6日目.明日はお休み
「フラッフィーナ、明日は休みだよね?」
夕食時、ふと魔王が私に問いかけてきた。
その頬は心無しか少し赤い気がするけど……
料理酒のアルコールが飛びきっていなかったのだろうか。
「はい、明日はお勉強もレッスンもお休みです」
週に一度だけ、私は一日フリーの日をもらうことができるらしい。
本当はお披露目会の日まで時間がないから休みなく叩き込みたいらしいのだけど、せめて週に一度は休みをと、この魔王様が講師陣に言ってくれたというのはアリエラから聞いた。
「ではもし君がよければ、明日は私と街に行かないか?」
「え? ルークアルト様と街にですか?」
王都の街を観光してみたいというのはかねてからの望みだった。
けれど、魔王と街など……。
ほわんと頭に浮かんだのは、ズラリと衛兵隊を引き連れ、下々の者たちに頭を下げさせて練り歩く魔王様の姿。
それでは私が思い描いているような観光どころではないのでは? と思ってしまう。
「大丈夫、私は庶民のふりをして、たまに近隣の町にも行くんだよ。あ、もちろん君の予定が空いていれば、だが」
私の頭の中を覗かれたのだろうか?
魔王はクス、と笑いながら今私が思っていた不安を解消してくれた。
「そうですか。それでしたら、私も王都の街を見てみたかったので、ぜひ」
「ありがとう。では明日の朝、朝食が済んだら準備して出かけよう」
「はい」
私の返事に嬉しそうに微笑んでくれるその顔に、やっぱり偽りは感じない。
……もしかして天然なのかな。
天然の、女たらしか。
それって罪よね。
弾んでしまう胸を抑えるために、そんなことを考えながら残りの食事を続けた。
*
「聞きましたよ、明日はルークアルト様とデートだとか」
「……デート?」
寝る前に自室で図書室から借りてきた魔法書を読んでいたら、アリエラが嬉しそうに声をかけてきた。
「誰がそんなこと言ったの?」
「皆言ってますよ。ルークアルト様もとても楽しみにしておられるそうです」
「……」
皆って、誰よ?
アリエラは本当に、噂好きなんだから。
少し照れくさい思いになりながらも、その言葉に期待してしまわないよう、自分を戒めるために言う。
「デートってほどのことでもないよ。明日は休みでたまたま暇だから、ちょっと街を観光してくるだけ」
「ルークアルト様はお忙しい方なのですよ? 暇なはずありません! ですが、フラッフィーナ様とお過ごしになるために五日も前から予定を調整されていたのだとか。それに、婚約されている男女が二人で出かけるなんて、デートじゃないですか!」
うふふ、となぜかアリエラが照れながら言った。
「まだ正式に婚約したわけじゃないんだけど……」
「またまた、されているようなものじゃないですか! フラッフィーナ様は愛されていらっしゃいますね!」
「いや……まさか」
アリエラは、私の機嫌をとるためにそんなこと言っているのだろうか。
そんなことで、愛されているわけないよ。
きっと、明日は本当にたまたま時間が空いていただけなのよ。
……そうじゃないと、困る。
「明日は何を着ていきましょうか!」
「王宮の者だとバレないよう、庶民の格好をするつもりよ」
「そうですね! でしたらその中でも、とびきり可愛らしいものをご用意しておきますね!」
「……そんなに張り切らないで」
「何をおっしゃいますか! ルークアルト様との初めてのデートなのですから、張り切らないと!」
「……」
とても楽しそうにしているアリエラを見ていると、つい私も浮かれてしまいそうになる。
期待しちゃうから、やめて……。
私は三週間後にはあの魔王を振って、故郷の町に帰るのだから。
そんな私のために一生懸命になられると、心が痛む。
講師の先生方もそうだ。
厳しいけれど、皆とても一生懸命だ。
そしてそれは国のため、仕事だから、というよりも、魔王のために、という気持ちが伝わってくるのだ。
そして口々に言うのは「ようやくルークアルト様のお相手が決まったのですから」という言葉。
もちろんそれは言い換えると、聖女が見つかった。ということでもあり、聖女はこの国にとって幸運を招く存在なのだから、早くその力に目覚めさせたいという気持ちはわかる。
けれどどちらかというと、彼らは聖女である私が見つかったということよりも、魔王の結婚相手が見つかったことを喜んでいるような気がするのだ。
あの魔王は女性のみならず、配下すらもたらし込んでいるのか……。
なかなかやるな。
そう思いつつも、既にたらし込まれそうになっている私も明日に備え、今日は早めに就寝することにしたのだった。