7日目.初めてのデート
「それじゃあ行こうか」
「はい」
翌日、予定通り朝食を食べたあとに準備を済ませ、魔王と街へ出かけるべく、馬車に乗り込んだ。
乗り込む際に手を差し出されてエスコートされる。
にこりと微笑むその顔は、今日も眩しい。
「お気をつけて」
「いってらっしゃいませ」
「……いってきます」
アリエラやフェリオンに見送られ、馬車は出発した。
この車を引く馬は知能が高く、御者を必要としない。
乗る者の命令に従い、目的地まで運んでくれるのだ。
「あれ……」
「どうかした?」
つまり、本当に二人きりなのだ。
「いえ、お付きの人は本当に誰もいないのだと思って……」
「何か問題でも?」
「いいえ、かまわないのですが……」
なんで、隣に座っているの?
魔王が隣に座ったから、てっきりフェリオンか誰かが乗るのかと思ったのに。
二人きりの車内で、わざわざ隣に座るなんて。
しかも距離、近くないですか?
ニコリと微笑みながら「ん?」と顔を寄せられたので、話を終わらせることにした。
それにしても、近い。
さっきから馬車が揺れる度に肩が触れ合って、それだけでドキドキしてしまう。
だって私には前世でも今世でも男性の免疫がないから。
しかもこんなイケメンの。
「そういえば、さっきはすぐに言えなかったんだが」
「はい?」
するとふと、魔王が改まった様子で口を開いたのでつい、顔を上げてしまう。
「今日の格好も素敵だね。とても可愛らしい」
「…………」
そうすれば至近距離でそんなことを囁かれて、私の顔は熱を持つ。
「あなたは……、いつも、なんでそう……!」
「ん?」
魔王も少しだけ照れくさそうに笑っている。
これは確信犯だ……!!
そんな顔も可愛いだなんて、思ってませんからね!!
心臓に悪いなぁ。と思いながら、二人きりのこの空間に、早く街に着かないかな……と、祈るばかりだった。
*
街に到着すると適当な場所に馬車を停め、魔王のエスコートを受けながら降りた。
そしてもちろんそのまま手を繋がれて、お店が立ち並ぶ通りまで歩いた。
「わぁ……すごい」
私の故郷の町とは比べものにならないほど栄えている。
賑やかだし、いろんな種族がいる。
お店も煌びやかで、品を感じる。
「まず何を見たい?」
「色々見て回ってもいいですか?」
「もちろん。今日は君に付き合うよ」
「ありがとうございます!」
わくわくしながら気になるお店に入り、素敵なアクセサリーや雑貨を見て回った。
「何か気に入ったものがあれば言ってくれ」
魔王はそう言ってくれたけど、私は丁重にお断りする。
「ありがとうございます。ですが、王宮でもいつも素敵なお召し物をお借りしておりますので、私にはこれ以上必要ありません」
こんな贅沢品はどうしても憧れてしまうけど、元々お金持ちでもなかったし、故郷の町ではその日暮らしのお金を稼いでのんびりと暮らしていたのだ。
急に欲しいものがなんでも手に入るなんて、そんな贅沢、私には身に余る。
だったらトリアルの町の皆にももっと美味しいものを食べさせてあげたいな。
どうしてもそう思ってしまう。
それに、三週間後には私はトリアルに帰るのだ。
贅沢に慣れてはいけない。
「……本当に、君は」
「え?」
「わかったよ、それじゃあ何か食べようか。そろそろお腹が空いてきただろう?」
魔王は何か感慨深いように呟くと、またすぐにいつもの笑顔を向けて言った。
「そうですね、少し空きました」
「よし、それじゃあ向こうに屋台があるから、そこで何か食べようか」
「はい」
手を引かれて着いた先では、お祭りのような出店が並んでいた。
煙に乗っていい香りがする。
「買ってくるから、少し待っていて」
「あ……、」
魔王様自らで買いに行くなんて……従者に見られたら怒られないかな? なんて思ってしまう小心者の私は、やっぱり魔王の妻には相応しくないだろう。
魔王の背中を見送りながら、空いていたベンチに腰を下ろす。
少し疲れたけど、楽しいな。
ずっと握られていた手が、まだ温かい。
