印象に残っていることがたくさんありすぎて、選べねえよ。」

「なるほど! それほど充実した旅をしている、と。」

筆で紙にさらさらと記録をつけていきます。

「では最後に、あなたにとって旅とは、ずばり、何ですか?」

「え? うーん、旅とは、旅とは…うん! 旅とは、人生そのものだ!」

「出ました! 名言!」

マサは立ち上がって手を叩きました。この何かと大仰で暑苦しい男は、それでも誇張や嘘臭いものが感じられませんでした。その、己の仕事への矜持(きょうじ)に満ち溢れているような笑顔に、ワクは清々しいものを感じました。


マサは物書きを始めたばかりで、まだ、やり方を確立してはいませんでしたが、当面は主題を旅人に絞るつもりだ、とのことでした。ある町で取材した内容を、あえてその隣町に掲示します。掲示した後、次の取材をその町で行い、そのまた隣の町に掲示します。そうやって、近隣の町同士のつながりを作って行ければと考えていました。また、取材された当の本人たちが旅人であり、同じ町にいつまでもいるわけではないため、次の町に掲示する方が、自分の記事を見られる可能性がまだしも高いだろう、という思いもありました。

「まあ、やってみて少しずつ良いやり方に変えて行こうと思いますがね。」

ワクの記事を載せた「公共読物」を掲示する予定の隣町。その町の名前と道順を、マサは紙にしたためて手渡してくれました。

「掲示した読物は、自分でははがさないつもりなので、次の人が新しい読物を作って貼り替えるまではきっと掲示されたままですよ。まあ、悪天候でボロボロになってしまうことはあり得ますがね。よかったら寄ってみてください。いや、是非! 行ってみてくださいね。」

ワクは面映ゆい心持でした。確かにここ最近は、数年前と比べると、巷で逆に旅人がもてはやされ気味なのを、ワクは肌で感じていました。

ワクはセンタに向かって、

「世の中なんてそんなものかな。昨日の罪人は今日の英雄ってか。なんだかな。」

「だから結局、やりたいようにやるのが一番さ。」

「だな。」

そしてケイは、目を輝かせてこう言いました。

「物書き、かっこいい! 大人になったら旅の物書きになって、人助けもする!」


それから二週間ほどが過ぎた頃。

予測より早く、センタは、ゆっくりならば普通に歩ける程度に回復してきました。ワクとセンタは相談し、そろそろ旅を始めることにしました。

センタたちは、昔と同じく、特別に目的地を決めていたわけではありませんでした。が、ワクと再会して、センタはその旅の目的地を、ワクと同じ山の向こうの楽園に定める、と言い出しました。理由ははっきり口にしませんでしたが、自分の体調に懸念があるため、できるだけワクと一緒に行動しようとしたのでしょう。

ワクはもちろん大喜びで、この考えに賛成しました。こうして、かれこれ二十五年ぶりに、ワクとセンタは一緒に旅をすることとなったのでした。

センタの体調を見ながら、また、ケイがまだ子供であるため、三人はゆっくりゆっくりと歩きました。まずは、マサの言っていた隣町に行ってみることにしましたが、普通なら一日で行けるところを、丸二日かけて移動しました。途中に宿屋があることは望めないため、二日かけるということは、野宿で一泊することを意味します。ワクは、野宿をするか、野宿を避けるために急ぎ足で歩くか、センタにとってどちらが()()だろうかと思案しましたが、センタ自身の一言、

「なに、野宿でかまうもんか。」

これで方針は決定しました。


夕暮れ時まで歩き、道から少し入ったところに、眠るのに適当な草地を見つけました。

「今日はここで泊まることにするか。」

「よし。」

「うん!」

ワクはケイを連れて、焚火用の枝を拾いに行きました。背後の森の中へ少し入って、枝を拾います。森の中はもうほとんど真っ暗に近い感じでした。

ケイがほいほいと要領良く枝を拾い集めるのを見て、ワクは感心しました。

「ほう、なかなか慣れたもんじゃないか。」

「うん、野宿は何回もしたことがあるもん。」

「そうか。」

「お父ちゃんの具合が悪いときは、僕がひとりで焚火とかするんだもん。」

「えらいな。…お父ちゃん、早く元のように元気になるといいな。」

「うん。でも、お父ちゃんがしんどい時は、僕が守ってやるんだ。」

ワクは涙が出る思いでした。こんな年端も行かない子供が、状況を理解し、父親を思いやって、責任感を持つまでになっている。感心するとともに、不憫にも感じられました。

焚火が燃え上がると、宿を発つときに持たせてもらった食材で簡単な夕食を作ります。野宿の焚火などで焼くのがもったいないような、高級な牛肉の塊でした。

「うまい! うまいよ、お父ちゃん。」

「うん。うめえな。これで酒があればなぁ。」

「馬鹿言うな! お前はこのさき一生、酒は禁止だ。」

「ちっ、医者みたいなことを言いやがって。」

自分の身体をあまり大切にしない態度がセンタの言動に垣間見えて、ワクの心に引っ掛かりました。

それにしても、独りきりではない野宿は、ワクにとって、どれだけぶりでしょうか。仲間がいるといないとではまったく異なり、気分が高揚します。酒が入っているわけでもないのに、ついつい浮かれ、調子に乗って皆で騒ぎます。

