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5日目.ダンスレッスン

 慣れてくれば学生時代を思い出すこの勉強とレッスンのルーティン。


 昼食時のマナー講習も、昨夜と今朝は魔王のせいであまり食べられなかったから、しっかりと食事として味わってやった。



 そして午後。


 魔法学を少しやった後、いつものようにわざわざドレスに着替えてダンスのレッスンが始まった。


「はい、そこまで。よろしい、だいぶステップも様になってきましたね」


 スパルタの講師が手を叩き、一旦休憩に入る。


 ふぅーと深く息を吐いて、私はダラりと肩の力を抜いた。


「はい! 休憩中も背筋を伸ばす! 日頃の姿勢を癖づけなければなりませんよ!」

「は、はい!」


 コルセットにもだいぶ慣れたけど、やっぱりまだ肩が凝るし腰も痛い。

 それに苦しいし……。


 定期的に開かれているらしい夜会にいつか私も出席しなければならないのだ。それにお披露目会では必ず魔王と踊らなければならないようなので、ダンスレッスンは念入りだ。

 何せ私はまったく踊れなかったのだから。



 背筋を正したままため息をついていると、コンコン、とドアがノックされた。


「今日は特別講師を呼んでいます」

「え? 特別講師?」

「どうぞ」


 今の先生でも十分なのに。

 そう思いつつ扉の方を見つめると、講師は自ら扉を開けた。


 そして、姿を現したのは魔王だった。


「ルークアルト様!?」

「こんにちは、フラッフィーナ」


 ななな、なんで!?


 そんな思いで講師を見つめると、


「フラッフィーナ様も基本ができてきたので実際にルークアルト様と踊っていただきます。まずルークアルト様と踊れないことには始まりませんので。慣れていただくためにも実践が一番なのです」


 私に向けてつらっとそう言うと、魔王に向かって「お忙しいところ恐縮です」と頭を下げた。


「私も君のレッスンに協力できて嬉しいよ」

「……はぁ、」


 いつ決まったの?

 今朝はそんなこと、一言も言ってなかったじゃない。

 言っといてよ~!!


 ニコリと微笑む魔王に内心で悪態をつく。


「お手を」

「……はい」


 けれど、こうなってしまったものは仕方ない。

 覚悟を決めて差し出された手を取ると、クッと背中に手を回され、距離が縮んだ。


 正面に迫るその整った顔に、脈拍が速まる。


「それでは始めますよ」


 手を叩きながらリズムを取る講師に合わせて、ステップを踏む。


 緊張するけれど、魔王のリードが上手で私もなんとかついていくことができた。


「始めてまだ一週間も経っていないとは思えないね」

「いえ……先生の教え方がいいのです……」

「なるほど。あとで何か特別報酬を出そうかな。こんなに早く君と踊れる日が来たのだから」

「……」


 目の前で嬉しそうにそんなことを囁かれて、耳が熱くなる。


「あっ、」

「おっと」


 そして思わずステップを踏み間違えて、魔王の足を踏んでしまった。


「ごめんなさ――!」


 ヤバい、と思い足を退けようとして、バランスを崩した。

 後ろに倒れそうになった身体を、魔王に支えられてくいっと引き寄せられる。


「…………」


 そうすれば、反動がついた勢いで私の上半身は魔王の胸の中へすっぽりと収まり、そのまま抱きとめられてしまった。


「あ、あの……っ、ごめんなさい――!」


 すぐに魔王から身体を離して謝るけれど、一瞬でも抱きしめられたその温もりが、香りが、私の中から離れない。


「ううん、大丈夫か?」

「は、はい……! あの、すみません、少し休憩してもいいですか?」


 魔王はにこやかに笑ってくれているけれど、私の心臓は持ちそうにない。


「仕方ありませんね。ルークアルト様はお忙しい中来てくださっているのだから、少しだけですよ」

「時間は大丈夫だから、気にしないでくれ」

「すみません、ちょっと失礼します」


 動揺を悟られまいとなんとか笑顔を作り、私は一旦退室した。


 ふぅーーー。

 なにドキドキしてるのよ、フラッフィーナ。

 あんなチャラ男に騙されちゃダメよ!


 あの言葉も、あの表情も、全部女性を口説くために用意されたものなんだから……!!


 深く息を吐いて冷静になろうと努力する。


「……」


 けれど。


 魔王に触れられた背中や腰、抱きとめられた肩に、あのぬくもり……。


 彼の胸は、思っていたよりも逞しかった。


 それに、近づきすぎてしまった距離のせいで、頭上から彼の吐息を感じて、身体が熱くなった。


 とても綺麗な顔をしているけれど、彼は男だ。


 逞しい腕と、胸板。


 今日はそれを実感してしまったのだ。


「あ~、もうっ! あんなチャラ男に落ちてなるものか!」


 あの逞しい腕で何人の女性を抱いてきたのだろうか。

 どれほどの女性をあの甘いマスクと声で口説いてきたのだろうか。


 一生懸命自分にそう言い聞かせ、私はもう一度深呼吸をしてからレッスン部屋へと戻ることにした。

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