「……」
その手をそっと握って、胸元に運んだ。
……デートか。
そんなもの、私には無縁だと思っていた。
それをあんなに素敵な方と経験できたんだから、正直それだけで満足だ。
たとえチャラくても、タラシでも、あんなに素敵な男なのだから、仕方ない気さえする。
だって、ルークアルト様は優しいんだもの。
スマートにエスコートされて、褒められて、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれて……。悪い気なんて一ミリもしない。
だからって結婚するとなると話は別だけど、とりあえず今日のことは素直に感謝しようと思う。
ルークアルト様のおかげで、楽しめているのだから。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
煮込んだお肉や野菜が入ったおまんじゅうと、レモン水だ。
王宮では逆にお目にかからない、庶民の食べ物。
「ん、美味しい」
「それはよかった」
「……でも、ルークアルト様のお口にも合うか」
「はは、言っただろ? 私はこうしてたまにお忍びで街へ来るんだ。これは私の好物でね」
笑顔で肉まんを頬張るルークアルト様に、きゅんと胸が高鳴った。
本当に、こうして庶民の格好をしていると尚更、魔王であることを疑ってしまう風貌だ。
まぁそれでも、どこか隠しきれていないオーラは庶民とは違うんだけどね。
*
帰りの馬車の中では、私たちの手はずっと繋がっていた。
行きは肩が少し触れるだけで緊張していたのに、今はその肩がずっと触れ合っている。
ルークアルト様のぬくもりが暖かくて、心地好い。
疲れていたこともあって、少しウトウトして彼の肩に凭れてしまっていた。
「今日はとても楽しかった。貴重な休日をいただいて、ありがとう」
馬車が王宮に到着すると、降りる前にルークアルト様は言った。
「こちらこそ、本当に楽しかったです。付き合ってくださり、ありがとうございます」
社交辞令ではなく、本心から気持ちを述べた。
「……また、誘っても?」
「はい!」
そして、その言葉にも素直に頷いてしまう。
「……」
「……ルークアルト様?」
すると彼は一瞬意外そうに瞳を見開いたあと、切なげに小さく微笑み、そっと撫でるように私の髪に触れた。
「……どうか〝ルーク〟と」
「え……?」
それは、ルークアルト様の愛称だ。魔王様の名前をそんなふうに親しく呼んでいいだなんて……まるで――。
「私も〝フィーナ〟と呼んでいい?」
「……はい」
そして、フィーナは私の愛称だ。両親や故郷の者たちは親しみを込めて私をそう呼んでいた。
「……フィーナ」
「…………、」
「呼んでほしいな、君に」
いち町娘の私と、魔王様とではその重みが違う。彼を愛称で呼ぶ存在は限られているだろうから。
それでも耳に残るような甘い声で囁かれ、耳の辺りに手を添えられてふわりと撫でられた。
「……ルーク、様」
おそるおそる名を呟くと、彼は嬉しそうに微笑み、そのまま男らしくしなやかな手で頬を包み込んできた。
どうしたの……?
何か言いたそうなのに何も言わない魔王に、変な空気を感じ取る。
じっと見つめられて、その視線が少し下に降りたのに気づいた。
え……、まさか、キス……しようとしてる?
そう覚悟した途端、ドクンと心臓が大きく高鳴り、耳が熱くなる。
でも、さすがにそれは――
「すまない、君があまりにも可愛くて」
「…………ルーク様」
私の緊張を感じ取ったのか、ルーク様はフッと小さく笑みを零すと私から手を離した。
もしかしてからかわれたのではないかと、小さく睨んで怒気を含んだ声で彼の名を呼んだ。
「部屋まで送ろう」
楽しそうに笑っているルーク様に再びエスコートされながら馬車を降りると、アリエラとフェリオンが少し離れた場所で私たちを出迎えてくれた。
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