「よーし、とっておきの芸をみせてやるぞー!」

ワクは得意満面で立ち上がり、お決まりの「メチャクチャ踊り」を始めました。ただメチャクチャに踊るだけなのに、ワクのそれは何故かいつもウケます。センタとケイも大笑いでした。

「お前、それ、何だか昔と振り付けが違うんじゃねえか?」

「ああ、振り付けは毎回違うのですよ、旦那。」

「そうかい、そいつぁ確かにメチャクチャだな。名前の通り。お前の性格そのものだぜ。」

「へい、ありがとうごぜえます、旦那!」

それでまた三人で笑い、その後、ケイも一緒になってもうひと踊りしました。

楽しい夕べでした。


隣町の中心街に着きました。前の町と比べるとやや小さな町でしたが、気のせいか、行き交う人々の顔が明るく、気さくな感じがして、印象の良い町だとワクは感じました。

センタは、久しぶりに二日間歩いて疲れた様子で、宿屋に入ると布団に横になりました。

「大丈夫か?」

「ああ。ちょっと疲れただけだ。」

センタはちょっとニヤニヤして、

「夕食までちょっと時間があるから、二人で、例のやつを見てこいよ。」

「例のやつ、か。」

ワクは少々照れ気味にうなずきました。どんな記事になっているのかな――、その前にちゃんと記事が貼り出されているのだろうか――。ドギマギします。

ケイを連れて日用品の買い物がてら、町中でその「公共読物」なるものを探してみました。

ありました。一番大きいと思われる四つ角に、看板状の木組みに貼り付けた形で、掲示されていました。雨除けのためか、屋根もつけてあります。マサが自分で作ったのでしょうか。

大きな、目立つ掲示板でした。その前には、数人の男女が立って、読物を読んだり、感想を言い合ったりしています。思ったよりも注目されているではありませんか。

ワクとケイは、読物の真ん前まで行き、詳しく読み始めました。

ワクの背丈よりも少し高いくらいの大きな掲示物で、広い紙面に小さな筆文字がびっしり書かれています。その中に三つだけ描かれている絵が、まず目を引きました。似顔絵のようです。そのうちのひとつは、明らかにワクでした。ワクの顔の特徴をよく捉えつつ、少し贔屓(ひいき)目に、かつ、少し面白く描いてあります。誰が見てもワクだと分かるような、しかも人柄がにじみ出るような巧みな絵でした。

「へえー、こいつはすげえや。」

ワクは文の内容にも目を通しました。「伝説の旅人紹介」と大きく書かれた文字。内容は、三人の旅人への取材内容をまとめたもののようでした。そのうちの一人がワクで、一番大きな扱いです。

●名前:オオモリワク●年齢:四十九歳●旅歴:三十二年●目的地:山の向こうの楽園●婚姻:独身●得意:歌、メチャクチャ踊り、料理、農作業全般、大工仕事、草履作り、茅葺作業、その他力仕事全般●経歴:十七歳で、山を目指して一人旅に出る。途中、いろいろな人に出会い、交流しつつ、現在に至る。道中の様々な経験や人とのふれあいが宝物●人物:旅歴三十二年のベテランだけあり、風格と自信が感じられる人格者である。旅を通して身に着けた様々な能力に裏付けられた存在感と、大らかな人懐こい笑顔とが印象的。実際、筆者による取材中にも、親とはぐれた幼子をさりげなくも見事に救い、親子に感謝されるという一幕があった。山まではまだ道半ばであるが、彼ならばきっと我々みなの憧れに応え、楽園にたどり着いてくれると筆者は確信した●信条:「生きることはワクワクすること」「物事はなるようになる」「旅は、人生そのものだ!」

最後に、●活躍例●として、お助け団のエキボウの一件も紹介されていました。

ケイは、釘付けになって一通り読み終えると、興奮を鎮めるように、ふぅーっと溜息をつきました。それからいたずらっぽい目で、似顔絵を指さし、

「おじちゃん、そっくりだね! …でも、この絵の方が男前だけど。」

「うるせえや!」

読物の前にちらほらと集まっていた読み手たちの一人が、ケイの言葉に反応して、ワクの方を見ました。しばらく似顔絵とワクの顔を見比べていたと思ったら、

「あの、ひょっとして、あんた、ここに書いてある人…ワクさんかい?」

「え? ああ、そ、そうですけど…。」

「えー! こりゃすげえや。本物が来た!」

「なに、なに?」

「この人が、ワクさんだよ。このオオモリワク!」

「まあ!」

周囲の人たちが一斉にこちらに注目します。そのざわめきに、道行く人も何事かと足を止めてこちらへ寄って来ます。ちょっとした騒ぎになってしまいました。まるで有名人です。

「いや、あの、その…。」

「すげえや。握手してください!」

「え! そ、そんな…。」

「私も!」

ワクは思わず、ケイの腕を掴み、その場を逃げ出しました。

ああああ、と人だかりから声が漏れます。

興奮してケタケタと笑い出したケイを引っ張り、ワクはとにかく駆けました。


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